写真
『油地獄』(斎藤緑雨) 21歳の法学生・目賀田貞之進は、柳橋の芸妓小歌に一目惚れして通いつめるが、小歌は別の客にあっさり身請けされてしまう。貞之進は小歌を怨み、深夜、鉄鍋に油を煮えたぎらせて小歌の写真を投げこむ。写真は焦げただれ、やがて灰になるまで、貞之進は見つめていた〔*→〔藁人形〕1aの『藁人形』(落語)の変形〕。
『恨みの写真』(落語) 若い男が、女に裏切られたため、女を殺して自分も死のうと思いつめる。叔父が男に説教し、「晋の予譲の故事(*→〔身代わり〕9b)にならって、その女の写真を刺せ」と言う。男が恨みを込めてナイフで写真を刺し通すと、血がタラタラと流れる。叔父は「おお。一念通じて写真から血が出たか」と感嘆する。男は「いえ、指を切りました」。
『飢餓海峡』(水上勉) 青森の貧しい娼婦八重は、ただ1度だけ訪れた客の男から大金をもらい、それで借金を返し、東京へ出て働くことができた。八重はその客を恩人と思った。10年後、八重は新聞で、舞鶴の会社社長樽見京一郎の慈善事業の記事と顔写真を見た。それはあの客の顔だったので、八重は恩人に礼を言おうと舞鶴へ出かけた。しかし彼女は殺された→〔過去〕6。
『砂の器』(松本清張) 島根県亀嵩地方で巡査をしていた三木謙一は、退職後岡山県に住み、ある時、長年の夢だった関西旅行に出かけた。三木は伊勢の映画館で、館内に掲げられている音楽家和賀英良の写真を目にした。それは20年以上前、三木が巡査時代に世話をした、癩病の乞食・本浦千代吉の息子秀夫が成長した姿だった。三木は東京へ和賀英良(=秀夫)に会いに行き、殺された〔*映画版では、この時点で千代吉は存命であり、三木は秀夫に「父親に会え」と説く〕→〔再会(父子)〕4。
*行方知れずの夫の新聞写真を、妻が見る→〔同一人物〕3の『心の旅路』(ルロイ)。
『池北偶談』(清・王士偵)「追写真」 没後長年月を経た人の生前の姿をありのままに写生する術があり、追写真という。ある人が、幼時に死別した母の肖像を術者に依頼した。術者は一室にこもり、夜半にいたって依頼者を呼び入れた。画紙は封じたままだったが、開くと、生けるがごとき母の風貌が描かれていた。「ただし死後60年を過ぎては追写真も及ばない」と、術者は言った。
『悪魔のような女』(クルーゾー) クリスティーナは、夫の小学校長ミシェルを殺して(*→〔不倫〕5)、死体をプールに沈めるが、プールの水を抜くと死体はなくなっていた。学校で児童たちの集合写真をとると、背景の教室の窓の奥にミシェルの顔が見える。幽霊が写ったのか、それともミシェルは生きているのか、クリスティーナはおびえる〔*実はミシェルは生きており、心臓の悪いクリスティーナを脅して死に追いやった〕。
『河童』(芥川龍之介)15 河童の国の詩人トックがピストル自殺し、彼の家は写真師のステュディオに変わった。ところがこのステュディオで写真をとると、客の後ろにトックの姿が朦朧と映るという。河童の国に滞在する「僕」が何枚かの写真を点検すると、なるほど、どこかトックらしい河童が1匹、老若男女の河童の後ろに、ぼんやりと姿を現していた。
*肉眼では見えないものが、写真に映っていた→〔身投げ〕7の海から手(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』)。
★5a.瀕死の人の写真をとると、生命力を与えることができる。
『夏目漱石』(小宮豊隆)「死」 夏目漱石の臨終が近づいた時、妻鏡子は「漱石の写真をとりたい」と言った。瀕死の病人の写真をとると、病人が持ち直すことがある、と一部で信じられていたからであった。写真師が呼ばれ、撮影が行なわれたが、その甲斐もなく漱石は死去した。
『殺人カメラ』(ロッセリーニ) 悪魔が、町の写真屋に不思議な力を授ける。写真スタジオにある人物写真を、もう1度カメラで撮影しなおすと、被写体の人物が急死するのだ。写真屋は、悪徳町長・仲買人・高利貸しなど、欲深な連中6人の写真を撮影して、彼らを殺す。これで住み良い町になるはずだったが、また新たに欲深な人間たちが現れて、結局、町は変わらなかった〔*悪魔は改心して、死んだ6人を生き返らせる。写真屋は悪魔に十字の切り方を教え、悪魔は普通の人間になる〕。
『現代民話考』(松谷みよ子)12「写真の怪 文明開化」第2章の1 「3人で写真をとると、真ん中の人が早死にする」というのは、明治の初期から続く迷信である。昭和の初めまで、写真館には京人形やキューピッド人形が用意してあった。3人で写真をとる時には人形を中に入れ、「これで4人になったから良い」と言って、撮影した(福岡県)。
*木を人間に見立てて、人数を調整する→〔三人目〕1の『懶惰の歌留多』(太宰治)。
『金枝篇』(初版)第2章第2節 ジョーゼフ・トムソン氏が、東アフリカのワテイタ族の数人を写真に収めようとしたところ、彼らはトムソン氏を、「魂を取ろうとしている呪術師」と見なした。彼らは、「もしトムソン氏が自分たちの像を手に入れれば、自分たちは、まったくトムソン氏の言いなりになってしまう」と考えた。
★6.愛する人の写真。
