jazz
「jazz」の意味・「jazz」とは
「jazz」は、19世紀末から20世紀初頭のアメリカ合衆国南部で生まれた音楽ジャンルである。アフリカ系アメリカ人の間で発展したこの音楽は、即興演奏や複雑なリズムが特徴である。ブルース、ゴスペル、ラグタイムなどの要素を取り入れ、その後の多くの音楽ジャンルに影響を与えた。「jazz」の発音・読み方
「jazz」の発音は、IPA表記では/dʒæz/となる。IPAのカタカナ読みでは「ジャズ」となる。日本人が発音するカタカナ英語では「ジャズ」と読む。発音によって意味や品詞が変わる単語ではない。「jazz」の定義を英語で解説
「jazz」は、"A type of music of black American origin characterized by improvisation, syncopation, and usually a regular or forceful rhythm."と定義される。即興演奏、シンコペーション(強拍を弱拍に移すこと)、そして通常は規則的かつ力強いリズムが特徴とされている。「jazz」の類語
「jazz」の類語としては、「swing」、「bebop」、「cool jazz」、「free jazz」などがある。これらはすべてジャズのサブジャンルを指し、それぞれ異なる音楽的特徴や歴史的背景を持つ。「jazz」に関連する用語・表現
「jazz」に関連する用語や表現としては、「improvisation」(即興演奏)、「syncopation」(シンコペーション)、「rhythm section」(リズムセクション)、「scat singing」(スキャット)などがある。これらはジャズ音楽の特徴や演奏方法を表す用語である。「jazz」の例文
1. He is a jazz musician.(彼はジャズミュージシャンである。)2. I love listening to jazz.(私はジャズを聴くのが好きである。)
3. This is a jazz club.(これはジャズクラブである。)
4. Jazz has a rich history.(ジャズには豊かな歴史がある。)
5. Jazz was born in the United States.(ジャズはアメリカ合衆国で生まれた。)
6. Improvisation is a key element of jazz.(即興演奏はジャズの重要な要素である。)
7. Jazz has influenced many other genres of music.(ジャズは多くの他の音楽ジャンルに影響を与えた。)
8. She is studying jazz at a music college.(彼女は音楽大学でジャズを学んでいる。)
9. He plays the saxophone in a jazz band.(彼はジャズバンドでサクソフォンを演奏する。)
10. This song is a classic in the jazz repertoire.(この曲はジャズのレパートリーの中のクラシックである。)
ジャズ【jazz】
ジャズ
音楽のジャンルを示す。威勢のよさ、活発にするという意味もある。1993年10月に発売、ハードウェアはいすゞのMU(ミュー)だが、オリジナルと比べてバッジをはじめ、ボディカラー、アルミホイール、シート材などがホンダ独自のものだった。4WD仕様で、3.1Lディーゼルターボエンジン搭載。
94年12月に装備品類の見直しで価格を抑えたMSを設定、既存車もドアミラーをめっき塗装に変え、新色を加えるなどの変更を行った。1年後の95年12月には、運転席・助手席SRSエアバッグとABSのオプション設定、インパネやステアリングホイールなどのデザイン変更もあったが、96年で取り扱いをやめた。

ジャズ[jazz]
ジャズ
(JAZZ から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/05 08:20 UTC 版)
| ジャズ | |
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| 様式的起源 | ブルース[1]、ラグタイム[2] |
| 文化的起源 | 19世紀、アメリカ南部(諸説あり) |
| 使用楽器 | ピアノ、トランペット、トロンボーン、サクソフォン、クラリネット、フルート、鍵盤楽器、コントラバス、ドラム、ギター、声 |
| 派生ジャンル | |
| サブジャンル | |
| 融合ジャンル | |
| 関連項目 | |
ジャズ(英: jazz)は、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカ合衆国南部、とくにニューオーリンズ周辺で形成された音楽である。アフリカ系アメリカ人の音楽文化を基盤とし、ブルース、ラグタイム、スピリチュアル、ブラスバンド、ヨーロッパ系の和声や行進曲など、複数の音楽的要素が結びついて発展した[3][4][5]。1920年代のジャズ・エイジ以降、伝統音楽やポピュラー音楽における主要な表現として認識されるようになった。
概要
一般にジャズは、即興演奏、シンコペーション、スウィング、ブルース的な音使い、演奏者同士の相互作用を重要な特徴とする[6]。ただし、ジャズは時代や地域によって大きく変化してきたため、単一の形式や編成によって定義することは難しい。小編成のコンボからビッグ・バンド、声楽、電子楽器を用いた編成まで、さまざまな形態が存在する。
20世紀を通じて、ジャズはニューオーリンズ・ジャズ、スウィング・ジャズ、ビバップ、クール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズ、フリー・ジャズ、フュージョンなど、多様な様式を生み出した。
ジャズの語源
卑猥な意味をもつという"jass(ジャス)"によるとする説や、19世紀からアメリカ南部の黒人が使っていた性行為などの性的意味、熱狂や急速なテンポ・リズムを意味するスラングのjazz(ジャズ)によるとする説などがある。jassという言葉の意味は様々に変化し、上記のような特徴をもつ黒人音楽を、ジャズと称するようになった時期も明らかではない。作曲家のジェリー・ロール・モートンは、ラグタイム時代からスウィングジャズ時代まで活動した[7]。
1916年にシカゴで活動していたジョニー・ステインをリーダーとする白人バンドが、jassということばにヒントを得てバンド名を"Stein's Dixieland Jass Band(ステインのディキシーjassバンド)"とし、これからジャズと称されるようになった、という記録がある。 同年10月にはアメリカの芸能誌『バラエティー』が「ジャズバンド結成」と報じたことを契機に一般化した[8]。 このグループはさらに"Original Dixieland Jass Band(オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド)"と改名、1917年1月に史上最初のジャズ・レコードを録音したが、そのレコードのラベルには"jass band"と印刷されていた[9]。
文化的特徴
