史上初、2度目の平幕優勝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/12 16:38 UTC 版)
「琴錦功宗」の記事における「史上初、2度目の平幕優勝」の解説
1998年(平成10年)1月場所は小結で迎え、武蔵丸・若乃花の2大関を下しての10勝を挙げて技能賞を受賞、3月場所は6勝9敗となり平幕に陥落するも、5月場所では4年間未勝利だった曙を下して11勝を挙げ、3年ぶりの殊勲賞を受賞する。しかし同年7月場所の貴乃花戦で右足を痛めて途中休場、公傷制度を申請出来るほどの怪我だったがあえて申請しなかったために番付が降下、9月場所は前頭7枚目で5勝10敗となり、11月場所では前頭12枚目まで下がった。30歳となり体力の衰えと気力の限界を感じていた琴錦は場所前に佐渡ヶ嶽へ引退を相談する。年寄名跡を所得していなかったことで協会に残らず、自動車整備業の仕事に就きたいと考えていたが、佐渡ヶ嶽は激怒して36歳にしてもなお十両で活躍を続ける琴稲妻佳弘を例に出し、「バカヤローッ!何が限界だ!(琴)稲妻を見てみろ!今でも頑張ってるじゃないか。それに転職なんかこの不景気の中、予想以上に物凄く大変なんだぞ!甘ったれるのもいい加減にしろ!もう一度死ぬ気になってやれ!」と長時間にわたって叱責されたという。この言葉で目が覚めた琴錦は引退を撤回し、同年11月場所は初日から見違えたかのような相撲を見せ、11連勝で優勝争いの単独首位に立つ。12日目に若乃花に敗れて連勝は止まるも、13日目に貴乃花に完勝して金星を獲得、会場内はたくさんの座布団が乱れ飛び、協会役員室で取組を見ていた佐渡ヶ嶽は部屋を飛び出し、琴錦に握手を求めたほどだったという。14日目には貴ノ浪を圧倒し、2敗で追いかけていた土佐ノ海が敗れたことで、史上初となる二度目の平幕優勝を達成し、この日審判長として土俵下にいた佐渡ヶ嶽が感極まって涙ぐむシーンが見られた。同時に「アイツ(琴錦)は相撲も速いが気も早い。やれば出来るんだよ。(琴)錦本人がそれに気付いてないんだから」と苦笑しながらコメントした。 琴錦は千秋楽も勝利して14勝1敗となり、優勝に花を添えた。2度の平幕優勝は史上初(2020年(令和2年)9月現在でも琴錦ただ1人)の快挙で、同時に殊勲賞・技能賞も受賞18回目の三賞、43場所ぶりの優勝は史上最長間隔だった。また、最高位が関脇以下で複数回の幕内最高優勝を達成した初の力士でもある。
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