『今戸心中』(広津柳浪) 吉原の花魁(おいらん)吉里は、客の平田を心底愛していたが、平田はやむを得ぬ事情で郷里へ帰ってしまう。それから1ヵ月余り後の12月下旬、吉里は好きでもない客と一緒に、隅田川へ身投げする。朋輩に託した遺書の中に写真があった。平田の写真と吉里の写真を、表と表を合わせ、裏に「心」という字を大きく書いて、こよりで十文字に結んであった。
『野菊の墓』(伊藤左千夫) 「僕(政夫)」と民子は大の仲良しだったが、2人の仲は裂かれ、民子は他家へ嫁にやられる。しかし6ヵ月で流産し、その後の肥立ちが悪くて、息を引き取った。死んだ時民子は、左手に紅絹(もみ)の切れに包んだ小さなものを握っていた。家族が開けて見ると、それは「僕」の写真と手紙だった。
『死刑台のエレベーター』(マル) ジュリアンは、勤務する会社の社長夫人と、ひそかに愛人関係になっていた。彼は社長を射殺して自殺に見せかけ、完全犯罪は成功した。しかし不良青年がジュリアンの車を盗み、旅行者を殺したために、車に置いてあったジュリアンのカメラが警察に押収される。フィルムを現像すると、抱き合うジュリアンと社長夫人の写真が何枚も現れ、2人が共謀して社長を殺したことを、警察は知る。
『柔らかい肌』(トリュフォー) 中年の文芸評論家ピエールは講演旅行に出かける時、愛人のスチュワーデス、ニコルを同伴した。彼は手持ちのカメラでニコルの写真をとり、2人の愛の記念とした。ピエールの妻は彼の不倫を疑っていたが、カメラ店へ行き、現像された何枚もの写真、さまざまなポーズを取るニコルの写真や、ニコルとピエールが一緒に写っている写真を手にして、不倫の決定的証拠を得た。
*密会の証拠写真をでっち上げる→〔取り合わせ〕1aの『醜聞(スキャンダル)』(黒澤明)。
★8.恋人と並んで映っている写真を二つに切って、恋人の写真と自分の写真を別々にする。
『写真』(川端康成) 醜い詩人の「僕」は、新聞社から写真を求められ、かつて恋人と一緒に撮った写真を半分に切って渡した。ところが手元に残った恋人1人だけの写真を見ると、ずいぶんつまらない娘に見えた。恋人も、新聞で「僕」の写真を見れば、「こんな男に恋した自分が口惜しい」と思うだろう。しかし、もし2人並んだ写真が新聞に出たならば、恋人は「僕」の所に飛んで帰って来るのではないだろうか。
★9.見えぬ目で見る写真。
『二十四の瞳』(壺井栄) 昭和21年(1946)5月。大石久子先生を囲む会を、教え子たちが開く。18年前、皆が小学1年生だった時、村の一本松で記念写真を撮ったことがあった(*→〔落とし穴〕1)。教え子の一人磯吉は戦争で両眼を失っていたが、「目玉がなくてもこの写真は見える」と言う。「真ん中のこれが先生。その前に、うらと竹一と仁太が並んどる。先生の右がマアちゃん・・・・」。磯吉は確信を持って、人差し指でおさえて見せる。しかしその指は、少しずつズレた所をさしていた。「そう、そう、そうだわ」と答える大石先生の頬を涙が伝わった。
『疑惑の影』(ヒッチコック) 「米国標準家庭の生活実態調査」と称して、刑事2人が記者とカメラマンに扮し、殺人容疑者チャーリーの滞在する家を訪れる。カメラマンがチャーリーを撮影したので、チャーリーは「写真は嫌いだ」と言って、フィルムを取り上げ焼却する。しかし刑事たちが渡したのは別のフィルムだった。チャーリーの写ったフィルムは現像され、それを見た警察は、彼が殺人犯であることを確認した。
『富嶽百景』(太宰治) 御坂峠の茶店に3ヵ月ほどこもって仕事をしていた「私」が、山を降りる前日。東京から来たらしい娘さん2人が、「シャッタア切って下さいな」と言って、「私」にカメラを渡した。レンズをのぞくと、真ん中に大きい富士、その下に娘さん2人が寄り添っている。「私」は2人をレンズから追放し、富士山だけをいっぱいにキャッチして、富士山、さようなら、お世話になりました。パチリ。
『夜の河』(吉村公三郎) 京染めの店の娘・きわは、法隆寺を訪れた時、女学生から「写真を撮って下さい」と頼まれ、カメラを渡された。女学生とその父と友人の3人並んだ姿を、きわは撮影する。女学生の父である大学教授・竹村は、その日、きわが染めて売りに出したネクタイをしていた。これがきっかけで、きわと竹村は、しばしば逢うようになった→〔不倫〕8。
『ドウエル教授の首』(ベリャーエフ) ドウエル教授の首が(*→〔首〕4b)、若き日の恋の思い出を語る。ドウエルは、患者のベティと親しくなり、「机上にある、私の婚約者の写真を見てほしい」と頼んだ。「彼女が承知してくれたら、私は彼女と結婚するんだ」。ベティが机の所へ行くと、それは写真ではなく、小さな鏡だった。ベティは鏡をのぞきこんで笑い、「この人なら断ったりはしないでしょう」と言った。
*鏡に映る自分の顔を見て、「誰かの写真だ」と思う→〔鏡〕1cの『農夫と女房と鏡』(イギリスの民話)。
*写真を撮ってもらえない子→〔兄弟〕2bの『にんじん』(ルナール)「にんじんのアルバム」1。
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