ジャズの音楽性は、黒人と白人の混血文化として醸成されてきたことからも多面的であり、ビバップ[10]やフリー・ジャズのような創造性、スウィング・ジャズやヴォーカル・ジャズのような保守性、大衆性、商業主義が混在しながらジャズ音楽は存続してきた。創造性は主に黒人ミュージシャンによって推し進められた芸術音楽としての一面、保守性は白人富裕層・中流層に支持されたサロン音楽としての一面、また大衆性や商業主義は大衆音楽やポピュラー音楽としても発展した一面を表していた。こうした多面的な音楽性から、ジャズという音楽ジャンルは文化社会学上において、クラシック音楽やオペラなどのハイカルチャーと、ロックやポップスなどの大衆文化との間に位置する、中間文化として分類されることがある[11]。
創造性
ジャズは、欧州をルーツとするクラシック音楽への対抗や人種差別への抵抗、そして自由な音楽性を探求する音楽だった。それが1960年代初頭までは時代の先端として存在し(ジャズ黄金時代)、新たな演奏スタイルが次々と誕生し、ジャズをより幅広い音楽ジャンルへと変化させた。1940年代後半におけるビバップの誕生は、1950年代におけるビートニク[12][13]に共感する若者からの支持を獲得したほか、モダンアートの分野にも接近し、グラフィックデザイナーのリード・マイルスが手がけたブルーノート作品に代表されるような、アーティスティックな写真や絵画がモダン・ジャズアルバムのジャケットデザインに多く起用されたり、ヌーヴェルヴァーグと呼ばれる芸術性の高いフランス映画作品にモダン・ジャズがしばしば背景音楽として使用された。また、ジャズは1960年代の公民権運動やヒッピー文化などのカウンターカルチャーとは方向性が異なっていたが、ときに交わることもあった。
ビバップ、フリージャズ、ジャズ・ロック(エレクトリック・ジャズ)など、革新的な音楽スタイルを見出してきたのは常に黒人ミュージシャンが中心であったが、この黒人主導の反抗的で自由な音楽性は、ヒップホップ・ミュージックに受け継がれたという意見がある[14]。また一部ビバップやフリー・ジャズなどのより革新的な演奏スタイルは、即興性が高く混沌としており、大衆性・商業性には結びつかず、現在でもジャズの中では前衛的ジャンルと認識されている[15]。一方でこの革新を追い求める姿勢こそが、ジャズが芸術性を有する音楽ジャンルとして認識されるようになった大きな要因ともなっている[16][17]。
保守性
1910年代にクラシック音楽に倣った編成であるビッグバンド(後のスウィング・ジャズ)が誕生すると、それを機にハーレム・ルネサンスの後押しもあってジャズクラブやジャズバーがニューヨークの各所で開店されていった。しかしコットン・クラブをはじめとしたナイトクラブでは、演奏者は黒人でありながらも、顧客は白人の富裕層・中流層が多かった。それはジャズを、サロン音楽的ジャンルとしても定着させた。演奏者にはタキシードやスーツといったフォーマルな服装の着用が求められ、その慣わしは1960年代まで続いた。このサロン音楽的な性格はクール・ジャズやウエストコースト・ジャズの誕生、ボサノヴァとの融合にも表れ、これらは主に白人ミュージシャンによって主導された。
また、クラシック音楽とジャズは相対する音楽ジャンルとしてみなされることも多いが、実際には多くの(主に白人の)音楽家によって、その積極的な融合への模索はジャズ誕生時から常に図られてきた。ピアニストのビル・エヴァンスのように、ジャズのルーツをクラシック音楽の即興的側面に求め、その歴史的正統性をアピールしたミュージシャンもいた。また同じくピアニストであったフリードリヒ・グルダのように、クラシック音楽の演奏でその名を馳せながらジャズにも傾倒するようなミュージシャンもいた。
趣味と社会階級の関係性を分析した研究で知られるフランスの社会学者ピエール・ブルデューは、フランスの支配階級の人々がクラシック音楽とともにジャズも好む傾向を明らかにしており[18]、転職サイトのキャリアインデックスによるアンケート調査によっても、クラシック音楽やジャズは年収の上昇とともに「好き」の割合が高くなっていくといった調査結果が示されている[19]。
大衆性・商業主義
ジャズは、白人のメインカルチャーとは異なる、都市の黒人による洗練された音楽として登場したが、ラグタイムからの音楽性を受け継いだ当初から、大衆音楽としての側面があった。大衆文化に寄り添い、また商業性を意識した音楽性は、1940年代の芸術音楽であるビバップの誕生までは、ジャズの主要な特徴として認識された。ビッグバンドやスウィング・ジャズは、クラブやバーで演奏されるだけでなく、ダンスホールで演奏される、大衆のためのダンス・ミュージックとしての役割も担い、狂騒の20年代を文化的側面から支えた(ジャズ・エイジ)。ヴォーカル・ジャズも同様にジャズファンのみならず大衆からも人気を博し、ポピュラー音楽の一翼を担っていた。ビリー・ホリデイ、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドといった、保守本流の正統なジャズシンガーとして活躍した者もいたが、ビング・クロスビーやフランク・シナトラのように、ポピュラーソングとしても多数のヒットを放ち、映画俳優やラジオ司会者など多方面でも活躍して、稀代のエンターテイナーとして歴史に名を残したジャズシンガーもいた。またルイ・アームストロングやチェット・ベイカーのように、演奏・ヴォーカルともに活躍した者もいた。
歴史
起源と1910年代 - 1920年代
ジャズは、19世紀末から20世紀初頭のニューオーリンズで形成された。その成立には、アフリカ系アメリカ人のブルース、霊歌、農村部のダンス音楽をはじめ、ラグタイム、ブラスバンド、クレオールや移民の音楽文化が関わった。初期ニューオーリンズ・ジャズでは、コルネット、クラリネット、トロンボーンなどが複数の旋律を重ねる集団即興が特徴となった[20]。コルネット奏者のバディ・ボールデンは初期ジャズの重要人物とされるが、その演奏を収めた録音は残されていない[21]。
1917年、ニューオーリンズ出身の白人楽団オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドは、「Livery Stable Blues」と「Dixie Jass Band One-Step」を録音した。これは一般に最初の商業的なジャズ録音とされ、その発売はジャズの流行をもたらした[22]。一方、ニューオーリンズではそれ以前から、黒人音楽家を中心にブルースや即興演奏を取り入れた音楽が発展していた[20]。
1910年代から1920年代にかけて、ニューオーリンズの音楽家はシカゴやニューヨークなどへ移り、演奏や録音を通じてジャズを広めた[20]。とくにルイ・アームストロングは、ホット・ファイヴおよびホット・セヴンによる1925年から1928年の録音で、即興ソロの発展に大きな影響を与えた[23]。同時期、ジェリー・ロール・モートンは、編曲された合奏と即興演奏を組み合わせた作品を残した[20]。フレッチャー・ヘンダーソンやデューク・エリントンは、大編成楽団のための編曲を発展させ、1930年代のスウィングへとつながる基礎を築いた[24]。
1920年代には、ジャズはアメリカの都市文化を象徴する音楽となった。1922年に刊行されたF・スコット・フィッツジェラルドの短編集『ジャズ・エイジの物語』は、1920年代を「ジャズ・エイジ」と呼ぶ時代認識を広めた[25]。
1930年代 - 1940年代
