1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始の意味・解説 

1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 07:13 UTC 版)

小田急電鉄のダイヤ改正」の記事における「1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始」の解説

1960年3月25日改正同時に百合ヶ丘駅小田原線西生田駅柿生駅の間に開業したこの頃からラッシュ時混雑激しくなっていたため、1960年11月改正では、朝ラッシュ時各駅停車2400形などの加減速性能の高い車両集中的に運用することで高速化図り従来準急停車駅のうち和泉多摩川駅 - 喜多見駅間を通過する通勤準急運行開始することで、近郊区間優等列車本数倍増させる方策出た1963年11月には、新宿駅改良工事一部残して完成し新宿駅発着線が5線になったのを機に増発実施している。この時に東北沢駅での朝ラッシュ時優等列車待避行われなくなりピーク時1時間30本の列車運行される輸送力重視平行ダイヤとなった1964年11月5日改正では、急行8両編成化実施され日中急行のほとんどが相模大野駅分割・併合行なうようになった各駅停車には収容力増大した新型電車として2600形投入されている。通勤準急準急統合され喜多見駅 - 和泉多摩川駅間は通過となった日中には当時急行停車駅に経堂成城学園前登戸追加した快速準急運行開始された。この改正同時に江ノ島線急行本鵠沼駅および鵠沼海岸駅停車開始されている。また、相模鉄道から海老名駅 - 本厚木駅直通運転廃止となった1966年6月1日改正からは特急「さがみ号」が向ヶ丘遊園駅新松田駅にも停車するようになった1966年11月7日改正同時に湘南台駅江ノ島線長後駅六会駅間に開業した急行運転時間拡大による増発図られ江ノ島線急行毎時2本運転となったまた、ラッシュ時準急8両編成化実施された。なお、この年には2600形6両編成2200形2両を連結した8両編成試運転が行なわれているが、実施見送られている。 1967年11月改正ではさらに通勤時間帯の増発が行われ、朝ラッシュ時急行・準急各駅停車本数が1:1:1となった。この時、各駅停車優等列車経堂駅で2本まとめて待避するようになった1968年7月1日からは、御殿場線の電化により直通列車についても電車化され、愛称も「あさぎり」に統一されることになったこれにともないキハ5000形・5100形代えて3000形SE車を5両編成短縮改造した車両登場した同年10月には国鉄準急という種別廃止され全て急行格上げされたのに伴い小田急線内での種別連絡急行となった。さらに11月には朝ラッシュ時の上りの通勤急行準急8両編成を各1本ずつ増発通勤急行下りにも運行日中快速準急大型車6両編成変更1969年11月改正では、急行大型8両編成化実施された。登場したばかりの5000形を2編成連結した以外に、4000形6両編成1800形2両を連結した編成でも運行された。

※この「1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始」の解説は、「小田急電鉄のダイヤ改正」の解説の一部です。
「1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始」を含む「小田急電鉄のダイヤ改正」の記事については、「小田急電鉄のダイヤ改正」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始」の関連用語

1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



1960年代 - 高密度通勤ダイヤの開始のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの小田急電鉄のダイヤ改正 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS