「タータン」の起源
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 14:37 UTC 版)
「タータン」という言葉が最初に現れるのは1538年の政府の財務記録の中であるが、これが格子柄を持つものであったかは定かではない。「タータン」という言葉は単に布地を意味しており、必ずしも格子柄を持つものではなかった。いつ「タータン」という言葉の定義が、格子柄の織物となったのかは不明であるが、17世紀に入るとクラン・チーフの肖像画などの図像史料に格子柄の衣装が登場していることから、おそらくは16世紀から17世紀にかけて現在「タータン」と言われるものが成立していったと考えられている。また16世紀までには縞模様またはチェックのプラッドに言及した資料は多数存在するが、今日知られている地域やクランと結びついた「タータン」はまだ存在していなかったと考えられている。18世紀前半に描かれた肖像画では、同じクランに属する人物が全く別のタータンを身に着けているケースも散見される。マーティン・マーティン(英語版)が『スコットランド西部諸島探訪記』(A Description of the Western Islands of Scotland, 1703) に記したところによれば、島ごとに異なる色やパターンを用いたタータンを着用しており、タータンを見れば大体出身地域を推定できるとしている。地域によって統一されたとまでは言い難いにせよ、この頃にはディストリクト・タータンにつながるものが形成されつつあったと言える。しかしながら、マーティンはクランとタータンの模様の関係については触れておらず、クラン・タータンが登場するのはさらに時代が下ってからのこととなる。 1587年にはデュアート城を居城とするマクレーン・クランのクラン・チーフ、ヘクター・マクレーンは、白・黒・緑の3色で織られた60エルの布を収めることでアイラ島の借地料とすることを王より許可されている。これが今日のマクレーン・オブ・デュアート・ハンティングの由来となっており、この頃にはクラン・タータンが存在したとするものもいる。しかしながら、この由来は捏造が指摘されている『スコットランドの衣類』によるものであり、布を収めたことは史料に残されているが模様については触れられておらず、このようなタータンが存在したという確かな証拠はない。 1700年代初頭には領主が借地人や家臣に揃いのタータンを着るよう定めたことが複数の史料に残されており、クラン・タータンの原型と見られている。逆に言えばこの頃までは揃いのタータンを着る習慣がなく、各人が好みなどによってタータンを選んでいたことがうかがえる。ハイランドに大きな影響を及ぼすジャコバイトの反乱、その要因となった名誉革命が起こったのもこの頃である。1688年から1689年にかけて起こった名誉革命によってジェイムズ7世(イングランドではジェイムズ2世)は王位を失った。王位を失いフランスに亡命した王とその子孫に忠誠を誓うものたちはジャコバイトと呼ばれた。ジャコバイトは名誉革命直後から反体制派として反乱を起こしていった。反乱の中心的役割を担ったのはハイランドのクランであった。ただしハイランドのクランも必ずしも一枚岩なわけではなく、キャンベル・クランなど政府に付き従うものもいた。こうした政府側についたハイランド・クランの中から、ジャコバイトの活動を監視・鎮圧するためのハイランド独立中隊(英語版)が結成された。このとき司令官から可能な限りタータンを揃えるよう命令が下されている。これがミリタリー・タータンの起源とされる。この部隊は後に再編成されブラックウォッチ連隊となった。ブラックウォッチ・タータンの起源については諸説あり、キャンベル・クランのクラン・タータンだったとする説もあるが、ブラックウォッチ連隊が結成された1739年の時点では確固としたクラン・タータンは存在しなかったと考えられている。1745年、カロデンの戦いにおいて政府軍がジャコバイトに勝利を収めると、政府は反乱を支援してきたハイランド・クランの解体を画策する。決してハイランドのクラン全てがジャコバイトを支持したわけではなかったが、処罰の対象はハイランド全体に及んだ。クラン・チーフが持つ世襲制司法権を取り上げ、チーフがクランに属するメンバーに兵役を科すことを禁止し、ゲール語、バグパイプ、そしてハイランド・ドレスの着用を禁止した。これら一連の法律の狙いは、チーフとメンバーの結びつきを弱めクラン社会を解体することと、ハイランド的なものを禁止することで、ハイランドをローランドやイングランドと同質化させていくことにあった。政府側がタータンをハイランドの結束を高めるものと見ていたことは明らかであり、この頃にはクランとタータンの間に何らかの関係性が生まれていたと考えられる。
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