軍馬の大きさ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/25 20:33 UTC 版)
中世の研究者のあいだでは軍馬の大きさに関する論争があり、現代のシャイヤー種ほどの大きさの17 - 18ハンド(68 - 72インチ、173 - 183センチメートル)を主張する著名な歴史家もいる。しかしながら、この議論には実際的な根拠が存在する。王立武器博物館所蔵の現存するホースアーマーの分析は、元来15 - 16ハンド(60 - 64インチ、152 - 163センチメートル)の馬、あるいは、おおよそ現代のフィールド・ハンター(英語版)か普通の乗用馬の大きさと骨格にこの装備が着けられていたことを示している。文学、絵画、考古学の史料を使用したロンドン博物館(英語版)で行われた研究は、14 - 15ハンド(56 - 60インチ、142 - 152センチメートル)の軍馬を支持し、大きさではなく、その強さと技能で乗用馬と識別した。この平均値は中世を通してそれほど変化しなかったようである。馬は、9世紀および10世紀から大きさを増すために選択的に育種されたようにおもわれ、11世紀までに平均的な軍馬はおそらく14.2 - 15ハンド(58 - 60インチ、147 - 152センチメートル)で、この大きさはバイユーのタペストリーに描かれた馬のみならずノルマンの蹄鉄の研究で確認された。馬の輸送の分析は、13世紀のデストリエががっしりした骨格で、ほんの15 - 15.2ハンド(60 - 62インチ、152 - 157センチメートル)でしかなかったことを示唆している。3世紀後、軍馬はそれほど大きくはなく、王立武器博物館は15 - 16世紀のさまざまなホースアーマーを展示する塑像のモデルとして、体形が最適なので15.2ハンド(62インチ、157センチメートル)のリトアニアン・ヘビー・ドラフト(英語版)の牝馬を使用した。 おそらく、中世の軍馬が輓用馬タイプでなければならないと広く信じられている理由の一つは、依然として多くの人々が中世の装甲が重いと思い込んでいることである。実際には、もっとも重い(騎士用の)トーナメント装甲でさえ90ポンド(41キログラム)ほどでしかなく、フィールド(野戦)装甲は40 - 70ポンド(18 - 32キログラム)の重量だった。バーディングまたはホースアーマーは、重量が32キログラム(70ポンド)を超えることはめったになかった。騎乗者やそのほかの装備重量を考えたとき、馬は体重の約30パーセントを運ぶことができる。したがって、そのような荷重は1,200 - 1,300ポンド(540 - 590キログラム)の範囲の重い乗用馬で確実に運ぶことが可能であり、輓用馬は必要とされなかった。 装甲を着けた騎士を運ぶのに大きな馬は必要ないが、ランス(lance、騎兵槍)の打撃力を高めるには大きな馬が望ましかったという歴史家の見解がある。しかしながら再現者による実践的な実験では、騎乗者の体重と強さが馬の大きさよりも重要であり、馬の重量のほとんど何もランスへと変換されないことが示唆された。 14 - 16ハンド(56 - 64インチ、140 - 160センチメートル)の軍馬のさらなる証拠は、完全装甲で鐙に触れることなく馬に飛び乗ることができることが騎士の誇りの問題であったということである。これは虚栄心からではなく必要性から生じた。戦闘中に落馬した場合、騎士は自身で騎乗できなければ無防備なままであろう。現実にはもちろん負傷したり疲労した騎士には困難で、護衛の従者の助けを当てにしたかもしれない。ちなみに騎士の装甲はいかなる落下においても役に立った。パッド入りのリネンの覆いの下に、弾力性のあるパッドを形成するために長髪を頭の上で編み、その上にヘルム(helm、兜)が置かれており、現代の自転車や乗馬ヘルメット(英語版)と変わらない頭の保護をしていた。
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