漢語 漢語の範囲

漢語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/26 02:09 UTC 版)

漢語の範囲

漢語の範囲を示した図。

中国語由来

日本語における漢語の借用の歴史は古く、和語とともに国語の語彙と認識される[2]。これは、一般に片仮名で表記され、外来の借用語としての印象が強い、洋語とは対照的である[3]。外来語をはじめとする新語に対して、旧来から存在する和語や漢語をあわせて「在来語」と表現する者もいる[4]

一般的に漢語は、上代から中世にかけて体系化された呉音漢音、およびこれ以降に伝来した唐宋音を反映した語彙体系のことをいう[5]。これら漢字の字音音読みと総称され、これらを複合派生させることによって、あるいは単独で用いることによって、漢語は構成される。複数の漢字が一つの語を形成するものを特に熟語と称する場合もある[6]。なお、漢語が日本に定着する過程で、発音に連声音便あるいは慣用音などの形で変化が起こったため、日本語における漢語の発音はかなり変則的である。

ところで、中国由来の語彙が日本に流入したのは、上代より過去の時代まで遡ると考えられ、例えば、「うま」(馬)、「うめ」(梅)、「たけ」(竹)、「むぎ」(麦)などの語は、同時代における中国の古い字音との関連が指摘されているが、仮にこれらが借用された語だったとしても、これらは訓読みに準じた扱いを受け、通常は漢語の範疇に含めない[7]。同様に「ぜに」(銭)のように字音が変化して国訓化した語も存在する[8]。さらに「おに」(鬼)、「ひどい」(酷い)のように元の用字が忘れられ、本来とは異なる表記をする例もある(それぞれ「隠」、「非道」の字音に由来する)。

また、現代中国語の発音を模した「メンツ」(面子、北京語由来)や、「ワンタン」(雲呑、広東語由来)などの語は、借用の歴史が浅いため、洋語とまとめて外来語とするのが妥当である[9]

梵語、西域諸言語由来

漢訳仏教圏に属する日本においては、古いインドの言語である梵語(サンスクリット)を漢字で音写した語も観察される。例えば「南無(なむ)」、「刹那(せつな)」といった語は、それぞれ梵語の“नमो”(namō)、“क्षण”(kṣaṇa)の音写であり、それぞれ「帰命」、「念」と意訳されている[10]。なお中国語では梵語に存在する二重子音を表現することが難しいため、音写の際は単純な子音に省略される傾向にあるという[1]

また、シルクロードを介して西域と呼ばれる地方から伝えられたと考えられる語も存在する。例えば、顔料の一種である「蜜陀僧(みっだそう)」(litharge)は、ペルシア語の“murdāsang”に由来するという[10][11]

これらは本来の漢語とは厳密には異なる出自をもつが、その源流が明確なものはむしろ少数であり[1]、広い意味での漢語とみなして差し支えない[10]。本項でも特にことわりのない限り漢語として扱う。

当て字

「寿司(すし)」などの語は、全て漢字の字音を用いた表記がなされるが、これはいわゆる当て字に類するものであり、和語の範疇である[12]ポルトガル語の“gibão”に由来する「襦袢(じゅばん)」のように、外来語に対する漢字表記ももちろん漢語とはいえない[12]

当て字は、万葉仮名のように機能的には漢字の表意性を考慮する必要はない。一方で意味上の連想がはたらくという点は無視し得ない。例えば「かぶく」(傾く)という純然たる和語に由来する「歌舞伎(かぶき)」という語には字義との関連が認められる[12]。なお「歌舞伎」という語は、『新唐書』(欧陽脩ら、1060年)という漢籍にも用例があり、日本における当て字との関連を指摘する説もある[13]

造語

時代の変容とともに新たな概念を表現するため、語彙は自然に発生したり、あるいは人為的に造語されたりする。漢語もこの例外ではないが、近代に至るまで漢字圏では尚古思想が強く、造語の際はなるべく典拠に基づくよう努力が行われた[14]

日本においても複数の字音を組み合わせて既存の漢語を模倣することは古来行われており、いわゆる和製漢語として日本語の語彙体系の一群を形成する[15]。これに類する語は、「政治」「文化」「科学」「社会」など19世紀から20世紀初頭にかけて発生した新漢語が多くを占めるという[8]。一方で、前近代においても「悪霊」(『源氏物語夕霧)、「臆病」(『大鏡』時平)、「辛抱」(『日葡辞書』)、「不埒」(『好色五人女』)など、旧来から存在すると考えられる和製漢語は、枚挙に暇がない[16]

ただ、これらの漢語が確かに日本で造語されたものであり、それ以前の時代の漢籍には一切の用例が無かったということを立証するのも厳密には非常に困難である[14]。また、漢籍にも同様の用字が見出せるものの、日本における意味・用法が異なる熟語も少なくなく、一律な分類は難しい。高島俊男は、日本語と漢籍で意味がかけはなれた「成敗」「中間」などの語を挙げ、「これらが『和製』の漢語ではないのなら「日本漢語」であると考えればよい」としている[17]

