媒介蚊の特定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 10:37 UTC 版)
「八丈小島のマレー糸状虫症」の記事における「媒介蚊の特定」の解説
八丈小島における佐々ら伝研メンバーの次の課題は感染源対策であった。リンパ系フィラリアの伝播動物は、マレー種、バンクロフト種を問わず蚊であることは当時でも既に常識であり、フィラリアの感染駆除対策は蚊やボウフラの駆除ということになる。だがその前に、流行地である八丈小島に生息する蚊を調査する必要があった。つまり、八丈小島のマレー糸状虫を媒介する蚊の特定である。 マレー糸状虫を媒介する蚊は南アジアや中国南部などでは主に、ヌマカ属(英語版)(学名: Mansonia)やハマダラカ属 (学名: Anopheles)の蚊である。これらの蚊は沼地や水田などの沼沢地周辺に生息しており、患者もその周辺に多く発生している。しかし、八丈小島は急峻な地形の火山島でありそのような沼沢地はまったく存在しない、本来であればマレー糸状虫症が流行するとは考えにくい環境である。伝研のメンバーは島中を巡ってボウフラと蚊の調査を行った。 ボウフラの発生源のひとつは各家庭にある天水を蓄える天水桶や天水タンクであった。屋根に降った雨水が樋を伝って桶やタンクに集められるようになっているが、そこには落葉が堆積してボウフラも大量に発生している。この島では何よりも水が貴重品であり、雨水を溜めるために、あらゆる容器が軒下に置かれ、それらがすべてボウフラの発生源になっていた。もうひとつ、この島特有のボウフラ発生源として鳥打村の海沿いに広がる溶岩の岩場があった。凹凸の多いこの岩場には雨水や海水が溜まった無数の水溜り(ロックプールと呼ばれた)があり、これを調べるとことごとくボウフラが湧いていた。これで八丈小島のマレー糸状虫の発生源となるボウフラの湧く温床は、雨水を溜める天水タンク類、海岸沿いのロックプール、この2つであると確認された。 次に島内の蚊を屋内から牛小屋までくまなく採集し、八丈小島には6種類の蚊が生息していることが分かり、特にアカイエカ Culex (Culex) pipiens pallens、ヒトスジシマカ Aedes (Stegomyia) albopictus、トウゴウヤブカ Aedes (Finlaya) togoiの3種が多かった。 八丈小島に見出された蚊の種類とその主要発生源。+はその発生密度の概略を示す。蚊の種類居住域天水槽居住域器物居住域下水居住域肥料溜森林内竹筒など海岸岩場(ロックプール)トウゴウヤブカ Aedes togoi++ ++ +++ ヒトスジシマカ Aedes albopictus++ ++ ヤマダシマカ Aedes flavopictus + オウクロヤブカ Armigeres subalbatus ++ アカイエカ Culex pipiens pallens++ + +++ トラフカクイカ Culex (Lutzia) vorax+ + + 集められた各種の蚊合計78匹を解剖して調べると、トウゴウヤブカの中から3匹のミクロフィラリアが見つかった。 ミクロフィラリアが見つかったことにより媒介蚊はトウゴウヤブカでほぼ間違いないが、佐々はさらにもう一つの方法で媒介蚊を特定する方法を試みた。それはミクロフィラリアを有する島民に被験者になってもらい、実際に蚊を使った吸血によって媒介蚊の種類を特定する方法で、佐々らの熱意に賛同した島の年配女性(マレー糸状虫ミクロフィラリア保虫者)が協力する運びになった。伝研メンバーが島内で集めた無数のボウフラから成虫になった大量の蚊がブンブン飛ぶ籠の中に足を挿し入れて血を吸わせる方法である。一度に何十匹もの蚊に刺されるが、この年配女性は気前よく引き受けてくれたと言う。こうして血を吸わせてから2週間ほどおいて、年配女性の血を吸った複数種の蚊を解剖した。その結果、やはりトウゴウヤブカの体内でマレー糸状虫のミクロフィラリアがよく育っていることが分かった。 1951年(昭和26年)の時点では、従来から知られていた東南アジア各地のマレー糸状虫流行地の媒介蚊にトウゴウヤブカは含まれておらず、八丈小島のマレー糸状虫媒介蚊がトウゴウヤブカであったことは世界初の発見であった。
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