関東学生アメリカンフットボール連盟 関東学生アメリカンフットボール連盟の概要

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 関東学生アメリカンフットボール連盟の解説 > 関東学生アメリカンフットボール連盟の概要 

関東学生アメリカンフットボール連盟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/01 05:25 UTC 版)

関東学生アメリカンフットボール連盟
Kanto Collegiate American Football Association
団体種類 一般社団法人
設立 1934年
所在地 東京都調布市西町376-3 味の素スタジアム
法人番号 8012405001341
活動地域 関東地方
活動内容 学生アメリカンフットボールの統括
親団体 日本学生アメリカンフットボール協会
ウェブサイト https://www.kcfa.jp
テンプレートを表示

略史

アメリカンフットボールは日本での球技としては比較的歴史が浅く、世界の流れが第二次世界大戦へ向かっている頃に日本に初めてもたらされた。最初は関東と関西の一部の大学により始められその後次第に大学の間に広まっていき、その後は社会人や高校に広まっていった。そのために日本のアメリカンフットボールの創成期は、すなわち大学アメリカンフットボールの歴史といっても差し支えない。

学校数の多い関東や関西圏から普及し始めたことが有利にはたらき、チーム数も競技レベルにおいても関東・関西の大学が中心の時代が長らく続いた。戦後間もない頃までは、関東においても数校のみで行なっていたが、次第に加盟校を増やしていき、入れ替え戦導入での直列リーグ構成を採るなどしていったが、加盟校が増えるにしたがい、その運営の処遇に困った連盟は、更なる普及・振興策を単に加盟校を増やすことではなく、人気の看板カードを固定・定着させることに主眼を置く為に、並列リーグに再編し、関東チャンピオンはそれらのリーグの代表校による選手権で決する方策を採った。これが、関東並列リーグ時代になる。

加盟校増加の時期を迎えても競技レベル・運営面の双方において、戦前から参加していた早稲田大、立教大、明治大、慶應大、法政大、日本大が依然としてその中心であったが、この並列リーグの再編時には、再編当時より少し前から台頭が始まり、その後長らく黄金時代を保った日本大が、「実力的に頭抜けているので、新興校の技量向上に協力して欲しい。」という表向きの依頼理由により、当初(2年間)は前述伝統校組みの中ではただ1校日本大のみが新興校のリーグに参加した(残りの伝統校は全て「東京六大学リーグ」として同じリーグに編成されたが、最終的には、日本大も2年後にそのリーグに編入替えされることになった)。

1981年にはその並立リーグも終わりを迎え、配下6リーグを入れ替え戦で直結された3部構成の各部複数ブロックという直列リーグ構成に戻され、その後も加盟校の変化や改善提案に基づいてブロック構成や各部の構成チーム数を若干修正しながら現在に至っている。なお関東選手権については、直列リーグへの再編でも1部のリーグ構成が2ブロックであったため、時期により名称や試合形式を若干変えながらも存続し続けている。

