第35回天皇杯全日本サッカー選手権大会
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大会が開催された西宮球技場(左下)
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開催国 | ![]() |
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開催期間 | 1955年5月1日-5月4日 |
参加チーム数 | 16 |
優勝 | 全関学 |
準優勝 | 中大クラブ |
試合総数 | 16 |
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第35回天皇杯全日本サッカー選手権大会(だい35かいてんのうはいぜんにほんサッカーせんしゅけんたいかい)は、1955年(昭和30年)5月1日から5月4日までに兵庫県西宮市の西宮球技場おいて開催された天皇杯全日本サッカー選手権大会である。
概要
- 本大会出場は16チーム。
出場チーム
- 室蘭蹴連(北海道、初出場)
- 東北学院大学(東北、3年連続4回目)
- 慶應BRB(関東、2年連続8回目)
- 全立教(関東、5年連続5回目)
- 中大クラブ(関東、2年連続2回目)
- 明治大学(関東、3年ぶり2回目)
- 早稲田大学(関東、16年ぶり3回目)
- 富山大クラブ(北陸、5年ぶり2回目)
- 日本軽金属(東海、2年連続2回目)
- 大阪クラブ(関西、5年連続5回目)
- 全関学(関西、2年ぶり4回目)
- 全関大(関西、2年連続3回目)
- 六甲クラブ(関西、2年ぶり3回目)
- 東洋工業(中国、4年連続5回目)
- 松山クラブ(四国、3年ぶり2回目)
- 八幡製鉄(九州、初出場)
結果
1回戦 | 準々決勝 | 準決勝 | 決勝 | |||||||||||
1955年5月1日 | ||||||||||||||
全立教 | 4 | |||||||||||||
1955年5月2日 | ||||||||||||||
室蘭蹴連 | 0 | |||||||||||||
全立教 | 1 | |||||||||||||
1955年5月1日 | ||||||||||||||
全関大 | 0 | |||||||||||||
全関大 | 4 | |||||||||||||
1955年5月3日 | ||||||||||||||
六甲クラブ | 1 | |||||||||||||
全立教 | 1 | |||||||||||||
1955年5月1日 | ||||||||||||||
中大クラブ | 2 | |||||||||||||
松山クラブ | 0 | |||||||||||||
1955年5月2日 | ||||||||||||||
東洋工業 | 5 | |||||||||||||
東洋工業 | 0 | |||||||||||||
1955年5月1日 | ||||||||||||||
中大クラブ | 1 | |||||||||||||
早稲田大学 | 2 | |||||||||||||
1955年5月4日 | ||||||||||||||
中大クラブ(抽選) | 2 (aet) | |||||||||||||
中大クラブ | 3 | |||||||||||||
1955年5月1日 | ||||||||||||||
全関学 | 4 | |||||||||||||
日本軽金属 | 3 (aet) | |||||||||||||
1955年5月2日 | ||||||||||||||
八幡製鉄 | 1 | |||||||||||||
日本軽金属 | 1 | |||||||||||||
1955年5月1日 | ||||||||||||||
大阪クラブ | 2 | |||||||||||||
慶應BRB | 2 | |||||||||||||
1955年5月3日 | ||||||||||||||
大阪クラブ | 3 (aet) | |||||||||||||
大阪クラブ | 0 | |||||||||||||
1955年5月1日 | ||||||||||||||
全関学 | 4 | 3位決定戦 | ||||||||||||
東北学院大学 | 4 | |||||||||||||
1955年5月2日 | 1955年5月4日 | |||||||||||||
明治大学 | 1 | |||||||||||||
東北学院大学 | 0 | 全立教 | 2 | |||||||||||
1955年5月1日 | ||||||||||||||
全関学 | 7 | 大阪クラブ | 1 | |||||||||||
全関学 | 4 | |||||||||||||
富山大クラブ | 0 | |||||||||||||
主な出場選手
- 生駒友彦(全関学)
- 平木隆三(全関学)
- 佐藤弘明(全関学)
- 杉本茂雄(全関学)
- 井上健(全関学)
- 鴇田正憲(全関学)
- 木村現(全関学)
- 徳弘隆(全関学)
- 丸山義行(中大クラブ)
- 内野正雄(中大クラブ)
- 田中雍和(中大クラブ)
- 長沼健(中大クラブ)
参考文献
- 第94回天皇杯全日本サッカー選手権大会大会パンフレット (p. 56)
外部リンク
「1955 Emperor's Cup」の例文・使い方・用例・文例
- 私は1955年5月5日に生まれた。
- 春闘は 1955 年以来, 年中行事になっている.
- 1955年にL・ロン・ハバードによって設立され、自覚と精神的な満足感を通して自身の過去のつらい経験を取り除く人の精神力に対する信念に特徴づけられる新興宗教
- 1955年に産業別労働組合会議と合併した北米の労働組合の連盟
- 1955年にアメリカ労働総同盟と合併したした北米の産業別労働組合の連邦
- ウォルトディズニーによって1955年につくられたアナハイムの遊園地
- 米国の小説家(1909年−1955年)
- 米国の教育者で、アフリカ系アメリカ人のために人種関係と教育機会を改善するために働いた(1875年−1955年)
- 米国の教育者で、友人を獲得し人々に影響する方法についての本を書いた(1888年−1955年)
- 米国のコントラクトブリッジの大家で、彼の本がゲームを大衆化するのに役立った(1891年−1955年)
- 米国の映画俳優で、むら気な反抗的な役割が彼を熱狂者にした(1931年−1955年)
- ルーマニアのバイオリン奏者で作曲家(1881年−1955年)
- スコットランドの細菌学者で、ペニシリンを発見した(1881年−1955年)
- 米国のコンピュータ企業家で、ソフトウェア会社により米国史で最も若い超億万長者になった(1955年生まれ)
- スイス人の作曲家(フランス生まれ)で、エリック・サティ、ダリユス・ミヨー、フランシス・プーランク、およびジャン・コクトーを含むパリのグループの創立会員(1892年−1955年)
- 米国の外交官で、国連を創設するのに主要な役割を果たした(1871年−1955年)
- ソ連の体操選手(1955年生まれ)
- フランスの画家で、初期の立体派の画家(1881-1955)
- ドイツの作家で、ブルジョア階級における芸術家の役割に関して書いた(1875年−1955年)
- オーストラリア人のゴルファー(1955年生まれ)
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