1980年のテレビ (日本)
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開局
- 10月1日 - テレビ信州(サービス放送開始は、9月24日)
既存局の音声多重放送開始(当時は実用化試験放送)
- 2月1日 - 山陽放送テレビ(岡山県及び岡山・香川エリア初)[19][20][21]
- 3月20日 - 東北放送テレビ、仙台放送、宮城テレビ放送(3局共に、東北地方並びに宮城県初)[22]
- 3月30日 - RKB毎日放送テレビ[22][23]
- 4月1日 - 中国放送テレビ[16]
- 6月13日 - 西日本放送テレビ(香川県。四国地方初)[24]
- 7月1日 - 信越放送テレビ、長野放送[25](両局共に、長野県初)[注 10][26]
- 7月3日 - 秋田放送テレビ、秋田テレビ(両局共に、秋田県初)
- 8月8日 - NHK前橋放送局、NHK和歌山放送局(共に総合テレビ)[27]
- 9月27日 - 北陸放送テレビ、石川テレビ放送(両局共に、石川県初)[28]
- 11月1日 - IBC岩手放送テレビ、テレビ岩手(両局共に、岩手県初)
- 11月29日 - 新潟放送テレビ(新潟県初)[29][30]
- 12月15日 - テレビ西日本
- 12月27日 - 岡山放送
周年
番組
- 放送開始20周年
- 放送開始15周年
- 放送開始10周年
- NNNドキュメント(日本テレビ)
- クイズグランプリ(フジテレビ)
- 遠くへ行きたい(読売テレビ)
- RABニュースレーダー(青森放送)
- 放送開始5周年
- カックラキン大放送!!(日本テレビ)
- テレビ三面記事 ウィークエンダー(日本テレビ)
- それは秘密です!!(日本テレビ)
- びっくり日本新記録(読売テレビ)
- Gメン'75(TBS)
- シャボン玉こんにちは(TBS)
- ぴったし カン・カン(TBS)
- 料理天国(TBS)
- 独占!女の60分(テレビ朝日)
- おはようワイド・土曜の朝に(朝日放送)
- パネルクイズ アタック25(朝日放送)
- ラブアタック!(朝日放送)[注 11]
開局
- 3月16日 - 山形放送テレビジョン放送開始20周年。
- 4月1日
- 6月1日 - 福井放送、琉球放送テレビジョン放送開始20周年。
- 7月1日 - NHK宮崎放送局テレビジョン放送開始20周年。
- 8月1日 - NHK函館放送局教育テレビジョン放送開始20周年。
- 9月1日 - NHK室蘭放送局教育テレビジョン放送開始20周年。
- 10月1日
- 11月1日 - NHK旭川、福島、宮崎教育テレビジョン開局20周年。
- 12月1日
記念回
- 500回以上
- 夜のヒットスタジオ(フジテレビ)600回 - 5月12日
- クイズタイムショック(テレビ朝日)600回
- 新婚さんいらっしゃい!(朝日放送)500回
- 100回以上
注釈
- ^ a b スタジオアルタが開業し『日本全国ひる休み』第1回放送があった3月31日は、34年後の2014年に『笑っていいとも!』の最終回を放送し、さらに2年後の2016年の同日をもってスタジオ業務を終え[2]、現在は多目的劇場「アルタシアター」となっている。
- ^ なお、これに伴い、平日8:30と土曜8:00のアニメ再放送枠『あつまれ!チビッコ劇場』(関東ローカル)は平日放送を廃止、そしてその『チビッコ劇場』と共に土曜8:30のドキュメンタリー番組『世界の先生たち』は双方とも30分繰り上がったため、子供番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』(月 - 土7:30)は前週の3月29日の放送をもって土曜放送を廃止、以後1982年3月31日に終了するまで、『ピンポンパン』は平日限定放送となる。
- ^ 日本テレビ制作では1981年開始の『火曜サスペンス劇場』が初。
- ^ この年は萩本欽一とコンビで担当[11]。
- ^ 2011年(第34回)はチャリティマラソンランナーを務め、同年からは総合司会を後輩アナウンサーの羽鳥慎一(この年3月に退社、現在は徳光と同様フリーアナウンサー)に交代(以降は羽鳥の他、やはり後輩である桝太一や水卜麻美らも担当している)。2012年(第35回)以降もチャリティサポーターとして番組に参加しており(2012年はマラソンのスターターも務めた)、現在もなお『24時間テレビ』に関わっている。
- ^ 『NTV紅白歌のベストテン』の特番。
- ^ 徳光は長嶋の出身大学である立教大学の後輩であり、巨人ファンでもある。
- ^ この件については後年『行列のできる法律相談所』で紹介されたほか、徳光がマラソンランナーを務めた2011年の『24時間テレビ「愛は地球を救う」34』でも紹介された。
- ^ 全日帯においてはNHK総合が首位であった。また、翌1981年春の調査で、1980年の年度視聴率においても、TBSは3冠王を達成したが、あくまでも在京民放局の中での首位であった(全日首位はNHK総合で、TBSはゴールデンタイムとプライムタイムの2冠であった)。
- ^ 事前にサービス放送を両局共に、同年6月21日から開始している。
- ^ 関西ローカル時代から通算して5周年。
- ^ 日本初のステレオ放送によるレギュラーテレビドラマ。
- ^ 跡地は現在、有楽町マリオンとなっている。
- ^ 当初は関西ローカルで、一部地域にも番販ネットされた。約3年後の1983年3月6日からテレビ朝日系列の全国ネット番組に昇格した。
- ^ a b c d e 火曜ワイドスペシャル
- ^ a b 土曜スペシャル
- ^ a b c 木曜スペシャル
- ^ 前回は1979年12月29日「土曜スペシャル」で『爆笑!激笑!!今年の笑いおさめだ79重大ニュース』として放送。→1979年12月も参照
- ^ 1976年 - 1978年放送の『わんぱくチビッコ大集合!』から始まった、フジテレビ大晦日ゴールデンタイムでの子供向け番組最終作。
- ^ 日本テレビ系全国ネット番組「日曜スペシャル」枠での放送
出典
- ^ 「亜星登場ムード一変!逆転・逆転また逆転!」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1980年1月20日付のテレビ欄)より。
