伝達因子の探索
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/17 11:03 UTC 版)
誘導現象の発見から、当然ながらその影響を与える機構、それが物質なのかそうでないのか、物質であれば何かということが問題となり、当然ながら多くの手で追及が行われた。 たとえばゲルトラーは形成体そのものでなく、それを含む動的構造に意味があると考え、形成体を含む胚に他の胚の形成体を様々な配置で移植することを試み、しかし彼の説を支持する結果は得られなかった。シュペーマンは形成体を細断したり押しつぶしてもその活性を失わないことを示し、また形成体を麻酔、熱処理、冷凍などの処理をした後も活性を失わないことも複数の研究者によって示された。これらは誘導の作用を伝えるものが化学物質であることを示唆する。 さらに他の動物、多くの多細胞動物の様々な組織が誘導の活性を持つことが示された。植物組織はほとんど有効でなく、でんぷんなどの物質は全く効果を持たなかった。しかしこのあたりから事態は迷走を始めた。たとえば形成体でグリコーゲン消失が起きることが発見されると、原因物質はグリコーゲンとの説が出て、実際にグリコーゲンが形成体の活性を持つとの実験結果も出たが、不純物によるものと判明した。その他様々な物質が試され、その結果、きわめて多くの物質が程度の差はあれ誘導作用を示し、その中には無機物質すらあった。Holtfreterが1948年頃より外胚葉細胞を浸した液のpHを変えるだけで神経を生じるという実験結果を示した後、このような努力はほぼ放棄された。 これについて1950年の岡田・木原は「分析の進捗はむしろ遅く」と停滞を認めつつも「その問題の解決は発生そのものの解決と同義」なので「簡単に片づかないのはむしろ当然」と、今後への期待を示している。それに対して1966年に岡田は「結果的にはそれは空しいものであったといえるかもしれない」と記しているが、同時に体内から分離されたタンパク質がその能力を持っている例が発見されつつあることも記されている。 なお、神経誘導の原因因子の研究は中胚葉誘導の研究以降、特に1990年代より再び発展を始める。中胚葉誘導の原因因子として見いだされたアクチビンを遮断する実験が行われ、これは中胚葉が形成されなくなることを期待したものであった。ところが、アニマルキャップから神経が形成されるという結果を得た。ここから神経デフォルト仮説が提示された。アニマルキャップ細胞は、本来的に神経細胞になるもので、それを抑制する物質が存在し、それがアクチビン受容体に受容されるとの説で、ここから幾つかの分泌タンパク質が発見されている。その一方で鳥類の場合、外胚葉に相当するとされるエピプラストを単独で培養すると神経でなく筋肉を生じ、両生類での結果とは異なる。そのため、これを脊椎動物一般の神経誘導に当てはめるのは難しいようだ。 いずれにせよ、神経誘導の機構の解明は中胚葉誘導のそれより遅れており、その原因の一つは、現象そのものの複雑さにある、とも言う。
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