1930年代には、大編成のダンス・バンドによる、編曲された合奏と即興ソロを交互に配するスウィング・ジャズが広まり、1940年代半ばまでラジオやダンスホールで人気を保った。フレッチャー・ヘンダーソンとドン・レッドマンは、トランペット、トロンボーン、サクソフォーン、リズム・セクションにそれぞれ固有の役割を与え、編曲されたアンサンブルの中に即興ソロを組み込む手法を発展させた。 デューク・エリントンは各奏者の音色や個性を生かした編曲を行い、カウント・ベイシー楽団はリフとリズム・セクションを軸とするカンザスシティの演奏様式を広めた[26][27]。
ベニー・グッドマンはスウィング期を代表する人気楽団の一つを率い、1938年にはジャズ楽団として初めてニューヨークのカーネギー・ホールで公演を行った。グッドマンのトリオとカルテットには、黒人演奏家のテディ・ウィルソンやライオネル・ハンプトンが参加し、当時としては珍しい人種混成のグループとして活動した[28]。この時期には、ビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルドらの歌手も広く知られるようになった[26]。
1930年代末から1940年代初頭にかけて、大編成のスウィング・バンドが持つ制約への反応として、若手演奏家たちは小編成による複雑な即興演奏を追求するようになった。マックス・ローチ、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、バド・パウエルらは、ニューヨークのミントンズ・プレイハウスで行われたジャム・セッションを通じて、速いテンポ、複雑な和音、変則的なアクセントを特徴とする、新たな様式を発展させた。これがビバップと呼ばれるようになり、戦後のモダン・ジャズの出発点となった[29]。ただし、1942年から1944年にかけてアメリカ音楽家連盟による録音禁止措置が行われたため、ビバップ形成期の商業録音は限られている[30]。
第二次世界大戦中にはダンス会場の閉鎖などによって大編成のスウィング楽団が衰退し、歌手の人気が高まる一方、少人数で活動できるコンボが増加した[29]。1947年には、ガレスピーとキューバ出身の打楽器奏者チャノ・ポソによる「マンテカ」がビバップとアフロ・キューバンのリズムを結びつけ、ラテン・ジャズの成立を示す重要な録音となった[31][32]。
1950年代 - 1960年代
1950年代から1960年代半ばにかけては、LPレコードの普及と録音技術の発達を背景に数多くの作品が制作され、ジャズの録音史における黄金期と位置づけられる[33][34]。
1940年代末から1950年代にかけて、抑制された音色、叙情的な旋律、緻密な編曲を重視するクール・ジャズが発展した。マイルス・デイヴィスの九重奏団が1949年から1950年に録音した『クールの誕生』では、ギル・エヴァンスやジェリー・マリガンの編曲により、フレンチホルンやチューバを含む編成が用いられた。アメリカ西海岸では、マリガン、ショーティ・ロジャース、シェリー・マンらがこの流れを担い、ウエストコースト・ジャズと呼ばれるようになった[35]。
1950年代半ばには、ビバップを基盤に、ブルース、ゴスペル、R&Bの要素を強く取り入れたハード・バップが発展した。アート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、クリフォード・ブラウン、ソニー・ロリンズらがその発展を担い、力強いリズム、ブルースに根ざした旋律、反復的なリフを特徴とする演奏を行った。ブルーノート・レコード、プレスティッジ・レコード、リバーサイド・レコードなどのレーベルは、この時期のモダン・ジャズの録音を数多く残した[36]。
この時期には、ジャズと映画音楽の結びつきも強まった。モダン・ジャズ・カルテットは、1957年にロジェ・ヴァディム監督の映画『大運河』のためにジョン・ルイスが作曲した音楽を録音し、『たそがれのヴェニス』として発表した[37]。同年、マイルス・デイヴィスはルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』の音楽をパリで録音し、映像を見ながら即興的に演奏した[38]。こうした作品は、モダン・ジャズが映画の雰囲気や心理描写と結びつく可能性を示した。
1950年代末には、頻繁なコード進行の変化を抑え、少数のモード(旋法)を長く保ちながら、その音階を基盤に即興演奏を行うモード・ジャズが発展した。マイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』(1959年)はその代表的な作品であり、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、ビル・エヴァンスらが参加した[39][40]。
1960年代には、オーネット・コールマン、セシル・テイラー、サン・ラ、後期のコルトレーンらによって、あらかじめ定められたコード進行や構成に縛られない即興を追求するフリー・ジャズやアヴァンギャルド・ジャズが発展した。コールマンの『ジャズ来るべきもの』(1959年)は、ビバップの和声構造や一定の拍節から離れながら、即興演奏を中心に据えた作品である。コルトレーンの『至上の愛』(1964年)は、宗教的・精神的な探求を表現した作品として位置づけられている。1960年代のジャズは公民権運動とも結びつき、マックス・ローチとアビー・リンカーンの『We Insist! Freedom Now Suite』(1960年)や、チャールズ・ミンガスの「Original Faubus Fables」(1960年)などに、人種差別への抗議が表れた[41][42]。
1960年代前半には、ブラジルのボサノヴァとジャズの交流が広がり、スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン、アストラッド・ジルベルトによる「イパネマの娘」は、ボサノヴァを北米で広く知らしめた[43]。
1960年代半ばには、ウェイン・ショーターやハービー・ハンコックらを擁するマイルス・デイヴィスの第二期クインテットが、のちにポスト・バップと呼ばれる様式の確立に大きく貢献した[44]。1960年代末、デイヴィスは第二期クインテットから離れ、電気ピアノやエレクトリック・ギターを含む編成で『イン・ア・サイレント・ウェイ』(1969年)を録音した[45][46]。
1970年代 - 1980年代
1970年、マイルス・デイヴィスは電気楽器を導入した大編成によるアルバム『ビッチェズ・ブリュー』を発表し、ジャズの即興演奏とロックの要素を結びつけた。同作では、デイヴィスとプロデューサーのテオ・マセロによる編集やオーヴァーダビングなどのスタジオ技術が積極的に用いられており、ジャズ・フュージョンの発展に大きな影響を与えた[47]。
ドナルド・バード、マハヴィシュヌ・オーケストラ、ウェザー・リポート、ハービー・ハンコックらは、ジャズ・ロック、ファンクなどを組み合わせ、電化されたジャズを多様な方向へ展開した。なかでもハンコックの『ヘッド・ハンターズ』(1973年)は、R&Bやファンクのリズム、反復的なグルーヴ、シンセサイザーを前面に出し、ジャズ・ファンクを幅広い聴衆に広めた[48][49]。
フュージョンの一部はR&Bラジオでも支持され、ジョージ・ベンソンのように演奏家と歌手の双方で成功する例や、ヴォーカルを取り入れるグループも現れた。1980年代後半には、レコード会社がジャズの聴衆を広げようとするなかで、商業的なフュージョンを背景とするスムーズジャズが販売上の呼称として広まった。スムーズジャズでは、イージーリスニングやR&Bバラードが参照され、即興演奏の比重は低くなった[50]。
