身投げ
★1a.川へ身投げする人と、それを止める人。
『三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)』(河竹黙阿弥)「花水橋材木河岸」 木屋の手代十三郎は、店の金百両を落としたため、大川へ身投げして責任をとろうとする。通りかかった夜鷹宿の親爺・伝吉がそれを止め、家へ連れて来る。いろいろと十三郎の身の上を聞くうちに、伝吉は、十三郎がかつて捨てた自分の息子であることを知る。
『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』(河竹黙阿弥) 材木商・白子屋の手代忠七は、髪結いの新三(しんざ)にだまされて、恋人である主家の娘お熊を奪われる。悲観した忠七が、永代橋から身投げしようとするところへ、弥太五郎源七親分が通りかかり、忠七を抱き止める。源七親分は白子屋の依頼を受け、新三の住む裏長屋へお熊を取り戻しに行くが、失敗する〔*源七は新三を恨み、後に夜道で新三を待ち伏せして斬り殺す〕→〔理髪師〕2。
★1b.川へ身投げする人と、それを救う人との縁組み。
『文七元結』(落語) 近江屋(または和泉屋)の手代文七は、店の金50両をスラれたと思いこみ、川へ身投げしようとして佐官長兵衛に止められる。長兵衛は、娘お久が身売り覚悟で借りた大事な50両を、咄嗟に文七に与えてしまう。実は文七は、得意先に50両を置き忘れただけだったので、近江屋の主人がわけを知ってすべてを丸く収め、文七とお久を夫婦にして店を持たせる。
『耳袋』(根岸鎮衛)巻之1「相学奇談の事」 商家の手代が、人相見に「来年6月に死ぬだろう」と占われる。手代は、借金ゆえ両国橋から身投げしようとする娘を見、自分には最早無用の金を与えて、助ける。翌年6月を過ぎて手代はなお生きているので、人相見を訪ねると、「人命を救ったゆえ寿命がのびたのだ」と言われる。後、手代は助けた娘と夫婦になる。
★1c.身投げする女を救った男が、後にその女に命を救われる。
『輟耕録』(陶宗儀)「陰徳延寿」 「30歳までの寿命」と易者に言われた青年が、ある時、飛雲渡の渡し場で身を投げようとする女を救う。1年後、青年は偶然に再び飛雲渡でその女と巡り合う。「先年の礼をしたい」と言う彼女に青年は引き止められて、舟に乗り遅れる。ところがその舟が転覆し、青年は命拾いした上に、30歳をすぎても死なず天寿を全うする。
★1d.大勢の身投げ者を救っていた人が、後に自分も身投げをする。
『身投げ救助業』(菊池寛) 明治時代の京都。疏水のそばに住む老婆は、身投げする人を見ると、物干し竿を差し出した。投身者は本能的に竿にしがみつくので、老婆は10数年に渡って50人以上の命を救い、府庁からもらう人命救助の褒賞金を貯蓄した。ところが1人娘が貯金を引き出し、旅役者と駆け落ちする。老婆は絶望して、疏水に身を投げる。しかし、意に反して助けられてしまった。以後、老婆は身投げ救助をしなくなった。
★2.身投げの失敗。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)2 冬の夜、水島寒月が吾妻橋へ来かかると、川の中から、かすかな声が訴えるごとく救いを求めるごとく、彼の名を呼ぶ。それは、寒月を恋い慕って病気になった某家の令嬢○○子さんの声だった(*→〔恋わずらい〕6)。寒月は「今すぐに行きます」と答えて、欄干から飛びこむ。しかし水の中でなく、間違えて橋の真ん中へ飛び下りてしまった。
*→〔心中〕1。
★3.集団の身投げ。
『あいごの若』(説経)4~6段目 愛護の若は、継母の謀略ゆえに、父・二条蔵人清平の怒りをかう。愛護の若は、亡母の霊の教えにしたがって比叡山の伯父阿闍梨を頼るが、「天狗の化身か」と疑われて追い返され、絶望して、きりうの滝に投身する。自分たちの間違いを知った父清平や伯父阿闍梨、さらにその弟子や縁者、合わせて108人が、愛護の若の後を追って投身する。
*108人どころでなく、全国民あるいは全人類が集団入水するのが→〔入水〕9の『レミング』(マシスン)。
『さまよえるオランダ人』(ワーグナー) ゼンタは、さまよえるオランダ人と結婚することによって、彼を悪魔の呪いから救済しようとする(*→〔さすらい〕2)。しかし、青年エリックがゼンタに求愛するのを聞いたオランダ人は絶望し、幽霊船に乗って去って行く。ゼンタは「死に到るまであなたに真心を尽くします」と叫び、海に身を投げる。幽霊船は波間に沈み、朝日の光の中、オランダ人とゼンタが抱き合って昇天して行く。
*夫を救うために、妻が海に身を沈める→〔船〕8の『古事記』中巻(オトタチバナヒメ)・『椿説弓張月』続編巻之1第31回(白縫)。
★5.身投げするふりをして、金をだまし取る。
『身投げ屋』(落語) 三吉という男が夜中に橋の上に立ち、金に困って身投げするふりをして、通りかかりの人たちから金をもらう。そのうち、みすぼらしい父子が来かかり、「死んでお母さんの所へ行こう」などと相談するので、三吉は「本物の身投げだ」と思い、父子に同情して、今夜得た金を全部与える。父子は「うまくいった」と喜んで金を分け合う。彼らも身投げ屋だった。
★6.毎晩の身投げ。
『楽牽頭(がくたいこ)』「身投げ」 両国橋の番人が、役人から「毎晩、身投げがあるというではないか。よく気をつけろ」と、叱られる。その夜、番人が見張っていると、不審な者が現れ、欄干をくぐる。番人は後ろから組みつき、「毎晩身投げするのは、お前だな」〔*→〔剣〕6の『試し斬り』(落語)と似た印象のオチである〕。
★7.身投げする人と、それを受け入れる手。
海から手(日本の現代伝説『ピアスの白い糸』) 雑誌のファッション・ページのために、海に面した崖の上で撮影をしている時、遠くの突端から女性の身投げがあり、写真に映ってしまった。それを現像してみると、女性の身体がまさに落ち入ろうとする海面一面から、人の手が数千本も突き出ていた。
*愛人の心を試すために、「身投げ心中をしよう」と誘う→〔嘘〕3の『星野屋』(落語)・〔冥界行〕6bの『辰巳の辻占』(落語)。
「身投げ」の例文・使い方・用例・文例
品詞の分類
名詞およびサ変動詞(落命) | 生成 産卵 身投げ 陣没 斬首 |
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