過剰貯蓄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 04:09 UTC 版)
ケインズにとって、過剰貯蓄すなわち計画された投資額を超える貯蓄は、深刻な問題であり、景気後退を助長するばかりか、不況そのものを引き起こす可能性をもつ。過剰貯蓄は、投資が低下したときに起こる。その投資低下は、あるいは消費需要の低下のためかも知れないし、今以前の数年間の過剰投資、あるいは景気の悲観的見込みのためかも知れない。その場合に、もし貯蓄がただちに低下しないかぎり、経済は衰退する。 古典理論家は、その場合、貸付資金の過剰供給によって利子率が低下し、それによって投資が回復するだろう、と論じた(古典理論家の主張の図による説明は省略)。 自由放任主義のこの反応に対するケインズの反応は複雑である。第一に、利子率が低下しても、貯蓄はそれほど落ちない。なぜなら、利子率低下の所得効果と代替効果は、相反する方向に作用する。第二に、工場や機械設備に対する固定投資計画は、将来の利益機会に対する長期の期待に基づくものであり、利子率が低下したとしても、それほど支出は伸びない。 貯蓄と投資は、ともに非弾力的である。投資資金に対する需要・供給が非弾力的であるので、貯蓄/投資ギャップを縮めるには大幅な利子率低下が必要である。それは時に負の利子率を必要とするかもしれない。しかし、負の利子率はケインズの議論にとって、必要なものではない。 第三に、ケインズは貯蓄と投資とは利子率を決める主要要因ではないと論じた。特に短期には、そうである。貨幣ストックの供給と需要とが短期には利子率を決定する。過剰貯蓄に対応するすばやい変化も、利子率をすばやく調整することにはならない。 最後に、ケインズは、こう示唆している。貨幣以外の財については、キャピタル・ロスの恐れがあるため「流動性の罠」があり、ある水準以下には利子率は低下しえない。この罠の中では、利子率はあまりにも低いため、貨幣供給量を増やしても、債券保有者は(利子率の上昇とそれにともなう債券のキャピタル・ロスを恐れて)貨幣つまり流動性を獲得するために債券を売ってしまう。 (ポール・クルーグマンのような)少数の経済学者は、この種の流動性の罠が1990年代の日本に蔓延していると見ている。大部分の経済学者は、名目利子率はゼロ以下には落ち得ないことに同意している。しかし、(シカゴ学派の経済学者たちのように)少数の経済学者は流動性の罠の概念を拒否している。 たとえ流動性の罠が存在しないとしても、古典理論家に対するケインズの批判には、おそらく最重要である第4の要素がある。貯蓄は、個人の所得のすべてを使いきらないことを意味する。それは、固定資本投資のような他の需要要因によって釣合いがとられないかぎり、産出に対して十分な需要が存在しないことを意味する。したがって、過剰貯蓄は、意図しない在庫増加や、古典経済学者が「一般的供給過剰」(General glut)と呼んだ状況に対応する。 売れない商品が積みあがると、企業は生産と雇用を減少させることを迫られる。そのことは、次に人々の所得と貯蓄とを引き下げる。ケインズにとって、所得の減少は過剰貯蓄を終わらせ、貸付資金市場が均衡を獲得することを可能にする。利子調節が問題を解決するのではなく、景気後退が問題を解決するのである。 しかし、景気後退は、企業の固定資本投資意欲を破壊する。所得が落ち、製品需要が低下すると、工場や設備を新設しようとする要求は低下する。これが加速度効果である。これは過剰貯蓄の問題を引き起こし、不況を長期化させることになる。 まとめると、ケインズにとっては、あい異なる市場の過剰供給の間には相互作用がある。たとえば、労働市場の失業は過剰貯蓄を強化するし、その逆も成立する。価格が調整されて均衡に到達するのではなく、主要な筋書きは数量調節であり、それが景気後退をもたらし、不完全雇用均衡をもたらす。
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