なお、日本で独自に作られた「働」、「畠」などの国字は、一般に音読みをもつことはないが、文字の構成要素から類推して「労働(ろうどう)」、「田畠(でんばく)」のような字音語を形成することもある[14][18]

混種語

「雑木」を「ぞうき」と読むような重箱読みや、「夕刊」を「ゆうかん」と読むような湯桶読みは、和語と漢語を複合させた混種語(和漢混淆語)であり、漢語の範疇ではない[19]


  1. ^ a b c 佐藤喜代治(1996)、88頁。
  2. ^ 藤堂(1969)、216頁。
  3. ^ 高島(2001)、98-99頁。
  4. ^ 陣内正敬「外来語を育てるとは」2004年11月6日、国立国語研究所主催 第23回「ことば」フォーラムより。『当日記録 (PDF, 0.3MB) 』、14頁、および『配布資料 (PDF, 1.1MB) 』、7頁を参照。2011年8月17日閲覧。
  5. ^ 佐藤喜代治(1979)、21-26頁。
  6. ^ 峰岸(1996)、89-90。
  7. ^ 高島(2001)、63頁。
  8. ^ a b 藤堂(1969)、233頁。
  9. ^ 国語審議会の関連文書では「シューマイ」「マージャン」などの語が、外来語として説明されている。国語審議会「外来語の表記(答申)(抄)」1991年2月7日。2011年8月15日閲覧。
  10. ^ a b c 佐藤喜代治(1979)、6-7頁。
  11. ^ 片桐早織「日本語の中のアラビア語」アラブイスラーム学院、2005年。2011年8月15日閲覧。
  12. ^ a b c 佐藤喜代治(1979)、7-8頁。
  13. ^ 加納喜光『三字熟語語源小事典』講談社、2001年。41-42頁。
  14. ^ a b c 佐藤喜代治(1979)、8-11頁。
  15. ^ a b 高島(2001)、103-110頁。
  16. ^ 佐藤武義(1996)、965-976頁。
  17. ^ 高島(2001)、107頁。
  18. ^ 佐藤喜代治(1979)、11-12頁。
  19. ^ 高島(2001)、100-103頁。
  20. ^ a b c d e 国際音声記号Russian website reconstructing Middle Chinese and Old Chinese as well as intermediate formsに基づく。2012年9月29日閲覧。
  21. ^ 佐藤喜代治(1979)、57頁。
  22. ^ 佐藤喜代治(1979)、25頁。
  23. ^ 佐藤喜代治(1979)、86頁。
  24. ^ 藤堂(1969)、280-287頁。
  25. ^ 藤堂(1969)、287-289頁。
  26. ^ a b 鎌田正・米山寅太郎『新漢語林』大修館書店、2004年。
  27. ^ 佐藤喜代治(1979)、82-83頁。
  28. ^ 佐藤喜代治(1979)、78-80頁。
  29. ^ 佐藤喜代治(1979)、81-82頁。
  30. ^ 高島、150-155頁。
  31. ^ 柴田実「かいしゅん・回春の買春は改悛すべき」NHK放送文化研究所。2001年7月1日。2012年9月29日閲覧。
  32. ^ 『三省堂国語辞典』第三版、1982年。
  33. ^ 「漢語」『言語学大辞典』第6巻、亀井孝ら、三省堂、1996年、233頁。
  34. ^ 藤堂(1969)、242頁。
  35. ^ 高島(2001)、23-27頁。
  36. ^ a b 佐藤喜代治(1979)、5頁。
  37. ^ a b c d e 藤堂(1969)、246-249頁。
  38. ^ a b 藤堂(1969)、243-246頁。
  39. ^ a b c d e f 藤堂(1969)、220-225頁。
  40. ^ a b 藤堂(1969)、225-228頁。
  41. ^ 藤堂(1969)、228-229頁。
  42. ^ 藤堂(1969)、232-233頁。
  43. ^ a b c d e 藤堂(1969)、233-239頁。
  44. ^ 藤堂(1969)、239-242頁。
  45. ^ 高島(2001)、128-131頁。
  46. ^ a b c 藤堂(1969)、250-253頁。
  47. ^ a b c d e f g h 藤堂(1969)、254-260頁。
  48. ^ 大隈秀夫『分かりやすい日本語の書き方』講談社、2003年。49頁。
  49. ^ a b 藤堂(1969)、260-262頁。
  50. ^ 佐藤喜代治(1979)、125-129頁。
  51. ^ a b c d e 佐藤喜代治(1979)、129-130頁。
  52. ^ a b c d e f 佐藤喜代治(1979)、130-131頁。
  53. ^ a b c 佐藤喜代治(1979)、131-132頁。
  54. ^ a b 佐藤喜代治(1979)、132頁。
  55. ^ 金田弘、宮越賢『新訂 国語史要説』秀英出版、1991年。70頁。
  56. ^ 笹原宏之「なぜ常用漢字を改定するのか―29年ぶりのビッグニュース!新常用漢字表答申の舞台裏」『正しい漢字はどっち―社会人の常識漢字180問』Jリサーチ出版、2010年。76-83頁。






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