一方、1970年代のニューヨークでは、前衛的な即興演奏家たちがロウアー・マンハッタンの工場や倉庫を転用した空間を自主的な演奏会場とし、ロフト・ジャズと呼ばれる動きを形成した[51]。
同じ時期、ミュンヘンで設立されたECMレコードは、キース・ジャレット、ヤン・ガルバレク、パット・メセニーらの録音によって、独自のレーベルとしての評価を確立した。同レーベルは、残響を強調した録音と簡素なカバーアートによって明確なイメージを築き、ガルバレク、ゲイリー・バートン、ラルフ・タウナーらの作品を通じて、当時の主要なジャズとは距離を置いた、空間の広がりを感じさせる内省的な音楽を打ち出した[52][53]。
1980年代には、フュージョンや前衛ジャズとは異なる方向として、ストレート・アヘッド・ジャズを再評価する若い演奏家が現れた。ウィントン・マルサリス、ブランフォード・マルサリス、テレンス・ブランチャード、マルグリュー・ミラーらは、ビバップやハード・バップなどの伝統を継承し、「ヤング・ライオンズ」または新伝統主義(ニュー・トラディショナル)と呼ばれた[54]。
新伝統主義の潮流と並行して、ニューヨークではスティーヴ・コールマン、カサンドラ・ウィルソン、グレッグ・オズビーらによるM-Baseコレクティヴが活動した。M-Baseは特定の音楽様式ではなく、楽曲の構成と即興を組み合わせながら、個々の経験を音楽として表現し、共通の創造的言語を構築しようとする思想であった。コールマンのグループでは、複数の周期が重なり合う反復的なリズム構造の中で、高度な即興演奏が行われた[55][56]。
1990年代 - 2000年代
1990年代には、ジョシュア・レッドマンやウォレス・ルーニー、ケニー・ギャレットらがアコースティックなポスト・バップを担う新世代の奏者として台頭した。ブラッド・メルドーは、ピアノ・トリオによる即興演奏を追求する一方、レディオヘッドやニック・ドレイクなどの楽曲を取り上げ、ロックやポピュラー音楽の楽曲をジャズのレパートリーとして再解釈した[57][58][59]。
ジョン・ゾーンを中心とするニューヨークのダウンタウン・シーンでは、ジャズの即興演奏と現代音楽、ロック、ユダヤ音楽などを横断する活動が展開された。ゾーンはネイキッド・シティやマサダで活動し、1995年には実験的な音楽を発表するレーベル、ツァディク・レコードを設立した[60][61]。
ジャズ・ヴォーカルでは、カサンドラ・ウィルソンがブルース、フォーク、カントリーなどの楽曲を取り上げ、従来のジャズ・スタンダードに限定されない幅広いレパートリーを展開した[62]。ダイアナ・クラールは、ピアノ・トリオやオーケストラを伴ってスタンダードを歌い、1999年の『ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ』ではグラミー賞の最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバムを受賞し、年間最優秀アルバムにもノミネートされた[63]。
この時期には、ジャズの録音からサンプリングした音源や、ジャズの演奏をヒップホップのビートに組み込んだジャズ・ラップが広がった。ア・トライブ・コールド・クエスト、ギャング・スター、ザ・ルーツ、ディガブル・プラネッツらがその代表的な担い手となった[64][65]。
ジャズ演奏家の側でもヒップホップやR&Bとの共同制作が進み、ロイ・ハーグローヴは1990年代末にソウルクエリアンズの作品へ参加し、2003年にはRHファクター名義で『ハード・グルーヴ』を発表した。ロバート・グラスパーは『イン・マイ・エレメント』(2007年)の「J Dillalude」で、J・ディラの複数のビートをピアノ・トリオの演奏へ置き換えた[66]。
1990年代半ば以降のヨーロッパでは、ジャズの生演奏にクラブ・ミュージックのビートや電子音を組み合わせる動きが広がり、ニュージャズと呼ばれた[67]。ブッゲ・ヴェッセルトフトは1996年にニュー・コンセプション・オブ・ジャズを始動し、電子的なビートとジャズの即興演奏を結びつけた[68]。ニルス・ペッター・モルヴェルの『Khmer』(1997年)では、トランペットの即興演奏にサンプリング、ハウスやドラムンベースのビート、アンビエントやダブの音響が取り入れられた[69][70]。
2010年代 - 2020年代前半
ロバート・グラスパー率いるロバート・グラスパー・エクスペリメントの『ブラック・レディオ』(2012年)は、エリカ・バドゥやレイラ・ハサウェイらをゲストに迎え、ジャズ、R&B、ソウル、ヒップホップを横断した作品となった。同作は、2013年のグラミー賞で最優秀R&Bアルバムを受賞した[71][72]。
ロサンゼルスでは、テラス・マーティン、カマシ・ワシントン、サンダーキャットら、ジャズを中心にヒップホップやR&Bの制作にも関わる音楽家たちが活動した。彼らは、2010年代を代表するラップアルバムとなったケンドリック・ラマーの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』(2015年)にも参加した[73]。また、ワシントンが同年に発表した『ジ・エピック』は、10人編成のバンドに合唱団とオーケストラを加えた3枚組・約172分の作品で、ジョン・コルトレーンやファラオ・サンダースに連なるスピリチュアル・ジャズの系譜を受け継いだ[74][75]。
シカゴを拠点とするマカヤ・マクレイヴンは、インターナショナル・アンセムから『In the Moment』(2015年)や『Universal Beings』(2018年)を発表した。これらの作品では、ライブでの即興演奏を録音した音源にエディットやオーバーダブを施し、楽曲として再構成した[76][77]。
イギリスでは、2010年代後半にロンドンの新世代の演奏家が注目された。シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシア、モーゼス・ボイド、エズラ・コレクティヴらは、ジャズにダブやカリブ海地域の民俗音楽などを組み合わせた[78]。エズラ・コレクティヴは2023年に『Where I'm Meant to Be』でマーキュリー賞を受賞し、同賞を受賞した最初のジャズ・グループとなった[79]。
2020年には、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、ジャズ・アット・リンカーン・センターが会場でのコンサートや教育プログラムを中止し、ライブ配信や、過去の公演映像、オンライン教育の提供を拡大した[80][81]。同年のNEAジャズ・マスターズ記念公演も、会場公演の延期を受けてオンライン形式で開催された[82]。
2020年代前半には、若い世代によるアコースティックな小編成作品も注目を集めた。イマニュエル・ウィルキンスの『Omega』(2020年)は、ジェイソン・モランのプロデュースによる作品で、アメリカにおける黒人の経験や人種差別の歴史を主題とした[83]。
ジャズ・ヴォーカルでは、サマラ・ジョイがジャズ・スタンダードを中心とする歌唱で広く注目を集め、2023年のグラミー賞で最優秀新人賞と最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバムを受賞した[84]。
