ベルナール・シャトレ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/29 17:38 UTC 版)
ベルナール・シャトレ(Bernard Châtelet、1760年 - 1804年)は、池田理代子の漫画『ベルサイユのばら』及び『栄光のナポレオン-エロイカ』に登場する架空の人物。実在の人物カミーユ・デムーランがモデル。
人物
普段はル・ヴュー・コルドリエ紙の新聞記者。貴族を憎み、「黒い騎士」として貴族から盗みを働く。その際にアンドレの左目を失明させてしまう。
オスカルに捕らえられたが、平民の実態を知ったオスカルは、ロザリーを託して町へとベルナールを帰す。
アニメではロザリーはジャルジェ邸には戻らなかったため、静養先として彼女の家に向かい、ロザリーが養母を亡くした時のこともあって次第に惹かれ合うという設定に変更された。また、エピローグでは、アランを見舞ってしばらくして、ロベスピエールとサンジュストとの政権争いに敗れて処刑されたことがナレーションによって告げられた(モデルの記者の顛末)。
生い立ちによる王侯貴族に対する闇雲な憎悪と「王侯貴族は悪」という価値観を持ち続け、「首飾り事件」でも、裁かれるべきは真相や物事の善悪よりもアントワネットの悪事だと信じる人間の1人であった。冤罪事件によるアンギアン公暗殺(ナポレオンが皇帝に就く直前にフーシェとタレイランによって濡れ衣を着せられ裁判を受けられずに処刑された)も、ただ共和国にとって危険度の低い貴族が死んだという認識だったので、これを気の毒がるロザリーを不思議がった。
1804年にナポレオンを暗殺しようとするが、逆にアランと共に落命する。
ベルナール・シャトレ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 14:08 UTC 版)
「栄光のナポレオン-エロイカ」の記事における「ベルナール・シャトレ」の解説
パリ在住のジャーナリスト。新聞「エテルニテ」の記事を書いて発行している。妻子ある貴族の庶子だが、幼い頃に家を追われた貧しい商家の娘である妾の母親が河に身を投げた際に道連れにされかけたため、王侯貴族への憎しみは未だに強く根を張っている。無実の罪で処刑されたアンギアン公の死に対し、事件の真相と物事の善悪ではなく「王侯貴族は悪」という生い立ちゆえの憎悪で共和国にとって危険度の低い存在が消えたという認識しか持てなかった。『ベルサイユのばら』ではロベスピエールの直弟子として、義賊「黒い騎士」としての活動や革命運動を展開していた。筋金入りのジャコバン派指導者。王妃マリー・アントワネットの処刑が迫る中でコンシェルジュリー牢獄に妻を王妃の世話役で送り込むなど一定の影響力を有していたが、本格化した恐怖政治時代にどの立場を有していたかは不明。ただフーシェからは硬骨のジャーナリストとして警戒され、一目置かれる存在ではあった。妻子の愛に支えられ、その後の反動を生き抜く。総裁政府の腐敗にも厳しい批判を向ける。しかし、ロザリーのお願いに抗えぬ愛妻家が仇となり、王党派でありながらフーシェのスパイを演じたカトリーヌにより情報がフーシェに筒抜けになり、幾度となく深刻な妨害を受ける。一時、共和制の守護者としてナポレオンに期待、『ブリュメール』では重要な役割を果たし、タレイランからは官房長官の地位すら打診される。しかし、議会を武力弾圧したナポレオンに失望し、官房長官の地位を蹴ることとなる。アランのナポレオン暗殺計画に加担、ロザリーとフランソワをスウェーデンに亡命させ、ナポレオン暗殺に失敗した親友を見捨てず、共に銃弾に倒れた。
※この「ベルナール・シャトレ」の解説は、「栄光のナポレオン-エロイカ」の解説の一部です。
「ベルナール・シャトレ」を含む「栄光のナポレオン-エロイカ」の記事については、「栄光のナポレオン-エロイカ」の概要を参照ください。
- ベルナールシャトレのページへのリンク