選択の単位としての遺伝子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 01:18 UTC 版)
「利己的遺伝子」の記事における「選択の単位としての遺伝子」の解説
進化は自然淘汰によって進み、淘汰は最適者に利益をもたらす。では、この場合の最適者とは何を指すのだろうか。最適個体のことか、最適品種のことか、あるいは最適種のことだろうか。淘汰が種や集団に働くのだとすれば、各個体が種や集団の他の個体の利益のために自分を犠牲にしている種や集団は、繁栄する確率が高いだろう。したがって、このような種や集団によって地球は占められていくことになる。これが群淘汰説である。もう一つの一般的な説が、個体淘汰あるいは遺伝子淘汰と呼ばれるものである。この本の中では、著者は個体淘汰あるいは遺伝子淘汰の支持者であり、遺伝子淘汰説という呼び方の方を好んでいる。実際に長い進化の時間の中で生きたり死んだりするのは個体である。しかし個体は一時的な存在である。たとえばガゼルの群れの中に警戒心が強い個体と、足の速い個体が生まれたとする。この二個体は生き延びるのに有利で、多くの子孫を残し、繁栄すると考えられる。何世代も経った後、そのガゼルの群れは強い警戒心と足の速さを持つ個体ばかりになっているだろう。このとき、数を増やしたと言えるのは、警戒心が強い個体でも足の速い個体でもない。警戒心の強さと足の速さという形質、そしてそれに影響を与える一連の遺伝子である。有性生殖する生物では個体は一世代のみのユニークな存在である。彼らが子孫を残す時、彼らの体を作っていた遺伝子はばらばらにされ、混ぜ合わされて子に伝えられる。また、個体の表現型は遺伝要因と環境要因の相互作用によって作られるため、そのまま子に伝わるわけではない。いっぽう遺伝子一つ一つはより長い時間存在することができる。つまり、進化の営みの中で、数を増やしたり、減らしたりする実質的な単位は遺伝子と言える。このことは、生物の起源をさかのぼることで理解することが出来る。生命の誕生以前の地球には水、二酸化炭素、メタン、アンモニアなどの単純な化合物があった可能性が高い。これらの物質を、フラスコに入れ紫外線や電気花火などのエネルギー源を2週間ほど与え続けることでアミノ酸を作ることが出来る。さらに、実験室での原始の地球を模した実験ではプリンやピリミジンといった有機物を作ることにも成功している。これらはDNAの構成物質である。原始の地球において長い時間をかけて発生したアミノ酸やタンパク質は海や水溜りの中で凝集していきより大きな分子となっていった。ある時点で自分の複製を作れる特異的な分子が発生した。それが自己複製子であり、DNAである。この自己複製子が漂っている周りには複製子の構成分子も漂っていた。構成分子は自分と同じものと親和性があったので、元のDNAに同じ順序で結合していきDNAは複製されることとなった。その後、自己複製子のある水溜りは生産性、寿命、複製の正確性が優れている自己複製子によって占められていくようになった。ある自己複製子は自分の回りをタンパク質で囲むようになり、この自己複製子はそのおかげで他の自己複製子よりも安定になり、プールの中でより大きな割合を占めるようになっていった。現在の生物の個体とは、このDNAの周りを囲むタンパク質が長い時間の進化を経て複雑に、高度になったものである。したがって、進化の単位は個体ではなく、個体の中にある遺伝子に働くものと考えられる。
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