文化的意義
ジャズは、20世紀を代表する音楽文化の一つであり、アメリカ合衆国で生まれた最初の独自の芸術音楽として評価されることが多い[85]。1987年には、アメリカ連邦議会がジャズを「アメリカの希少かつ価値ある国民的財産(a rare and valuable national American treasure)」と位置づける決議を採択し、その文化的・歴史的意義を公式に認めた[86]。
現在では、ジャズは演奏活動だけでなく教育・研究の対象としても広く定着している。アメリカやヨーロッパ、日本などでは、大学や音楽院にジャズ教育課程が設置され、演奏技法、作曲・編曲、音楽理論、音楽史などが体系的に教授されている。また、スミソニアン博物館やジャズ・アット・リンカーン・センターをはじめとする文化機関は、演奏会、教育活動、資料保存を通じてジャズ文化の継承と普及に取り組んでいる[87]。
また、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は、2011年に毎年4月30日を「国際ジャズ・デー(International Jazz Day)」に制定した。国際ジャズ・デーは、ジャズを異文化間の対話や相互理解、平和の促進に寄与する文化として位置づけ、世界各地でコンサートや教育プログラムなどが開催されている[88]。
各地域のジャズ
ヨーロッパ
ヨーロッパではイギリス、フランス、ドイツ、北欧などでもジャズが発展した。イギリスのジャズメンでは、ケニー・ボール&ヒズ・ジャズメンの「遥かなるアラモ」、クリス・バーバーの「可愛い花」などがよく知られている。フランスではアメリカから移住した、「小さな花」のシドニー・ベシェや、後のデクスター・ゴードンらがジャズを広めた。北欧でもジャズが、盛んに演奏された。しかし、ヨーロッパの一部では、保守層やファシズム政権等で、「黒人音楽」「軽佻浮薄」な「非音楽」であるとしてジャズを排斥する動きも起こった。ナチ党に支配されたナチス・ドイツでは、反ジャズが政府の公式な見解となり、「退廃音楽」「斜めの音楽」(比喩:「変な音楽」)と呼ばれ1935年に黒人が演奏するジャズの放送が禁止されるなど、様々な条例が作られた。しかし当局によるジャズの定義があいまいであったため、ドイツ人演奏家によるジャズ演奏自体は行われていた。ナチスは、すでに大衆音楽として普及していたジャズを禁止することは得策ではないとして、娯楽放送や宣伝放送にジャズを紛れ込ませた[89]。
ラテン・アメリカ
アフロキューバン・ジャズと呼ばれ、ラロ・シフリンらが活躍した。
アフリカ
ダラー・ブランドらがいたが、彼のジャズはアメリカのジャズとほぼ同じ音楽性だった。アフロ・ジャズ、アフロ・ディスコは、欧米や日本で考えられている、ジャズ、ディスコとは、サウンドが異なる。
戦前日本のジャズ
戦前の日本にすでに渡ってきていた舶来音楽、西洋音楽には、ジャズとタンゴがあった。初期のジャズ演奏家には、紙恭輔、南里文雄、井田一郎らがいた。井田は1923年に日本で初めてのプロのジャズバンドを神戸で結成した[90][91]。
ジャズの聴き手や演奏家には、都会人やブルジョワ階級の子弟が多かった。当時のレコード業界はポリドール(1927)、ビクター (1927)、コロムビア(1928)と外資系の大手レコード会社が設立された。テイチクは、異業種参入組のキング(大日本雄弁会講談社のレコード会社)より更に遅い1934年だが、その年の12月に発売したディック・ミネの「ダイナ」がヒット。「ダイナ」はよくカバーされた日本のジャズソングであり、榎本健一はパロディとしてカバーした。
最初のジャズソングとされるのが二村定一がジーン・オースティンの"My Blue Heaven"をカバーした「青空」で、1927年にラジオ放送された。レコードが発売されたのは翌年の1928年。A面が「青空」、B面が「アラビヤの唄」だった。また、ラジオ、レコードで企画を立ち上げる人間も必要になり堀内敬三が登場した。初期のジャズ演奏家である紙恭輔がコロムビアに関わった。
1930年代のスウィングジャズは、時代の最先端であり、服部良一は1935年当時のデザインの流線型を題材にした「流線型ジャズ」(志村道夫)を世に出した[92]。しかし、1940年10月31日限りで日本全国のダンスホールは一斉閉鎖された。
行政警察を管掌する内務省、映画や音楽を監督指導する情報局はジャズを「敵性音楽」として禁令[注釈 1]を出したが、抽象的過ぎて何の曲がジャズに含まれるか、音楽の素人である役人に判別は難しかった。また1943年1月にはジャズレコードの演奏禁止、更にレコードの自発的提出、「治安警察法第十六条」の適用による強制的回収などにより米英音楽の一掃を図ったが、北村栄治のように自宅でこっそり聴いていた者もいた。最終的には役人に協力する音楽業界の人間が、日本音楽文化協会、いわゆる「音文」(音楽界の統制団体)の小委員会の決定により、「ジャズの演奏は禁止」となった。こののちジャズメンの活動は、各種の慰問団などに変わっていった。
戦前に活躍したジャズ・ミュージシャン、ジャズ歌手としては、二村定一、服部良一、淡谷のり子、ディック・ミネ、志村道夫、南里文雄、堀内敬三、川畑文子、ベティ稲田、井田一郎、レイモンド・コンデ、水島早苗、あきれたぼういずらがいた。
戦後日本のジャズ
戦後、ジャズ、カントリー、ハワイアンなどのアメリカ音楽が、日本に入ってきた。進駐軍の音楽は、「ベース」で演奏された。戦後の日本のジャズの早い例には、ニュー・パシフィック・ジャズバンドがあげられる。弘田三枝子、伊東ゆかり、しばたはつみは少女歌手として、米軍キャンプで歌った。
戦後は、服部良一が作曲したブギウギを笠置シヅ子に歌わせたことから始まる。江利チエミ、ジョージ川口、ティーブ釜萢(ムッシュかまやつの父)、ナンシー・梅木、世良譲などのすぐれた歌手、演奏家などが出、ジャズが大衆化した。一時期は、外国のポピュラー音楽をすべて「ジャズ」と呼ぶ風潮が広がったほどである[94]。また、ディキシーランドジャズ・バンドが数多く生まれている。
1952年のジーン・クルーパ・トリオの来日公演を皮切りに、海外のジャズ演奏家による公演が相次ぎ、当時のジャズの動向を日本の聴衆や演奏家に伝えた。1953年には、ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニックとルイ・アームストロング・オールスターズが相次いで来日した[95]。
鈴木章治とリズムエース、北村英治らも音楽活動を始めた。宮沢昭、守安祥太郎らも活躍した。1956年に穐吉敏子が、1962年に渡辺貞夫がバークリー音楽院(現バークリー音楽大学)に留学[96]。1963年には松本英彦がモントレー・ジャズ・フェスティバルに出演する等、国際的に活動するミュージシャンも増えていった。八木正生、猪俣猛らも活躍した。
1960年頃、アート・ブレイキーのモーニン(1958年発表)のヒットにより、ファンキー・ブームが起こった[97]。1961年に発足、翌年改名したミュージシャンたちの勉強会 新世紀音楽研究所(改名前はジャズ・アカデミー)に集った高柳昌行、富樫雅彦、日野皓正、菊地雅章、山下洋輔らが、毎週金曜日に銀巴里でジャムセッションを行った。日野皓正は、そこが自身の原点だと述べる[98]。
