装備・軍装
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 16:49 UTC 版)
騎兵や輜重兵等と同じ帯刀/乗馬本分者とされ、下士官兵であっても官給品として乗馬長靴や革脚絆、拳銃、軍刀を佩用することになっていた。将校准士官は陸軍服制に則り一般の将校准士官と同じく将校軍刀・指揮刀を佩用するが、拳銃を常時携帯することはない。 警察官による警察権の発動に準じて、憲兵の武器使用には制限があったため、平時の武装はこれら拳銃と軍刀のみであり、有事の際にはこれに加え下士官以下は騎兵銃など小銃を携行した。またこのほか、勤務手帳(憲兵手帳)、呼笛、捕縄、包帯などを携帯することが定められていた。なお、第一次上海事変時の上海憲兵隊や朝鮮憲兵隊の一部では、警備のため軽機関銃や手榴弾の支給を受けることがあった。 また、他兵科/兵種・各部の下士官兵とは異なる特有の軍装として、憲兵下士官兵には主に防寒・防雨用としてマントの支給を受けていた。このマントは陸軍の将校准士官マント(着丈は外套とほぼ同寸。憲兵を含む全陸軍将校准士官共通、旧名称は雨覆)とは異なり、短寸(着丈はおおむね腰まで。かつてのフランス警察官短マントに類似)でケープに近いものであり、着用したままで軍刀・拳銃や捕縄等を扱い易く、その体裁の良さからも好んで使用されていた。このマントは着脱可能な頭巾を備える。なお外套については、憲兵も全陸軍共通の長寸のものを用いた。 襟章・胸章の定色(兵科色)は黒色で、1940年の兵科定色廃止(各部は存続)以降は旭日章(六光旭日)の金属徽章を襟部に佩用した。このほか、主に下士官兵は白地に赤色で「憲兵」と書かれた憲兵腕章を左腕に着用する。この腕章は1923年(大正12年)制定で、同年に発生の関東大震災の被災地に出動した補助憲兵が臨時に巻いていたものが制式となったものである。なお、将校准士官は基本的に憲兵腕章を着用しない。また、外地では現地人が分かりやすいように腕章に記す「憲兵」の漢字の下部分に、主に英語圏では「MP」・「MP.」・「M.P.」、フランス語圏では「GENDARME」・「Gendarme」と、各国語で憲兵を意味する文字を併記した。 「軍服 (大日本帝国陸軍)」を参照
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