末松安晴
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すえまつ やすはる 末松 安晴 | |
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2015年撮影 | |
生誕 |
1932年9月22日(91歳) 岐阜県恵那郡坂下町(現:中津川市) |
居住 | 日本 |
研究機関 | |
出身校 |
東京工業大学大学院博士課程修了 (工学博士) |
主な業績 | 大容量長距離光通信用半導体レーザの発明 |
主な受賞歴 | |
補足 | |
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プロジェクト:人物伝 |
概要
1963年6月26日には、東京工業大学で世界初の光ファイバ通信実験を行って公開した。その後、本格的な光ファイバ通信の実現を目指して研究した末松は1981年に動的単一モードレーザ(その一つの位相シフト分布反射器レーザ)を発明し、この分野の学術基盤を開拓した。位相シフト分布反射器レーザは、現在大容量長距離光ファイバ通信用の標準レーザとして広く世界で用いられている。これ以外にも量子井戸レーザの高性能化にも取り組んだ。末松はさらに波長可変レーザを発明したほか、集積レーザを実現して能動光集積回路の理論を提唱し、これを後にPICsと名付けて現在に至る発展を図った。
末松は他方、母校・東京工業大学の教授・学長として理工系人材の育成に励み、後には高知工科大学学長・国立情報学研究所所長にも就任した。文部科学省科学技術・学術審議会会長などを務め、科学技術・学術の振興に努めた。また、末松は青少年の科学技術教育にも励んでおり、「岐阜サマー・サイエンス・スクール in なかつがわ」(1995年創設;中津川市教育委員会)の実行委員長を務めているほか[1]、世界の発明や発見のデータベースを集積して子供から大人までがウェブ上で広く閲覧できる、通称「発明と発見のディジタル博物館」(2010年より、日本学術振興会・国立情報学研究所・各学協会財団)の推進を行っている。
青少年期
少年期
末松は1932年9月22日に恵那郡坂下町(現:中津川市)で父佑一、母まつゑ夫妻の長男として生まれた。末松の幼少期は第2次世界大戦前後の激動期で、末松は5人兄弟の一員として父母、祖父母、そして坂下へ疎開してきた、出征した叔父の家族4名という大家族の中で育った。家は米穀、木材、石油などを扱う自営業で、祖父母からは「東京へ出て洋館に住む人」と可愛がられた。父は、折に触れて農作業や魚釣りなどへ連れ出し、木曽川の対岸に咲く白い花を教材に、「敷島の大和心を人とわば 朝日に匂う山桜花かな」(本居宣長の短歌)などと教えたりした。母は社会規範に悖ることをすると厳しく諭した。本を読むのは好きで、子ども向けの『プールターク英雄伝』や「アンデルセン童話」など、また雑誌「子どもの科学」、後には「自然」なども購読した。小学校5、6年次には、加藤宗平の指導で県の模型飛行機恵那郡大会に参加し、2年連続優勝した。
岐阜県立恵那中学校(旧制中学、現:岐阜県立恵那高等学校)1年次に第2次世界大戦が終わり、新設されたサッカー部に属した。この頃、ジャンク屋で入手して真空管ラジオを作ったという。新教育制度となり小学区制が施行された上に旧制中学は新制高校となったことから、末松は母親が学んだ高等女学校が前身の岐阜県立中津高等学校に転入した。数学が好きで、また、エディントン著の『膨張する宇宙』や『考古学入門』なども読んだ。安晴が作った鉱石ラジオが聞こえないのを見かねた叔父の末松玄六(戦後名古屋大学教授となっていた)の計らいで、理学部の上田良二教授に会わせてもらったり、除隊後に名古屋大学工学部教授に就任した親戚の市川眞人からピタゴラスの定理の成り立ちを教わったりして、学術的刺激の少ない地域に居ながらも啓発された[2]。
大学・大学院時代
末松は1951年4月に叔父の勧めで東京工業大学に入学し、1年半の教養課程の後に電気工学弱電コースに進んだ。教室よりは、自分で本を読んで納得がゆくまで考えるのが性に合っていたという。教養は河合栄治郎著の『百冊の本』から選んで手当たり次第に読んだ。アーノルド・J・トインビーが書いた "An Historian’s Approach to Religion"(1956年、日本では深瀬基寛訳で『一歴史家の宗教観』として出版)で、「自己中心性を去れ」と書いてあったことから社会貢献に目覚め、宗教が合理を越えた高い理念だったことを学んだ。また、ジェームズ・クラーク・マクスウェルの "A Treatise on Electricity and Magnetism"(1873年、『電気磁気論』)からは新分野を築いた叡智に触発され、リヒャルト・クーラントとダフィット・ヒルベルトの "Methoden der Mathematischen Physik" (en) (1924年)で、数学は物理現象を記述するものと理解した。末松も大学で専門の基礎を深め、社会で生きる意義を取得したという。大学院の指導教官だった森田清教授からは「論文書きに熱中するより本格的な仕事をせよ」と諭された。東工大教授の末武国弘が開いた、研究室を越えて集まりとことん議論する輪講会、マイクロ波輪講会や、東京大学の岡村総吾・斎藤成文両教授が主催した大学の枠を越えた懇談会、電子ビーム懇談会、などで研究者への道が拓かれたという[3]。
- ^ “岐阜サマー・サイエンス・スクール in なかつがわ”. 2018年7月23日閲覧。
- ^ 末松安晴「第2-4章」『光通信の発展を支えた基礎研究』 19回連載合本、科学新聞社〈新-未知への群像-〉、2008年5月。
- ^ 末松安晴「著者の横顔」『明日を拓く人間力と創造力』丸善〈丸善ライブラリー〉、2005年3月。
- ^ 「先達は語る(5)末松安晴名誉員」、電気学会、電気技術史技術委員会、電気技術オーラルヒストリ調査専門委員会、pp.1-68、平成25年3月(2013)
- ^ 2014年 日本国際賞(国際科学技術財団)
- ^ Jens Ramskov, “Light Unseen,” DTU Fotonik, Department of Photonics Engineering, 2012.