- ^ “いいとも“聖地”スタジオアルタ、3月いっぱいで休止 新宿アルタは継続”. スポーツ報知. (2016年3月3日) 2016年3月4日閲覧。
- ^ a b 朝日新聞 1980年3月31日 朝刊 P.24 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'80』日本放送出版協会、1980年、93頁。
- ^ 「竹下景子ガンバル 新メンバー3人登場!」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1980年4月6日付のテレビ欄)より。
- ^ 「クイズヒントでピント」おしゃれまとめの人気アイデア|Pinterest|é¦æ ä¸æ | クイズ
- ^ 橋田脚本の「渡る世間は鬼ばかり」のプロトタイプ的作品である。
- ^ a b 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(55年5月)」『月刊民放』第10巻第8号、日本民間放送連盟、1980年8月1日、50頁、NDLJP:3470936/26。
- ^ 伊予田康弘[ほか]著『テレビ史ハンドブック』自由国民社、1998年、112頁。ISBN 978-4426747015。
- ^ 朝日新聞 1980年6月23日 朝刊24ページ テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ アーカイブ 2007年10月24日 - ウェイバックマシン
- ^ 「新メンバーを加え、今夜ツービート登場!」 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、報知新聞(1980年10月5日付のテレビ欄)より。
- ^ 朝日放送社史編修室/編集『朝日放送の50年 1 本史』2000年、235-236頁。
- ^ 伊予田康弘[ほか]著『テレビ史ハンドブック』自由国民社、1998年、110頁。ISBN 978-4426747015。
- ^ a b “『ギャグゲリラ』のテレビ番組があった?”. 赤塚不二夫保存会/フジオNo.1 - gooブログ (2017年11月5日). 2021年12月2日閲覧。
- ^ a b 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(55年4月)」『月刊民放』第10巻第7号、日本民間放送連盟、1980年7月1日、50頁、NDLJP:3470935/26。
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'81』日本放送出版協会、1981年、29頁。
- ^ 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(55年10月)」『月刊民放』第11巻第1号、日本民間放送連盟、1981年1月1日、52頁、NDLJP:3470941/27。
- ^ 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(55年2月)」『月刊民放』第10巻第5号、日本民間放送連盟、1980年5月1日、50頁、NDLJP:3470933/26。
- ^ RSK山陽放送 会社概要(2023年6月26日閲覧)
- ^ RSK HD 訂正有価証券報告書-第72期(2019/04/01-2020/03/31)(IR BANKのサイト)(2023年6月26日閲覧)
- ^ a b 日本民間放送連盟(編)「放送日誌(55年3月)」『月刊民放』第10巻第6号、日本民間放送連盟、1980年6月1日、50頁、NDLJP:3470934/26。
- ^ RKB毎日放送株式会社50年史編纂委員会 編纂『九州・福岡RKB放送史事典 : RKB毎日放送創立50年記念』RKB毎日放送、2001年、127頁。
- ^ 西日本放送の歴史 沿革(西日本放送)(2023年11月20日閲覧)
- ^ 開局二十周年記念事業委員会社史編纂専門部会 編『長野放送二十年の歩み』長野放送、1989年、119頁。
- ^ 信濃毎日新聞 1980年6月30日 夕刊 P.8 テレビ欄 「SBC・NBSの音声多重放送 あすから本格開始 記念番組を編成しPR」(信濃毎日新聞データベースで閲覧)
- ^ 日本放送協会総合放送文化研究所放送史編修部『NHK年鑑'81』日本放送出版協会、1981年、11,214頁。
- ^ 開始日前日に、本免許を取得して開始。「石川テレビの50年 停波事故を乗り越えて」(2019年4月25日、石川テレビ放送発行)84ページ。
- ^ 新潟放送『新潟放送40年のあゆみ』新潟放送、1992年10月15日、434頁。
- ^ 新潟日報 1980年11月29日朝刊 P.24 テレビ欄 及び P.5 BSN新潟放送広告「BSNテレビで、きょう開始 音声多重放送」(新潟日報マイクロフィルム版で閲覧)
- ^ a b c 1980年10月11日(土) - プレイバック!TVガイド ~あのころのテレビはこうだった!~ - テレコ!
- ^ a b 朝日新聞 1980年4月8日 朝刊 P.24 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 故大平首相葬儀 - NHKクロニクル
- ^ a b 朝日新聞 1980年1月1日 朝刊P.27 元旦テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1980年4月6日 朝刊P.24 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1980年5月3日 朝刊P.24 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1980年5月4日 朝刊P.24 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1980年6月22日 朝刊P.24 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
- ^ 朝日新聞 1980年8月8日 朝刊 P.24 テレビ欄(朝日新聞クロスサーチにて閲覧)
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