その他の古代の記述
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ヘロドトスの『歴史』第一巻 バビロンを支配した女性はセミラミスとニトクリスの二人がおり、前者は後者より5世代前にあたる。セミラミスは平野全体に浸水する川に対して堤防を築きあげた、といった記述が残る。また、バビロンには彼女の名を冠した門が存在したが、ダレイオス1世がバビロンの反乱を鎮圧した際にその他の門もろとも取り壊された。 オロシウスの『歴史』第一巻 紀元前2053年(ローマ建国紀元前1300年)バクトリアの街を攻撃中に矢が元でニヌス王が死ぬと、彼の妻であったセミラミスが後を継ぎ、退位するまで息子と共に40年の間、人々の血を使って残酷に国を支配した。彼女は女性という枠組みに囚われず、夫から継承した戦士でエチオピアと戦争して領土に加えた。また、インドと戦争をもたらしたが、それは彼女以外ではアレキサンダー大王でさえもなし得なかった。その頃は、現在よりも残酷で、平和に暮らす人々を殺すことを求め、戦禍が身近にあった。彼女の激しい色欲と残虐さにより、絶え間ない淫靡と殺人が続き、ついに息子との間の近親相姦が周囲に露見した。そこで彼女は、誰もが親と子の間であっても自由に結婚できるように法令を出した。 ルキアノスのエッセイ『シリア女神について』 シリアには「神聖な都市(ヒエラポリス)」(マンビジ)と呼ばれる都市があり、ルキアノスはその寺院や風習について現地の司祭達から聞き知ったことを書き残している。それよると、その地の寺院の創設者は諸説あるがセミラミスとする場合、それは彼女の母親デルケトーに捧げられた建物だという。また、フェニキアにおけるデルケトーは太股から下が魚だが、ヒエラポリスの肖像画では普通の女性として描かれていた。現地ではデルケトーが半分魚であり、セミラミスも下半身が鳩の形態をしていることから、魚と鳩は神聖な生き物として崇められ食用にされないという。寺院の中のゼウスとヘラ像の間には詳細不明な像があり、ある人は金の鳩を戴冠しているためセミラミスの像だと主張している。また、寺院にはギリシャの様々な像が立ち並ぶ中で、左側に右手で寺院を指しているセミラミスの像がある。これには由来があり「あるとき女王がシリア人に自身を神と崇め、ヘラであろうと例外なく信仰してはならない法令を出した。しかし、病気と不幸によって改心して自身を単なる死人と宣言し、女神への信仰に立ち戻るよう人民に命じた。」といった経緯からそうした姿勢をしているのだという。 ウァレリウス・マクシムスの『著名言行録(Facta et dicta memorabilia)』 1世紀前半のローマの歴史家ウァレリウス・マクシムスの著書にはバビロニア鎮圧の逸話が残る。セミラミスが髪の手入れをしている最中にバビロニアで反乱の報が入ると、彼女は髪の半分を結わずにすぐさま街を包囲した。そして鎮圧が終わるまで髪を纏めることはなかった。このためバビロニアにあるセミラミスの彫像の髪は半分だけ結わえられた状態のもので、いかに復讐を急いだかを示している。同様の逸話はジョヴァンニ・ボッカッチョの『名婦伝(De mulieribus claris)』や『神曲註解』に取り上げられている。
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