沿革

1935年の法立戦
  • 1934年 立教大明治大早稲田大により、東京学生アメリカンフットボール連盟(当時は東京学生米式蹴球競技連盟)を設立。米国カレッジに倣い秋季のリーグ戦を開始。
  • 1935年 慶應大法政大が加盟。
  • 1938年 立教大、明治大、早稲田大、慶應大、法政大、関西大にて日本アメリカンフットボール協会(当時は日本米式蹴球協会)を結成。
  • 1940年 日本大が加盟。6校制になる。
  • 1941年 関東学生鎧球競技連盟に改称。関西学生リーグが始まり、同時に東西大学対抗戦が開始。
  • 1943年 太平洋戦争激化により、1945年まで3年間中断(1946年はオープン戦のみ)。
  • 1946年 同年3月に関東米式蹴球連盟が発足。関東学生連盟は関東連盟の傘下になり関東学生米式蹴球競技連盟として復活(後に関東連盟は、関東協会に改称。関東学生連盟も、関東学生アメリカンフットボール連盟関東大学アメリカンフットボール連盟関東学生アメリカンフットボール連盟と変遷)。第1回東西大学王座決定戦(甲子園ボウル)を実施。
  • 1956年 学習院大が加盟。7校制になる。
  • 1957年 防衛大が加盟。8校制になる。
  • 1959年 東大日体大が加盟。10校になったため、1部6校+2部4校の1部2部制と入れ替え戦を導入。
  • 1960年 青学大成城大東経大が加盟。以上の3校で新たに3部を構成。
  • 1962年 2部4校3部3校を統合再編し2部7校に変更
  • 1966年 成蹊大関東学院大國學院大獨協大が新規加盟。1部8校+2部6校+3部4校に再編成
  • 1969年 加盟校増加により、2部+3部を2部4ブロック(A - D)に再編成。新加盟校は以下の通り
明星大専修大東海大拓殖大国際商科大東洋大亜大明学大中央大一橋大大東大
  • 1970年 5リーグ(東京六大学関東六大学さつき首都六大学関東大学)に再編成し、各リーグ優勝校による関東大学選手権を開始。上智大和光大が新加盟(共に首都六大学リーグ)。城西大日本工大が準加盟(共に関東大学リーグ)。
  • 1971年 桜美林大が準加盟(関東大学リーグ)、城西大と日本工大が正式加盟に昇格。それに伴い関東大学リーグの名称を関東学生リーグに変更。
  • 1972年 各リーグ間で所属校の調整と構成数の変更を実施。日大が関東大学リーグから東京六大学リーグへ、日体大が関東大学リーグから関東六大学リーグへ、桜美林大が正式加盟への昇格と伴に関東大学リーグからさつきリーグへ。首都六大学リーグに千葉商大が新加盟。定数が増加したリーグの中で、名称に定数を冠したリーグはそれぞれ東京七大学、関東七大学、首都七大学に改称。
  • 1973年 関東学生リーグをローズリーグと改称。
  • 1974年 創価大が新加盟(ローズリーグ)。
  • 1975年 武蔵大が新加盟(さつきリーグ)。
  • 1976年 駒澤大が新加盟(首都七大学リーグ)、定数増加に伴い首都七大学は首都八大学に改称。 横浜国大が新加盟(関東七大学リーグ)、定数増加に伴い関東七大学を関東八大学リーグに改称。
  • 1977年 宇都宮大帝京大神大が新加盟。東京農大足利工大筑波大立正大が準加盟。以上の新加盟・準加盟をあわせた7校にて新しく関東大学リーグを結成(任意で数試合を実施、関東選手権への出場権なし)。また関東医科歯科リーグ(以下、医科歯科リーグ、関東選手権への出場権なし)を2ブロック10校(東邦大医学部、日本歯科大鶴見大歯学部、城西歯科大獨協医大聖マリアンナ医大北里大医学部、慈恵医大埼玉医大帝京大医学部)で新設。
  • 1978年 東京農大、足利工大、筑波大が正式加盟に昇格し、武蔵工大(現東京都市大学)、東京農工大東京学芸大横浜商大が準加盟(それぞれ関東大学リーグ)。また、関東大学リーグを新加盟と準加盟の2リーグに完全に分離。
  • 1979年 足利工大が脱退(関東大学新加盟リーグ、以下新加盟リーグ)し、武蔵工大が正式加盟(新加盟リーグ)に昇格。また文教大関園大埼玉工大が準加盟。関東大学準加盟リーグ(以下準加盟リーグ)をA,Bの2ブロックに分割再編。日大歯学部、東海大医学部が加盟(医科歯科リーグ)。
  • 1980年 足利工大が復帰・再加盟(共に新加盟リーグ)。幾徳工大上武大が準加盟。
  • 1981年 関東大学連盟の配下6リーグを1部2ブロック12校、2部4ブロック28校、3部2ブロック12校(他に医科歯科リーグ2ブロック11校と準加盟リーグ、但し前年までの準加盟は全て正式加盟に昇格。足利工大、横浜商大は脱退)に再編成。関東大学選手権は1部A,Bブロック1位校同士の優勝決定戦に変更。
  • 1982年 玉川大が準加盟に参加。また、足利工大、横浜商大が準加盟に復帰。
  • 1983年 玉川大が正式加盟に昇格。足利工大学、横浜商科大学は不参加。上武大が全試合棄権。
  • 1984年 新加盟校と復帰校で準加盟リーグを編成。構成校は埼玉大千葉大千葉工大国士大、足利工大、上武大、横浜商大(全試合棄権)
  • 1985年 3部を2ブロック16校に変更(ただし試合数は抽選で各校5試合)。高千穂商大が準加盟に参加。埼玉大、千葉大、千葉工大、国士大は正式加盟に昇格。
  • 1986年 1部を2ブロック14校、3部を3ブロック15校に変更。高千穂商大が正式加盟に昇格し、準加盟に茨城大が参加。
  • 1987年 準加盟に横浜市大が参加。
  • 1988年 3部を3ブロック18校に変更。茨城大、横浜市大、足利工大が正式加盟となり、準加盟に帝京技術科学大流経大杏林大が参加。
  • 1990年 日本国内の組織改編に伴い、日本学生アメリカンフットボール協会を設立。関東協会は発展的に解消。関東協会傘下から日本学生アメリカンフットボール協会傘下に移行。
  • 1996年 2部4ブロック28校を1部と同じ形態の2ブロック制16校に改編。同時に3部は4ブロック24校、4部は4ブロックに再編成。
  • 2004年 1部リーグ所属の各ブロックから選抜された選手によるオールスターゲームが川崎球場で開催されるようになった。(川崎カレッジボウル)
  • 2005年 2006年から1部を7校×2ブロックを8校×2ブロックに改編するために移行措置を実施(2部以下の基本構成には変更なし)。この改編に伴い、2006年以降の関東選手権は1部両ブロック1位校同士の決勝戦のみとなった。
  • 2014年 1部リーグを再々編し8校×2ブロック制から16校1ブロックとなり、実質的な新しい1・2部制(「TOP8」と「BIG8」の8チームずつでクラスごとのリーグ戦を行なう)に変更。なおTOP8下位とBIG8上位の入れ替え制度も導入(TOP8の下位2校とBIG8の上位2校、並びにBIG8の下位4校と2部の各ブロック上位2校ずつ[1]が入れ替え戦を行う)。関東選手権は2013年をもって廃止され、甲子園ボウル(全日本大学選手権)の東日本代表決定戦へはTOP8リーグの優勝チームが進出する。[2]2・3部、エリアリーグは名称は変更されない。
  • 2024年2月15日 日本大学アメリカンフットボール部(日本大学フェニックス)が関東学生アメリカンフットボール連盟から退社したことが、同連盟から発表された[3]