1965年、ニューポートジャズフェスティバルに日本人ジャズシンガーとして初めて出演したのは、3日目のトリをビリーテイラートリオと一緒に出演した弘田三枝子だった。1960年代、70年代から日本でもフリー・ジャズが盛んになってくる。日本のフリー・ジャズの先駆者となったのは、阿部薫、高柳昌行らである。1970年代後半になるとフュージョン・ブームとなり、渡辺貞夫らもフュージョン・アルバムを出すほどだった。中央線沿線を拠点とするミュージシャンも多く登場し、1980年代後半、新星堂のプロデューサーが続に中央線ジャズという言葉を提唱した[99]。
21世紀に入ってからも、H ZETTRIO、山中千尋、矢野沙織、寺久保エレナ、上原ひろみ、国府弘子、西山瞳、菊地成孔、小曽根真、石若駿らが活躍した。
エピソード
ジャズ、ロックの評論家で、若者に人気だった植草甚一の約4000枚のジャズ・レコード・コレクションは、タモリが引き取ることになったという[100]。
セクシーな女性歌手の系譜は、ヘレン・メリルらがルーツとも見られているが、21世紀の日本のジャズでも、高木里代子らがそれを引き継ぎ、山下毅雄の音楽が映画のサウンドトラックとして使用される現象も見られた[101][102]。 他の音楽ジャンルにおけるジャズ要素を取り入れた楽曲は、ジャジーと表現されることがある。ジャジーという表現は、ロックやポップス、歌謡曲など、異なるジャンルでも使用される[103]。またジャズは聴衆に、大人向け、自由といったイメージを抱かせ、BGM業界にも一定の役割を果たした[104]。
ジャズ・アンバサダーズ
ジャズ・アンバサダーズは、冷戦時代にアメリカ合衆国国務省が行ったジャズ外交で、ジャズ文化を世界に広めるためにツアーを行ったミュージシャンたちである[105]。
主なスタイル/ジャンル
過去に演奏されたスタイルと、現在も演奏されているスタイルの双方を掲載している。
- ニューオーリンズ・ジャズ / ディキシーランド・ジャズ
- スウィング・ジャズ
- シンフォニック・ジャズ
- モダン・ジャズ
- フリー・ジャズ(アヴァンギャルド・ジャズ)
- ラテン・ジャズ (モダン・ジャズに含まれる場合もある)
- アフロ・キューバン・ジャズ
- ブラジリアン・ジャズ
- ボサノヴァ・ジャズ(スタン・ゲッツなど)
- ジャズ・ファンク(ファンキー・ジャズとは異なる)
- ジャズ・ロック
- エレクトリック・ジャズ(マイルス・デイヴィスなど)
- オルガン・ジャズ(ジミー・スミスなど)
- クロスオーヴァー(デオダートなど)
- フュージョン
- ロフト・ジャズ(英語版による)
- エスノ・ジャズ(英語版による)
- パンク・ジャズ
- ジャズ・ラップ
- クラブ・ジャズ
- スムーズジャズ
- アシッド・ジャズ
- トラッド・ジャズ
- コンテンポラリー・ジャズ
- ニュージャズ
主なアーティスト
著名な評論家
著名な演奏場所
著名なジャズクラブ
- ヴィレッジ・ヴァンガード(1935年 - 、ニューヨーク)グリニッジ・ヴィレッジ地区にあり、モダンジャズを牽引した名店。
- ミントンズ・プレイハウス(1938年 - 1974年、ニューヨーク)テナーサックス奏者ヘンリー・ミントンが開店。ビバップの発祥の証しとなる「ミントンハウスのチャーリー・クリスチャン」1941年でのセッションレコードで有名。2006年再開店。
- バードランド(1949年 - 1965年、ニューヨーク)マンハッタン地区にあったビバップ・モダンジャズの黄金時代を牽引した名店。1986年再開店。
- プリザベーション・ホール(1960年代 - 、ニューオーリンズ)ディキシーランド・ニューオーリンズジャズ主体の名店。
- ブルーノート(1981年 - 、ニューヨーク)グリニッジ・ヴィレッジ地区にあり、世界各国にレストランをチェーン展開。ブルーノート・レコードとは無関係。
ジャズクラブ以外
ジャズ喫茶
ジャズを聴きながら楽しむ喫茶店。日本で1950年代後半から流行り、1970年代から下火となる。
著名なフェスティバル
三大ジャズ・フェスティバル
- ニューポート・ジャズ・フェスティバル(アメリカ、1954年 - ロードアイランド州・ニューポート)
1984年に日本ビクターがスポンサーに付いて以降のフェスティバル・プロダクション主催の同フェスティバルは JVC Jazz Festival Newport, R.I. が正式名称。世界の複数の都市で姉妹フェスティバルが催されている) - モントレー・ジャズ・フェスティバル(アメリカ・カリフォルニア州・モントレー)
- モントルー・ジャズ・フェスティバル(スイス・モントルー、毎年7月開催)
北アメリカ
- ニューポート・ジャズ・フェスティバル
- モントレー・ジャズ・フェスティバル
- サッチモ・サマーフェスト(アメリカ・ニューオーリンズ): 毎年、ルイ・アームストロングの誕生日8月4日を含む日程で開催される。French Quarter Festivals, Inc.主催。
- ニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバル(アメリカ・ニューオーリンズ)(アメリカ、1970年 - )
- バンクーバー・ジャズ・フェスティバル(カナダ・バンクーバー、毎年6月開催)
- モントリオール国際ジャズフェスティバル(カナダ・モントリオール)世界最大規模。
- シカゴ・ジャズ・フェスティバル - アメリカ・シカゴのグラント・パークで毎年9月開催。
- ビーチズ・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル(カナダ・トロント)
ヨーロッパ
- モントルー・ジャズ・フェスティバル
- ノース・シー・ジャズ・フェスティバル(オランダ・ロッテルダム)
- メールス・ニュー・ジャズ・フェスティバル(ドイツ・メールス)
- 四月ジャズ祭(フィンランド)
- ジャズ・ジャンボリー祭(ポーランド)
- アンティーブ・ジャズ祭(フランス)
- レニングラード・ジャズ祭(ロシア)
アフリカ
- ケープタウン・インターナショナル・ジャズ・フェスティバル(南アフリカ共和国)
アジア
- バクー・ジャズ・フェスティバル(アゼルバイジャン・バクー)
- ジャカルタ国際ジャワ・ジャズ・フェスティバル(インドネシア・ジャカルタ)
- ソウル・ジャズ・フェスティバル(韓国・ソウル)
- 台中ジャズ・フェスティバル(台湾・台中)
日本
- MIYA JAZZ INN(1974年 -、栃木県)(無料)
- 神戸ジャズストリート(1981年 -、兵庫県)(有料)
- サッチモ祭(1981年 -、東京都 )(無料)
- 徳島ジャズストリート(1988年 -、徳島県)(有料)
- モントレー・ジャズフェスティバル・イン・能登(1989年 - 、石川県)世界で唯一、モントレー以外の地で「MJF」の名称使用許諾を得ている。(有料)
- しながわジャズフェスティバル(1989年 - 、東京都品川区)第3回(2009年)より毎年の開催で、それ以前は10年に1度の開催。2021年より「なかのぶジャズフェスティバル」から「しながわジャズフェスティバル」に名称変更した。(有料・無料)[106]
- Jazz Picnic in 猪名川(1989年 - 、大阪府 有料。但し一時期はロックフェスティバルだった年もある)
- 横浜旭ジャズまつり(1990年 -、神奈川県 )毎年7月の最終日曜日にこども自然公園で開催。(有料)
