だいご‐れつ【第五列】
【第五列】(だいごれつ)
敵対勢力および仮想敵国の支配下でスパイ活動・破壊工作・要人暗殺などの後方攪乱に従事する要員。
軍籍の有無は問わないが、第五列であると公表されていない人員は普通非合法戦闘員とみなされる。
特に戦時の場合、第五列であるとの疑いをもたれれば現地当局に拘束される危険性が高い。
拘束された人員の辿る末路は、どのような組織に拘束されたかによる。
正規政府の諜報機関に拘束された場合、秘密取引や情報抽出の手段として徹底的に利用されるだろう。
一方でテロリストに拘束された場合、残虐な方法で殺害され、時には死体がネット上に公開されるだろう。
何にせよ、拷問を受けずに済む事はまずないし、生還の望みも多くはない。
- 諜報機関の要員
- 在外公館の職員・外交官・駐在武官
- 後方攪乱の命を帯びて潜入した特殊部隊の隊員
- 敵対勢力に支配された地域でレジスタンス活動に従事する一般市民
- ロビー活動や宗教・思想・民族などの理由で敵対勢力に傾倒している有力者
語源
「第五列」という言葉の起源は1930年代のスペイン内戦という説が有力。
反政府軍のエミリオ・モラ将軍がラジオ演説で行った以下の発言が最初の言及だとされる。
我々は4個軍団をマドリードに向け進軍させている。 人民戦線政府が支配するマドリード市内でも我々に共鳴する『5番目の軍団』が戦いを始めるだろう。
第五列
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/07 16:35 UTC 版)
第五列(だいごれつ、スペイン語: quinta columna、英語: fifth column)とは、本来味方であるはずの集団の中で敵方に味方する人々、つまり「スパイ」などの存在を指す[1]。
概要
この表現は、スペイン内戦で反乱軍の指導者の1人であったエミリオ・モラ准将が、1936年10月にラジオ放送で「我々は4個軍団をマドリードに向け進軍させている。人民戦線政府が支配するマドリード市内でも我々に共鳴する5番目の軍団(第五列)が戦いを始めるだろう」と発言したことに由来する。共和国側では「第五列」を摘発するキャンペーンが共産党などによって行われた[2]。
太平洋戦争中、1942年からアメリカ政府はドイツ系やイタリア系には何もせず、日系人のみを強制的に内陸部の収容所に隔離した。これは日系人が日本軍の「第五列」として内応し通敵活動する可能性があるとしてアメリカ国内で正当化されたためである。第二次世界大戦中、ソビエト連邦ではナチス・ドイツの侵攻を受けて、国内約80万人のドイツ人がシベリアやカザフスタンに強制移住させられ、1941年にヴォルガ・ドイツ人自治共和国も廃止された[3]。
イギリスではアイルランド系カトリック教徒はいわゆる、北アイルランド問題を理由に連合支持者から「第五列」とされることがある。
1945年、アメリカの国務省が作成した文書には、第二次世界大戦の終結時に国際共産主義運動が示した卓越した活動と、それ以前にドイツ国が在外同調者支持のために動員しようとした努力が記されていた「共産党は、実際には同盟組織と同様に第五列であった。ただし後者は共産主義者と比較すると粗雑で非効率的だった」。
プロイセン系ユダヤ人のアーサー・シュレジンジャー・ジュニアは、1949年にこう記している「ソ連の特別な優位は核弾頭にあって、それは現地の共産党組織を基盤としている第五列である」[4]。
脚注
関連項目
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