人間チェス
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人間チェス(にんげんチェス)は、人間が実際にチェスの駒に扮して、チェスボードを模した戦場で争うチェス。
概要
人間チェスは一般的には野外で遊ばれ、地面に置かれた巨大なチェスボード上で、ルネサンス風のファッションに身に包んで行われる。衣装だけではなくナイトは本物の馬に騎乗し白番は白馬に黒番は黒馬、クイーンは女性、キングは玉座に座るなど観光客を呼び込むため見た目を重視したイベントもある。
多くの人間チェスでは、盤面での動きは殺陣の訓練を受けた俳優が行なうこともあり、殺陣の動きによって駒が取るか取られるかを表現する。あるいは、駒同士が争う様子を創造的アナクロニズム協会の使っている格闘のルールに似た方法で表現する場合もある。また取られた側は単に退場するのではなく決められた演技を行ったり、担架に乗せられるなど趣向を凝らしイベントもある。
イタリアのベネチア近郊にあるマロースティカでは、1923年より2年に1回、9月第2週に衣装を身につけ騎馬まで盤上に登る人間チェスが開催されている。これは「1454年、1人の女性をめぐって恋に落ちた2人の男性が、どちらが恋人になるかを決めるために対戦した」という創作をベースにしており、地元の観光資源となっている。
アニメコンベンション
アニメコンベンションにおいては、アニメ等のキャラクターに扮した(コスプレ)人間チェスが行われることがある。
アメリカのフロリダ州・タンパで開催されるアニメコンベンションのメトロコンで、2004年に行われたのが、この種のイベントの最初である[要出典]。ここでは、殺陣は指令されて行われていた。
それ以来、ボストンで開催されるアニメボストンの『Cosplay Games』[1]や、オーストラリアのメルボルンで開催されるマニフェストなど、他のアニメコンベンションでもチェスの駒の代わりにアニメやテレビゲームのキャラクターに扮したコスプレ人間チェスを始めるようになった。いくつかのコスプレ人間チェスでは、正義対悪者、少年対少女、オカルト対科学などのテーマに沿って行われている。
ギャラリー
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クイーンは女性、ルークは張りぼて、ナイトは白馬と黒馬が用意されている(1962年、マリボル)
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取られた駒役が担架で運ばれている(1962年、マリボル)
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駒を取る際のパフォーマンス(2010年、サンタクララ郡)
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ボディペインティングのイベント(2015年、ケルンテン州)
脚注
関連項目
- 世にも奇妙な物語 映画の特別編#チェス - 2000年の邦画。オムニバス内の「チェス」において、人間チェスが題材。
- 人間将棋 - 山形県天童市で行われているイベント。人間チェスとの縁で、1989年に天童市とマロースティカ市は姉妹都市の提携を結んだ。
外部リンク
人間チェス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/07 09:43 UTC 版)
偶数年の9月第二週の週末(第二金曜日から3日間)、歴史的な装束に身を包んだ人間がチェスの駒を演じる人間チェスのゲームが行われることで知られている。550人以上の参加者が歴史的な衣装を着用し、花火なども打ち上げられて盛大に行われるイベントである。なお、チェスの駒を動かす際の指示は、いにしえの「最も高貴な共和国ヴェネツィア」の言語(ヴェネト語)で行われる。会場となるカステッロ・インフェリオーレ(castello inferiore)前のカステッロ広場(piazza Castello)にはチェスボードの市松模様がタイルで作られており、チェス広場 (piazza degli scacchi)とも呼ばれる。 人間チェスは「1454年に行われた対戦に由来する」と由緒づけられて説明される。しかし、後述の通りこれは史実ではなく、20世紀に始まった行事である。 マロースティカの「コスチュームを着た人間が駒を演じるチェス」は、第一次世界大戦後の1923年、地元のチェスクラブのメンバーが街の広場で行ったことに始まるが、当初はシンプルなものであった。 第二次世界大戦後、喜劇作家 Mirko Vucetich は、マロースティカの城主の娘リオノーラに求婚する2人の若い貴族の物語を書いた。 マロースティカがヴェネツィア共和国の土地であった1454年、マロースティカの城主 Taddeo Parisio の美貌の娘リオノーラに、2人の年若い貴族、Rinaldo D'Angarano と Vieri da Vallonara が求婚した。求婚者のどちらかが死ぬことも、二人が敵どうしとなることも望まなかった城主は決闘を禁じ、チェスによる勝負を行わせることにした。勝者にリオノーラとの結婚を認め、敗者にリオノーラの妹との結婚を認めることで、どちらが勝っても2人とは縁続きになる。対局はカステッロ・インフェリオーレの前の広場で行われ、鎧を着こんだ従者たちが駒を演じた。城主はまた、この対局を音楽や踊り、花火で盛大なものにすることを命じた。 1954年、この物語の筋書きに沿い、イベントとしての「人間チェス」が初めて行われた。このイベントは成功を収め、世界のメディアにも広く報じられた。1958年にはブリュッセル万国博覧会でイタリアの歴史と文化を表現するパフォーマンスとして演じられている。以後、マロースティカの人間チェスは世界のいくつかの都市に出張している。
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