人口流入の経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/18 00:37 UTC 版)
「アメリカ合衆国の人種構成と使用言語」の記事における「人口流入の経緯」の解説
アメリカ大陸へは数万年前に人類が到達した。15世紀には北米では東海岸から西海岸まで全土にわたって先住民が居住していた。コロンブス到着以前の北米の人口の推定には困難を伴い、200万人、700万人、1800万人などの大きな幅の推定がある。 16世紀に入りヨーロッパ各国からのアメリカへの入植が始まり、同時に持ち込まれた疫病や入植者との闘争の中で先住民の数は激減した。詳細はアメリカ先住民の人口の推移(英語版)およびヨーロッパ諸国によるアメリカ大陸の植民地化#疫病の蔓延と人口減少を参照。 1775年の米国独立前の東部13州の人口は240万人と推定されている。1776年の米国の東部13州独立時点では領土は現在の1割程で人口は300万人弱であった。人口の内訳は白人の85%がイギリス、アイルランド、スコットランドおよびウェールズ出身で、その他ドイツ系9%、オランダ系4%などであった。黒人奴隷もすでに21万人ほどが連行されていた。 その後中部、南部、西部へと領土を拡大し、アラスカ、ハワイを除く現在の領土になったのは1853年で人口は約2300万人となっていた。その間移民も増加し、1660年から1849年の間に累計300万人、19世紀末までに2000万人、20世紀末までに累計6600万人の移民があった。なおこの数値に領土獲得に伴う新領土の住民は移民としては扱われておらず、旧フランス、スペイン、メキシコ領のヨーロッパやアフリカ起源の住民は人口増として現れているだけである。 詳細は「 アメリカ合衆国への移民の歴史(英語版)」を参照 黒人奴隷貿易(16-18世紀)。 アメリカ先住民の民族浄化。 19世紀 (人口が530万人から762万人へ、国土が約3倍になる。) 1803年、フランスからルイジアナ購入、領土が約2倍になる。 1819年、スペインからフロリダ購入。 1840年代のジャガイモ飢饉により、アイルランドから移民が流入した。 米墨戦争(1846-48年)の結果ニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニア、ネバダ、ユタなどをメキシコから割譲された。 カリフォルニア・ゴールドラッシュ(1848 - 55年)により、ラテンアメリカ、ヨーロッパ、中国などから移民が流入した。 1850年代にヨーロッパ各国(イタリア、ギリシャなど)からの移民が急増した。 1867年に ロシアからアラスカ購入。 18世紀後半にドイツから約450万人の移民が流入した。 ハワイ(1898年)その他の太平洋諸島、プエルトリコを併合した。 米西戦争(1898年)により、フィリピンを支配した。 19世紀末に日本からの移民が始まる。 20世紀 (人口は7620万人から2億8100万人へ) 第2次世界大戦後、主に敗戦国から移民が流入した。また、ソビエト社会主義共和国連邦の影響下に入った東欧諸国からの移民も増加した。 支配下、または影響下にあったフィリピン、韓国、ベトナムなどアジアからの移民、キューバからの難民が流入した。 20世紀後半からは、中南米諸国(主にメキシコ)から移民が増加している。
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