  1. ^ 関東1部上位、「TOP8」に 来季再編で新名称(産経新聞2013年11月24日 2014年5月16日閲覧)
  2. ^ 2014年ブロック編成
  3. ^ KCFA|日本大学の退社について | 一般社団法人 関東学生アメリカンフットボール連盟”. www.kcfa.jp. 2024年3月1日閲覧。
  4. ^ 関東学生連盟のリーグ戦登録に必要な「プレーヤーが16名以上いること」という条件を満たせないチームに対する救済措置として、2000年度に独自ルールによる「7人制フットボール」を新設した。これにより「部員数の減少→活動休止」といった最悪の事態を回避しており、いくつかのチームはその後の部員獲得などの努力により「11人制」への復帰を果たしている。“7人制フットボール”. 関東学生アメリカンフットボール連盟 (関東学生アメリカンフットボール連盟). http://www.kcfa.jp/sevensfootball/ 2018年8月7日閲覧。 
  5. ^ 2020年度 星取表
  6. ^ 【お知らせ】2020年の公式戦開催について
  7. ^ 2021年度リーグ戦、1部リーグ日程について
  8. ^ 2021年シーズン開幕の延期と大会方式の変更について
  9. ^ 2022年度リーグ戦、1部リーグ日程について


「関東学生アメリカンフットボール連盟」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「関東学生アメリカンフットボール連盟」の関連用語

関東学生アメリカンフットボール連盟のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



関東学生アメリカンフットボール連盟のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの関東学生アメリカンフットボール連盟 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS