背水の逆転劇とは? わかりやすく解説

背水の逆転劇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/17 10:31 UTC 版)

梅原大吾 > 背水の逆転劇

背水の逆転劇[1](はいすいのぎゃくてんげき、: Evo Moment #37またはDaigo Parry)とは、2004年、世界規模の格闘ゲーム大会EVO 2004英語版の準決勝において、梅原大吾が『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』でジャスティン・ウォン英語版に勝利をおさめた場面を指す。試合中に梅原は体力ゲージが残り1ドットのところまで追い込まれるが、最後にウォンの「スーパーアーツ」の16連続打撃を全てブロッキングパリー)してまさかの逆転英語版を成し遂げた。梅原はグランドファイナルで日本人プレーヤーの「K.O」に敗れたものの、その後この背水の逆転劇は対戦型格闘ゲームを象徴する瞬間として語り草になり、格闘ゲームコミュニティ英語版にも強い影響を与えてきている。

背景

「ザ・ビースト」こと梅原大吾(2018年)
ジャスティン・ウォン(2014年)

EVO 2004英語版の『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』決勝ラウンドは、8月1日にカリフォルニア州ポモナにあるカリフォルニア州立工科大学ポモナ校英語版で開催された[2]。当時23歳の梅原 “The Beast” 大吾と18歳のジャスティン・ウォンはすでに日米を代表するトッププレイヤー同士だったが、この試合まで対戦経験がなかった[3][2]。にもかかわらず、2人のゲーム哲学の違いや互いにライバル意識を持っているであろうことはすでに有名だった[4][5]

「ストリートファイター」はこのEVOにおいて旧来のアーケード筐体英語版でプレーされていた唯一のゲームで、それ以外はすべて家庭用の据置型ゲーム機でプレーされていた[6]

ウォンはどちらかといえば別のゲームの強豪と認識されていたが、梅原との対戦の直前に「ストリートファイター」で当時最強ともいわれていた日本人プレーヤーの「ラオウ」に勝利しており、鮮烈な印象を残していた[2]。ESPNのアラシュ・マルキャジは、もしウォンが梅原にも勝っていれば、ストリートファイターという「日本のゲーム」で最高の日本人プレーヤー2人を倒したウォンが世界最強と呼ばれることは確実だった、とこの試合の背景を解説している[2]。また梅原も当時の雰囲気を振り返って、自分がEVOの会場であるアメリカの「侵略者」かつ「悪役」であり、会場の誰もが自分の負けを望んでいた、と語っている[2]

梅原とウォンはトーナメントの準決勝(ルーザーズファイナル)で顔を合わせた[2]。梅原はケン・マスターズを、ウォンは春麗をそれぞれ選択した。

逆転劇

最終ラウンドの第一試合において、ウォンは自分のスタイル通り守備的でオーソドックスなプレーに徹し、リスクを負ってでも攻撃的にプレーしたい梅原のライフゲージを少しずつ削っていった[2]。『ローリング・ストーン』誌はこの試合におけるウォンの動きを「梅原の攻撃的な姿勢のアンチテーゼ」と評し、ウォンの「待ち戦法(turtling)」が「彼(梅原)をイライラさせるのに」有効であった、と書いている。試合当日に解説を務めたカプコン社員セス・キリアンは「これはDaigoが本当に怒っている、珍しい場面です (中略) ジャスティンの待ちスタイルにやられる寸前です」とコメントした。梅原はケンの体力が最後の1ドットを残すところまで追い詰められた。残り26秒で、ウォンは時間稼ぎ英語版をして完封することもできたが、試合を決めにいった[2][7]

必殺技を放てば防御されてもわずかなダメージを相手に与えることができるため、技がつながれば梅原のキャラクターをノックアウトすることができるはずだった。そこでウォンは春麗のスーパーアーツII「鳳翼扇」を繰り出した。しかし梅原はこの攻撃を避けず、代わりにハイリスクハイリターンのテクニックである「ブロッキング」を選択した。「ブロッキング」はプレーヤーの体力を失うことなく攻撃を防ぐことができるが、そのためには攻撃が当たるとほぼ同時、攻撃の当たる0.17秒以内(正確には10f、1fは1/60秒)、レバーを一度中央に戻してから前方もしくは真下にレバーを動かす必要がある[8]。更には一度前か下にレバーを入れた場合、約0.39秒(23f)ブロッキングが再入力できない。逆に言えば相手のスーパーアーツがいつ始まるかを予測する必要があり、基本的に最初のブロッキングは相手の技が始まる前に先読みして入力する必要があった。この時ウォンはキャラを不規則に動かしていたため、ブロッキングを狙っているというのは分かっている上で、コマンドだけ入れてボタンを押さないというフェイントでブロッキングを空入力させて、ブロッキング不能時間を狙って鳳翼扇を叩き込もうとしていた[7]

GamePro英語版』と『Eurogamer』は、梅原がウォンの技をブロッキングするたびに歓声が湧き起こったように、ギャラリーがみせた「高揚感」でこの逆転の場面が盛り上がったことに注目している[9][4]。そして梅原は、会場を埋め尽くすアメリカ人のギャラリーの前で、トーナメント最後のアメリカ人であるウォンが必殺技を使い劇的な勝ち方で決めにくることを読んでいた、と言われる[2]。実際にスーパーアーツが繰り出されると、梅原は15連続打撃を全てブロッキングし、最後にジャンプ中に春麗のキックをブロッキングしてから反撃(カウンター)に移り、12ヒットコンボを繰り出した後、ケンのスーパーアーツIII「疾風迅雷脚」で締めて、試合に勝利した[3]

グランドファイナルでは梅原はユンを使用した日本人プレーヤー「K.O」に敗れた。

拡散

大会主催者の一人でメインのリングアナウンサーであったBen Curetonは大会終了後に「Daigo Parry」のハイライト動画を製作するよう依頼され、思い付きの2桁の数字を付けた「Evo Moment #37」というタイトルで動画をつくってアップロードした。『Evo Moment #37』という本も出しているGlenn Cravensは、「明らかに、これがハイライトとしてはNo. 1だ。しかし37のような数にすると、大会にいなかった人間は『Daigo Parry』のような信じられない瞬間が他にもたくさんあると思ってしまうだろう。彼〔Cureton〕は翌年に控えていたEvolution 2005を見逃してほしくなかったのだ」と自分の本に書いている[10][11]

影響

これはあらゆるコミュニティにとっての通過儀礼でありガイダンスビデオだ。12年後のいまも変わらず、あらゆる世代の熱狂的ファンやプレイヤーにとってのいい刺激となっている
–Timothy Lee, ABC News[12]

梅原の逆転は対戦型格闘ゲームの歴史の象徴であり最も記憶に残る瞬間と称されることも多く、ベーブ・ルースの予告ホームラン英語版氷上の奇跡といったスポーツ全般における最高の瞬間とも比較されてきている[13]。また対戦動画は史上最も視聴された対戦型ビデオゲームの映像としてギネスに認定された[14]

「EventHubs」のJohn Guerreroのインタビューにおいて、ジャスティン・ウォンは、背水の逆転劇という瞬間が生まれたことで、当時衰退しつつあった格闘ゲームコミュニティを「救う」ことに貢献したと考えている、と述べた[15]。梅原は2012年の自伝でこの試合についてより掘り下げたレポートをしている[16]。またこの本で彼は、試合後に格闘ゲームコミュニティから短期間離れた理由についても説明している[17]

ダウンロードも可能な『3rd STRIKE』のオンライン版『ストリートファイターIII 3rd STRIKE ONLINE EDITION』は、プレーヤーが「Daigo Parry」にチャレンジするモードを用意している[5]。2012年のアニメ版『あっちこっち』では背水の逆転劇のパロディーが行われた[18]。2014年、梅原とウォンは背水の逆転劇から10周年を記念して再戦を行い、この試合でウォンは再び春麗のスーパーアーツで梅原のノックアウトを試みた。梅原は再び春麗のスーパーアーツを全てブロッキングすることに成功したが、ウォンの体力が十分残っていたため、このラウンドはウォンが勝利した[19]。Glenn Cravensは同年に『EVO Moment 37』と題した本を自費出版した[13]

親善試合において、イギリスのストリートファイタープレーヤーRyan HartはTV画面を見ずに「Daigo Parry」を成功させた[20]

脚注

出典

  1. ^ 石川善樹「ただ歩く。問いだけを胸に」『WIRED』VOL.23、コンデナスト・ジャパン、2016年6月10日、169頁。 
  2. ^ a b c d e f g h i Markazi, Arash (2016年8月25日). "Daigo and JWong: the legacy of Street Fighter's Moment 37". ESPN (英語). 2025年2月17日閲覧
  3. ^ a b Walker, Ian (2016年7月12日). "Get Hype with the Best from Evo's Past". Red Bull. 2025年2月17日閲覧
  4. ^ a b McCarthy, Dave (2006年8月31日). "The best of YouTube". Eurogamer. p. 2. 2025年2月17日閲覧
  5. ^ a b van Allen, Eric (2016年8月3日). "How Rivalries Drive E-Sports". Paste Magazine. 2016年8月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月27日閲覧
  6. ^ Kleckner, Stephen (2004年8月18日). "Spotlight on the Evolution 2K4 Fighting Game Tournament". Gamespot. 2025年2月17日閲覧
  7. ^ a b Baker, Chris (2016年7月21日). "Flashback: Why 2004 'Street Fighter' Match Is Esports' Most Thrilling Moment". Rolling Stone. 2025年2月17日閲覧
  8. ^ "システム紹介". capcom.co.jp. Capcom. 2010年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年5月10日閲覧
  9. ^ Spitalieri, Mike (2007年3月22日). "The 9 biggest moments in pro gaming (page 3 of 3)". GamePro. 2008年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年10月21日閲覧
  10. ^ Markazi, Arash (2016年8月26日). "Daigo and JWong: the legacy of Street Fighter's Moment 37". ESPN. 2025年2月17日閲覧
  11. ^ Cravens, Glenn (2014-04-03) (英語). Evo Moment 37: One of the most famous moments in competitive gaming history. ISBN 978-0-9960-1090-0 
  12. ^ Lee, Timothy (2016年7月14日). "Evo's most thrilling moments". ABC News. 2025年2月17日閲覧
  13. ^ a b Narcisse, Evan (2014年4月14日). "Someone Wrote A Book About Street Fighter's Greatest Match". Kotaku. 2025年2月17日閲覧
  14. ^ 【三冠の野獣へ】梅原大吾が、ギネス世界記録をダブル樹立”. Red Bull Japan (2017年4月17日). 2025年2月17日閲覧。
  15. ^ Catalyst Grey, Jon (2014年11月22日). "Justin Wong: EVO moment #37 may have helped save the FGC as many games were dying at the time, it brought some new life to the scene". EventHubs. 2025年2月17日閲覧
  16. ^ 梅原大吾『勝ち続ける意志力』小学館〈小学館101新書 132〉、2012年4月2日、[要ページ番号]頁。ISBN 978-4-0982-5132-2 
  17. ^ Bahn, Chris (2016年8月4日). "Learn The Will to Keep Winning with Daigo's New Book". PVP Live. 2016年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月6日閲覧
  18. ^ Saabedra, Humberto (2012年4月10日). ""Acchi Kocchi" Gag Anime Riffs on "EVO Moment #37"". Crunchyroll News. 2016年9月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月17日閲覧
  19. ^ Priestman, Chris (2014年11月24日). "Evo Moment #37 Recreated In 10 Year Celebration Rematch". Siliconera. 2025年2月17日閲覧
  20. ^ Bahn, Chris (2016年9月3日). "Watch: Rare Footage of EVO #37 Performed Backwards". PVP Live. 2016年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月4日閲覧

関連項目

  • 電波実況 - 2004年の梅原の試合に対してなされた有名な実況

外部リンク


背水の逆転劇

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梅原大吾」の記事における「背水の逆転劇」の解説

詳細は「背水の逆転劇」を参照 2004年開催されEvolutionの『ストリートファイターIII 3rd STRIKE部門において、梅原の操るケン米国のジャスティン・ウォン(英語版)が操る春麗との対戦時、体力がほぼゼロに近い状態から逆転勝利したプレイ様子ならびにその動画動画にはゲーム画面会場の異常とも言える盛り上がり同時に収録されている。 ハイライトは、第1試合第3ラウンドジャスティン春麗ギャラリーの「レッツゴージャスティーン!」の煽りを受け、梅原ケン必殺技ガードさせて体力少しずつ減らす、いわゆる削り」で止めを刺すべく放った鳳翼扇」(連続キック繰り出すスーパーアーツ)を、梅原ケン次々と14段の蹴り連続ブロッキング捌き(※ケンブロッキング後退するので8-8-1の鳳翼扇が7-7-1になる為、16ではなくて実際に14段)、最後キックジャンプから空中ブロッキングしたのち、すかさず反撃飛び蹴り足払い、「中昇龍拳」、そしてスーパーアーツ疾風迅雷脚」を叩き込んで逆転KO成功するシーンである。なお勝時にジャスティンスコア500ポイント抜いており、こちらも逆転している。 流れとしては鳳翼扇(全17段)16段(実際14段※)ブロッキング最後蹴り(1段)をジャンプ空中ブロッキング飛び蹴り足払い→中昇竜拳疾風迅雷脚となる。 このときケン体力はほぼゼロで、春麗の「鳳翼扇」をガードすれば即座に敗北する状況であり、回避するためにはブロッキングにより全て捌く必要があった。しかしブロッキングという特殊行動は非常にタイミングシビア難易度高くとりわけ連続してキック繰り出される鳳翼扇」をすべてブロッキングする行為はこのゲーム屈指の難易度を誇る。「鳳翼扇」の発動エフェクト見てからのブロッキング猶予時間は1フレーム(=60分の1秒)である。しかし、梅原は、世界大会敗者決勝実質的な準決勝)で多数ギャラリー注目が集まる中という大きなプレッシャーがかかる状況で、一度失敗許されないこの難局打開した後日DVD『Xmania7』に収録されているインタビューでは「背水の逆転劇」に対す質問対しジャスティン止めの「鳳翼扇」を「ミスみたいなもんだから」とコメントまた、NHK衛星第2テレビジョンテレビ番組MAG・ネット』ではこの時の状況に関して「音が聞こえなかった」、「音があったらやられていた」、「よく成功したな」との感想述べている。 この出来事は、その後もたびたびメディアで採りあげられテレビ朝日マツコ&有吉の怒り新党2015年9月30日放送分「新・3大アーケードゲームスゴ職人技」でも「5秒間奇跡」と称される海外ではEvo Moment #37」と呼ばれており、関連書籍発売されているほか、前述動画の再生回数ギネス世界記録に認定されている。2014年11月22 - 23日には、アメリカでこの出来事10周年記念したイベントMOMENT 37 RELOADED」が開催されジャスティンとのエキシビジョンで「背水の逆転劇」を再現して見せた

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