- 南郷サマージャズフェスティバル(1990年 - 、青森県)行政主催のジャズフェスティバルとしてスタート(有料)
- 高崎音楽祭(1990年 - 、群馬県高崎市)
- 定禅寺ストリートジャズフェスティバル(1991年 -、宮城県)2日間合計で70万人以上の観客数となる日本最大の街角音楽祭。(無料)
- ハママツ・ジャズ・ウィーク(1992年 -、静岡県 )(有料)
- 横濱ジャズプロムナード(1993年 -、神奈川県 )(有料・無料)
- 阿佐ヶ谷ジャズストリート(1995年 -、東京都 )(有料)
- 若松鉄人Jazz(1997年-、福岡県北九州市)(有料)
- 高槻ジャズストリート(1999年-、大阪府)(無料)
- 新宿トラッド・ジャズ・フェスティバル(2000年-、東京都)
- JAZZ PROMENADE in SENDAI(2001年 - 、宮城県)(無料)
- 守口・門真ジャズフェスティバル(2001年 - 、大阪府)(有料・無料)
- 東京JAZZ(2002年 -、東京都 )(有料)
- 新潟ジャズストリート(2003年 -、新潟県 )(有料)
- 十三ジャズ(2003年 -、大阪府)(無料)
- 新宿春の楽しいジャズ祭り(2004年 -、東京都新宿)(有料)
- 岡崎ジャズストリート(2006年 -、愛知県)(有料・無料)
- 法善寺ジャズストリート(大阪府)(無料)
- SAPPORO CITY JAZZ(2007年 -、北海道)
- JAZZ ART せんがわ(2008年 -、東京都調布市せんがわ劇場) - Jazz Art Festival
- JAZZ in FUCHU(2008年 -、東京都府中市)
- びわこジャズ東近江 (2009年-、滋賀県東近江市)(無料)毎年4月の土・日曜日に開催。2011年は市内25箇所150組が参加した。2016年度より現在の名称に変更。旧名びわこJAZZフェスティバル。
- 大津ジャズフェスティバル (2009年-、滋賀県大津市)(無料)琵琶湖岸大津港周辺を舞台に世界一美しいジャズフェスティバルとして毎年10月の土・日曜日に行われる。2009年は26箇所234組が参加。
- 中洲ジャズ (2009年-、福岡県福岡市) (無料)
- 金沢JAZZ STREET (2009年-、石川県金沢市)(有料・無料)
- 倉敷ジャズストリート(2009年-、岡山県倉敷市) (有料)
- すみだストリートジャズフェスティバル (2010年-、東京都) (無料)
- 小金井ジャズフェスティバル (2011年-、東京都) (無料)
- 赤れんがSummerJazz+ (2011年-、京都府舞鶴市) (有料)
- 高松ミュージックブルーフェス(2011年-、香川県高松市) (無料)
- 関門まちかどジャズ(2011年-、福岡県北九州市)(無料)
- 四日市JAZZフェスティバル(2012年-、三重県四日市) (無料)
- さくらジャンゴ・ラインハルトフェスティバル (2012年-、栃木県さくら市) (無料)
- かわさきジャズ(2015年-、神奈川県川崎市)
- 飛騨高山ジャズフェスティバル(2018年-、岐阜県高山市) (有料)
- 瀬戸内ジャンゴ・ストリート(2020年-、香川県高松市) (無料)
- KITAKYU JAZZ STREET(2020年-、福岡県北九州市)(無料)
- 小倉JAZZまちなかライブ(2024年-、福岡県北九州市)(無料)
開催終了
- びわ湖バレイ・ジャズ・フェスティバル(1965年 - 1993年、滋賀)(有料)
- ライブ・アンダー・ザ・スカイ(1977年 - 1992年、東京都)(有料)
- オーレックス・ジャズ・フェスティバル(1980年 - 1983年)
- ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾(1982年 - 2003年、新潟・長野県)初期~中期は、ジョージ・ウェインがプロデュースした(有料)
- マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル(1986年 - 1996年、2002年、山梨県)(有料)
- 富士通コンコード・ジャズ・フェスティバル(1986年 - 2013年、開催地は変動 )(有料)[107]
- お茶の水JAZZ祭(2007年 - 2021年、東京都)(有料)2025年より後継のお茶の水文化祭が継続している。[108]
- モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン・イン・かわさき(2011年 - 2014年、神奈川県川崎市)
- Peter Barakan's LIVE MAGIC!(2014年 - 2024年、東京都)
- 開港150年記念・神戸ジャズウイーク(2017年単発、兵庫県神戸市)
- 湯河原ジャズ・フェスティバル(2017年 - 2018年、神奈川県湯河原)
著名な教育機関
関連作品・関連メディア
TV・ラジオ番組
ジャズ専門衛星放送
- ミュージックバード(SPACE DiVA)内THE JAZZ、CSデジタル音声放送。かつてはCS-PCM音声放送でも放送。
ジャズに関する総合チャンネル。レギュラー番組ほか、ライブ、アーチスト特集、新譜・ビンテージ音源の紹介など。
ジャズ専門ネットラジオ局(無償配信)
- 1.FM - アメリカ。多くのチャンネルをもつ。128kbpsのスムースジャズチャンネルがある。
- BlueNoteRadio - アメリカ。ジャズ名門レーベル直営。
- Dr. Horner's Classic Jazz Corner
- SKY.fm - アメリカ。多くのチャンネルを持つ。96kbpsのスムースジャズ、モダンジャズチャンネルがある。
- チャンネル別ページ : Smooth Jazz, Uptempo Smooth Jazz, Piano Jazz, Bossa Nova Jazz, * * * *Modern Jazz, Bebop Jazz
- SmoothJazz.com -アメリカ。128kbpsのスムースジャズ。
- Mars FM - Jazz Radio
ラジオ放送
- セッションxxxx (NHK-FM)
- ロマンチックコンサート『エンジョイ・ジャズ』(ラジオ深夜便内、NHKラジオ第1・NHK-FM)
- ジャズ・トゥナイト (NHK-FM)
- テイスト・オブ・ジャズ(ラジオNIKKEI)
- オトナのJAZZTIME(ラジオ日本)
- Legacy Of Jazz (JFN系各局)- エフエム東京系
- ASAHI BEER OZ MEETS JAZZ(JFL系各局)- 幹事局はJ-WAVE
- 地方局
- おばん de JAZZ(STVラジオ)
- インビテーション・トゥ・ジャズ (SBSラジオ)
- 渡辺美香のWhat a Wonderful World(CBCラジオ)
- ジャズ・シティ(富山シティエフエムほか)
- ワンダフル・ジャズ・タウン(FM愛媛)
- 酒とJAZZの日々(FM徳島)
- 黒木研三の“ジャズライブラリー”(ラジオ関西)
- JAZZ STRUTTIN'(Date fm)
- World Jazz Warehouse(FM COCOLO)
- ラジオ放送終了番組
- 水曜WANTED!(TOKYO FM) - パーソナリティが菊地成孔・大谷能生の時代にジャズを主体とした放送がされた。
