14世紀から16世紀
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/21 09:30 UTC 版)
「ヴァンドーム」の記事における「14世紀から16世紀」の解説
1371年、ヴァンドーム伯ブシャール7世と娘ジャンヌ・ド・ヴァンドームの死後、2人の妹であるカトリーヌ・ド・ヴァンドームが伯領を継承した。彼女はラ・マルシュ伯ジャン1世・ド・ブルボンの夫人であったため、以後2人の子孫の家名はブルボン=ヴァンドーム家となった。この家系は1515年から公爵となった。ヴァンドーム伯フランソワの未亡人マリー・ド・リュクサンブールは、半世紀もの間後援家の役割を担った。彼女はサン=ジャック礼拝堂、サン=ジョルジュ門、城の参事会管理教会の美化や、サン=マルタン教会の再建を取り仕切った。 1548年10月、ジャンヌ・ダルブレと第2代ヴァンドーム公アントワーヌが結婚した。カトリックの優勢なヴァンドームに、短期間ユグノーが滞在した。1562年、ユグノーがサン=ジョルジュ教会を汚し略奪した。1793年には、城の心臓部にあるブルボン=ヴァンドーム家の真のネクロポリスが略奪に遭い、現在は廃墟となっている。アンリ4世は城の包囲へ向かい、1589年にヴァンドームはカトリック同盟軍に降伏した。 1623年、ヴァンドーム公セザール・ド・ブルボンはオラトリオ会の神学校をつくった。これが現在のリセー・ロンサールである。
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