ドゥカーレ宮殿とは? わかりやすく解説

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ドゥカーレ‐きゅうでん【ドゥカーレ宮殿】

読み方:どぅかーれきゅうでん

Palazzo Ducale

[一]イタリア北東部ベネト州都市ベネチアにある宮殿8世紀創建14世紀から16世紀にかけて改築されゴシック様式回廊囲まれ現在の姿になったベネチア共和国時代総督居館行政庁、および裁判所置かれた。大会議の間はティントレットベロネーゼをはじめベネチア派絵画飾られている。パラッツォドゥカーレ

[二]イタリア中部マルケ州都市ウルビーノにあるルネサンス様式宮殿12世紀よりウルビーノ治めていたモンテフェルトロ家宮殿として、15世紀半ばウルビーノ公フェデリコ=ダ=モンテフェルトロにより建造された。多く芸術家人文主義者貴族たちが訪れルネサンス期宮廷文化舞台になったことで知られる。現在はラファエロピエロ=デラ=フランチェスカティツィアーノらのルネサンス絵画所蔵する国立マルケ美術館になっている

[三]イタリア北部ロンバルディア州都市マントバにある宮殿16世紀マントバゴンザーガ家により建造宮殿、サンジョルジョ城、サンタバルバラ教会など、複数建物構成され合わせて500近く部屋がある。城内結婚の間にはマンテーニャ作のフレスコ画があることで知られる

[四]イタリア北東部エミリアロマーニャ州都市モデナにあるバロック様式宮殿13世紀から14世紀にかけて建てられエステ家の城に起源する。17世紀モデナ公フランチェスコ1世により古い城を囲むように宮殿建設始まり2世紀わたって工事続けられた。現在は陸軍士官学校として使われている。

ドゥカーレ宮殿の画像
ドゥッカーレ宮殿(1)撮影Luca Aless https://goo.gl/pTkW8Y

ドゥカーレ宮殿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/15 03:00 UTC 版)

ドゥカーレ宮殿(ドゥカーレきゅうでん、イタリア語: Palazzo Ducale英語: Doge's Palace)は、イタリア語で、総督や○○公の宮殿のこと。英語からの訳で「ドージェ宮」と呼ばれることもある。

本記事においては、ヴェネツィアに所在するものについて記述する。


ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿

ドゥカーレ宮殿(ドゥカーレきゅうでん)は、ヴェネツィア共和国の総督邸兼政庁であった建造物。ドージェ(総督)の公邸であった。サン・マルコ大聖堂に隣接した敷地に建つこのドゥカーレ宮殿は住宅、行政府、立法府、司法府、刑務所という複合機能をもった建物とされていた。中庭の北側面はサン・マルコ聖堂の外壁と接するようになっている(ヴェネツィア共和国が健在であった頃のサン・マルコ聖堂は「ドージェの礼拝堂」とされており、ヴェネツィア大司教の司教座教会(ドゥオーモ)ではなかった。サン・マルコ聖堂がヴェネツィア大司教の司教座教会となったのは、ヴェネツィア共和国滅亡後の1807年である)。

8世紀に創建され、12世紀まで宮殿として使われていた痕跡が残っている。1340年、ピエトロ・バセッジオ(1354頃没)とフィリッポ・カレンダリオ(1315〜1355)のデザイン指揮の下で海に面した南側壁面から始められ、そして1424年からは狭い広場に面した西側の壁面へと継続された。聖堂と宮殿の間にはめ込まれた精緻な造形の主門(布告門)は建築家ジョバン・ボン(1355〜1443)とその息子ボルトロメオ(1400頃〜1464)によって1442年に作られたもの。そこにはフランチェスコ・フォスカリ総監と思われる彫像、不屈の精神、自制といった、聖堂のファサードで見られるような主題の彫刻が設置されている。1536年以降には投票の間の特徴的なバルコニーが西側の柱廊の上に追加された。この柱廊は1574年と1577年の火災後および19世紀の火災後に修復されている[1]。14世紀(1309年) - 16世紀にかけて現在の形に改修された。サン・マルコ広場に面して建造され、運河を隔てて対岸の牢獄跡と、ため息橋で結ばれている。外観はゴシック風のアーチが連続し、イスラム建築の影響も見られる細やかな装飾が施されている。

現在内部は、ヴェネツィア市民美術館財団(MUVE)の運営する美術館の一つとして公開されている。

ギャラリー

内装

絵画

関連文献

  • Romanelli, Giandomenico, Romano, Eileen., ed., The Doge's Palace in Venice (first ed.), Skira, ISBN 978-88-572-0937-1 

注釈

  1. ^ 参考文献:『世界歴史建築大図鑑』「世界の遺跡と名建築」

外部リンク

  • Palazzo Ducale(イタリア語)(英語) - 公式サイト(MUVE内)。

ドゥカーレ宮殿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/08 12:41 UTC 版)

ヴェネツィアとその潟」の記事における「ドゥカーレ宮殿」の解説

詳細は「ドゥカーレ宮殿」を参照 ヴェネツィア共和国時代総督公邸として使われていた。もともとは要塞であった。しかし火災での炎上などにより何度も改装され15世紀頃に現在の白のピンクタイル印象的なゴシック建築となった内部には歴代ヴェネツィア総督肖像画など沢山の絵画飾られている。特に2階の大評議室にあるティントレット油絵天国』、ベロネーゼの『ヴェネツィア礼賛』は有名である。 ドゥカーレ宮殿の裁判所監獄を結ぶは、ため息の橋呼ばれている。

※この「ドゥカーレ宮殿」の解説は、「ヴェネツィアとその潟」の解説の一部です。
「ドゥカーレ宮殿」を含む「ヴェネツィアとその潟」の記事については、「ヴェネツィアとその潟」の概要を参照ください。

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