- 渡辺美香のMy Favorite Things (CBCラジオ)
- 後藤浩二 ジャズ魂~あなたと夜と音楽と~(CBCラジオ)
- 朝のなつメロ(東海ラジオ) - 歌謡曲・演歌中心の内容だったがパーソナリティが村上和宏アナウンサー担当時のみ「ドーナツアワー」のサブタイトルが付き洋楽・ジャズ中心に放送されていた。
- ホットジャズライン(ラジオ関西) - 主にディキシーランド・ジャズやスウィングを放送していた。
- ときめきJAZZ喫茶(NHKラジオ第1)
- ジャズトレイン(RKBラジオ)
- 巨泉のジャズABC(TBSラジオ)
- テレビ放送終了番組
- 純情きらり(NHK・朝の連続テレビ小説) - ヒロインがジャズピアニストを目指すストーリーであり、ジャズのスタンダードナンバーやジャズ風にアレンジされた唱歌などが劇中で頻繁に演じられていた。
- カムカムエヴリバディ(NHK・朝の連続テレビ小説) - ルイ・アームストロングの『オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート』が物語の重要なキーワードとして描かれている。
映画
- アーティスト伝記物、もしくはストーリー・音楽ともにジャズと関わりの深い作品
洋画
- 伝記物
- グレン・ミラー物語 (1953年) - アンソニー・マン監督 ジェームズ・ステュアート出演
- ベニイ・グッドマン物語 (1955年) - バレンタイン・デイビス監督、テディ・ウィルソン、ライオネル・ハンプトン、ジーン・クルーパ、スタン・ゲッツ、ハリー・ジェイムス、ジギー・エルマン出演
- 五つの銅貨 (1959年) - メルヴィル・シェイヴルソン監督、ダニー・ケイ、ルイ・アームストロング、ボブ・クロスビー出演。レッド・ニコルズ(コルネット奏者)の半生を描く。
- ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実 (1972年) - ダイアナ・ロス主演、ビリー・ホリデイの生涯を描いた伝記映画。
- コットン・クラブ (1984年)
- ラウンド・ミッドナイト (1986年) - デクスター・ゴードン出演、ハービー・ハンコック音楽、ベルトラン・ダベルニエ監督。バド・パウエルとレスター・ヤングの挿話に基づいて描いている。
- バード (1988年) - クリント・イーストウッド監督、チャーリー・パーカーの生涯を描いた伝記映画。
- ストレート・ノー・チェイサー (1988年) - セロニアス・モンク出演、クリント・イーストウッド製作総指揮
- レッツ・ゲット・ロスト (1988年) - チェット・ベイカー出演、ブルース・ウェーバー製作・監督
- MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間 (2015年) - マイルス・デイヴィスの伝記映画
- ブルーに生まれついて (2015年) - チェット・ベイカーの伝記映画
- 私が殺したリー・モーガン (2016年) - リー・モーガンの伝記映画
- 記録映画
- 真夏の夜のジャズ (1960年)
- カウント・ベイシー(2018年)
- ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ―ジャズが生まれる瞬間―(2022年)
- フィクション
- ジャズ・シンガー (1927年) - 世界初のトーキー映画。
- 黄金の雨 (1936年) - ノーマン・Z・マクロード監督、ビング・クロスビー、ルイ・アームストロングら出演。
- 画家とモデル (1937年) - ラオール・ウォルシュ監督、ジャック・ベニー主演、ルイ・アームストロングら出演。
- ニューオーリンズ (1947年) - アーサー・ルービン監督、ルイ・アームストロングやビリー・ホリデイが脇役として出演
- 情熱の狂想曲 (1950年)
- 上流社会 (1956年) - チャールズ・ウォルターズ監督、ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ルイ・アームストロング出演
- 酒とバラの日々 (1962年)
- おしゃれキャット (1970年) - ディズニー制作アニメーション。貴族と放浪者の対比を「クラシック音楽」と「ジャズ」という音楽性の違いによって描写している。
- ニューヨーク・ニューヨーク (1977年)
- ラグタイム (1981年)
- ジャズメン (1984年) - ソ連製作
- ハーレム・ナイト (1989年)
- モ'・ベター・ブルース (1990年) - デンゼル・ワシントン出演、スパイク・リー監督・出演
- ディンゴ (1991年) - 音楽を担当したマイルス・デイヴィス自身も俳優として出演
- スウィング・キッズ (1993年) - ナチス政権下のハンブルクでスウィング・ジャズを愛する青年達の悲劇を描いている。
- セッション (2014年)
- ラ・ラ・ランド (2016年)
邦画
- 伝記物
- フィクション
- さらばモスクワ愚連隊 (1968年) - 五木寛之原作、堀川弘通監督
- 上海バンスキング - 1984年版(監督 : 深作欣二)と1988年版(監督 : 串田和美)の二作品がある。いずれも原作は斎藤憐
- ジャズ大名 (1986年) - 筒井康隆原作、岡本喜八監督
- キャバレー (1986年) - 栗本薫原作、角川春樹監督
- この世の外へ クラブ進駐軍 (2004年) - 阪本順治監督・脚本
- スウィングガールズ (2004年) - 矢口史靖監督・脚本
- 大停電の夜に (2005年) - 源孝志監督
- ジャズの映画音楽/サウンドトラック
その他
脚注
注釈
出典
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- ↑ ラグタイム Jazzhistorytree.com 2023年4月1日閲覧
- ↑ “Jazz Origins in New Orleans – New Orleans Jazz National Historical Park”. National Park Service. 2017年3月19日閲覧。
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- ↑ 著:齋藤嘉臣『ジャズ・アンバサダーズ 「アメリカ」の音楽外交史』
- ↑ “ABOUT | しながわジャズフェスティバル”. しながわジャズフェスティバル. 2026年5月25日閲覧。
- ↑
- ↑ “お茶の水文化祭|2025年11月30(日) @明治大学駿河台キャンパス”. お茶の水文化祭 -. 2026年5月25日閲覧。
関連項目
More Reading
- 『ハーレムの黒人たち』植草甚一、晶文社(2005/5)
- 『コーヒー一杯のジャズ』植草甚一、 晶文社(2004/12)
- 『ファンキー・ジャズの勉強』植草甚一、晶文社(2005/6)
- 『ジャズの十月革命』植草甚一、晶文社(2005/4)
- 『ジャズは海をわたる』植草甚一、晶文社(2005/7)
- 『ジャズマガジンを読みながら』植草甚一、晶文社(2005/7)
- 『ビリー・ホリディ物語』油井正一、大橋巨泉
外部リンク
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