満蒙開拓移民 開拓団の引揚げ

満蒙開拓移民

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/01/30 09:47 UTC 版)

開拓団の引揚げ

青少年義勇軍を含む満州開拓移民の総数は27万人とも、32万人ともされる。ソ連の参戦でほとんどが国境地帯に取り残され、日本に帰国できたのは11万人あまりだった。各地の開拓移民団は引き揚げの途中で多くの死者、行方不明者、収容所での感染症による病死者を出し、無事に帰国できた開拓団はなかった。 また、国境を越えてきたソ連兵に捕らえられシベリアへ送られた男子入植者は、シベリア抑留者となり帰国は更に困難を極めた。

敗戦後の日本の混乱により、開拓移民団を中心とした大陸から帰国した「引揚者」は帰国後の居住のあてもなく、戦後も苦難の生活を余儀なくされた。政府は、彼らに移住用の土地を日本の各地に割り当てることにしたが、非耕作地が多く開墾の必要な土地であった。いずれの土地も荒れ、耕作には適さず、多くの人々は過酷な状況にさらされた。敗戦によって日本全体が困窮しており、政府も満足な支援をすることが出来なかった。

このような移住用集落は戦後、全国各地の農村で「引揚者村」と呼ばれた。また、成田市三里塚地区に移住用の土地を割り当てられた引揚者たちは、後に三里塚闘争を引き起こすこととなる。

文学者たち

開拓団には、日本本土から作家たちが訪れ、そこに取材したルポや小説を書いたものもいる。島木健作の『或る作家の手記』「満洲紀行」、徳永直の『先遣隊』、長野県からの分村に取材した和田伝の『大日向村』などがある。また、葉山嘉樹はみずからも開拓団の一員として現地で生活し、引き揚げ途上で没した。

参考文献

  • 藤田繁『草の碑 満蒙開拓団・棄てられた民の記録』 能登印刷出版部 1989年1月 ISBN 4890100792
  • 大洞東平『銃を持たされた農民たち 千振開拓団、満州そして那須の62年』 築地書館 1995年10月 ISBN 4806767441
  • 二松啓紀『裂かれた大地 京都満州開拓民』 京都新聞出版センター 2005年7月 ISBN 4763805584
  • 白取道博『満蒙開拓青少年義勇軍史研究』北海道大学図書刊行会 2008年2月 ISBN 4832966871

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