室生犀星
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 06:05 UTC 版)
「浄ノ池特有魚類生息地」の記事における「室生犀星」の解説
伊豆伊東の温泉(いでゆ)に、じんならと云へる魚棲みけりけむり立つ湯のなかに 己れ冷たき身を泳がし、あさ日さす水面に出でて遊びけり人ありて間はばじんならは悲しと告げむ、己れ冷たく温泉(ゆ)はあつくされど泳がねばならず、けぶり立つ温泉(いでゆ)のなかに棲みけり 室生犀星 じんなら魚 詩人・小説家として知られる室生犀星(むろう さいせい)は、1923年(大正12年)3月5日から17日まで1人で伊東を訪れ、浄の池の湯煙の立つ水中を懸命に泳ぐコトヒキ、方言名迅奈良(じんなら)を見て心を打たれ、じんなら魚(じんならうお)という詩を残している。 室生犀星は当時34歳、生まれて間もない長男豹太郎を前年に亡くし、絶望の最中にあった犀星は、浄の池を訪れた際に「じんなら魚」を見て、湯煙の立つ池の中で必死に泳ぐ「じんなら」を自分の身にたとえて、この詩を詠んだと言われている。 …お寺のようなところで、列をつくって泳いでいるじんならという魚を見たとき、余りにふしぎな感じがあった。(中略)このじんなら魚は、湯気の立つ温かい温泉まじりの水のなかに、快活に泳いでいた。半分は地獄で半分は極楽のような光景は、このさかなが温かいお湯に泳いでいるだけでも、何か間違った事をしているように思われた。「じんなら、じんなら、じんならはあわれなりけり」… 室生犀星 杏っ子 じんなら魚 この詩は翌年の1924年(大正13年)に刊行された詩文集『高嶺の花』に収められたが、犀星にとって和名コトヒキ、方言名「じんなら」と呼ばれるこの魚は余程印象的であったようで、後年1957年(昭和32年)の長編小説『杏っ子』の中でも「じんなら魚」という章を設け右記のように書いている。 また、犀星の長女、室生朝子は随筆『父室生犀星』の中で、父が浄の池の「じんなら魚」を見て詩を作ったことは、魚類が特に好きだった父らしく、伊東の山や海などの風景でなく「じんなら魚」の印象が深かったことは、面白いことである、と述べている。 室生犀星は1962年(昭和37年)3月26日、72歳で死去した。「じんなら魚」の詩碑は伊東市街地を流れる伊東大川(通称松川)の畔、伊東市桜木町聖母幼稚園前の同川左岸に所在しており(地図)、1971年(昭和46年)4月16日、室生犀星遺族出席のもと伊東市によって建立除幕された。
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