- ^ 1985年 Electronics Letters Premium Award, IEE(英国)、Y Suematsu, F Koyama, T Tanbun-Ek, K Sekartedjyo, N Eda, K Huruya.for the paper entitled “1.5 micron phase-shifted DFB lasers for single-mode operation”
- ^ 清水洋、「ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション」、有斐閣、2016.
- ^ M. G. Young, U. Koren, B. I. Miller, M. Chien, T. L. Koch, D. M. Tennant, K. Feder, K. Dreyer, and G. Raybon, “Six wavelength laser array with integrated amplifer and modulator,” Electron. Lett., vol. 31, no. 21, pp. 1835-1836, Oct. 1995.
- ^ 末松安晴、宇高勝之、昭和56-116683、「同調及び周波数変調機構を具える分布反射型半導体レーザ」、特許公開:昭56/9/12(1981)、出願番号:昭55-19049、出願:昭和55/2/20b , 1980.14
- ^ Markus Amann and Jens Buus, “Tunable Laser Dtodes,” Artech House, Boston・London, 1998.
- ^ Y.Tohmori,Y.Yoshikuni,H.Ishii,F.Kano,T.Tamamura,Y.Kondo,and M. Yamamoto, “Broad-range wavelength-tunable superstructure grating (SSG) DBR lasers,” IEEE J. Quant. Electron., vol. 29, no. 6, pp. 1817- 1823, Jun. 1993.
- ^ V. Jayaraman, Z.-M. Chuang, and L. A. Coldren, “Theory, design, and performance of extended tuning range semiconductor lasers with sampledgratings,”IEEEJ.QuantumElectron.,vol.29,no.6,pp.1824-1834, Jun. 1993.
- ^ 末松安晴、第一講義「光ファイバ通信と社会」、「人類の技術」2016年版、豊橋技術科学大学編、日経BPコンサルティング、(2016-4)。
- ^ 1978 電子通信学会 業績賞 「光集積回路」
- ^ Y. Suematsu and S. Arai, "Integrated Optics Approach for Advanced Semiconductor Lasers," Proc. IEEE, Vol.75, No.11, pp.1477-1487 (Nov. 1987).
- ^ R. Nagarajan, C. H. Joyner, R. P. Schneider, etai.and D. F. Welch, “Large-scale photonic integrated circuits,” IEEE J. Sel. Topics Quantum Electron., vol. 11, no. 1, pp. 50-65, Jan./Feb. 2005.
- ^ Y. Nishimura, K. Kobayashi, T. Ikegami and Y. Suemtasu, ”Hole-Burning Effect in Semiconductor Lasers,“ 1970 Internat’l Quantum Electronics Conf., 20.8p, Kyoto, Sept. 1970.
- ^ H. Hirayama, K. Matsunaga, M. Asada, and Y. Suematsu, "Lasing action of Ga0.67In0.33As/GaInAsP/InP tensile-strained quantum-box laser," Electron. Lett., Vol.30, No.2, pp.142-143, (Jan. 1994).
- ^ 「戦後日本のイノベーション100選」、公益財団法人発明協会、2017.
- ^ 1994年 C&C賞(NEC-C&C財団)
- ^ 1997年 Eduard Rhein Preis, Eduard-Rhein- Stiftung(独)
- ^ 「戦後日本のイノベーション100選」、公益財団法人発明協会、2017
- ^ 「発明と発見のディジタル博物館」卓越研究データベース、日本学術振興会、国立情報学研究所のDBとしてネット公開、2018.
- ^ 「岐阜サマー・サイエンス・スクール20周年記念誌」、岐阜サマー・サイエンス・スクール実行委員会、中津川市教育委員会、2015-8.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn 末松安晴『光ファイバ通信研究概要』個人編集DVD、2016年。
- ^ “平成15年度 文化功労者及び文化勲章受章者(五十音順)” (PDF). 文部科学省 (2003年11月3日). 2011年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月2日閲覧。
- ^ 名誉教授総合研究大学院大学
- ^ “芦田淳さんら4028人 秋の叙勲”. 共同通信 (2006年11月2日). 2013年12月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月15日閲覧。
- ^ “ジャパンプライズ(Japan Prize/日本国際賞)”. 国際科学技術財団. 2022年10月4日閲覧。
- ^ “平成27年度 文化勲章受章者” (PDF). 内閣府 (2015年11月3日). 2023年3月25日閲覧。
- ^ "History of SSDM Award". Solid State Devices and Materials. 2018年7月28日閲覧。
固有名詞の分類
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