カトリック同盟
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カトリック同盟(カトリックどうめい)とは歴史用語でカトリック教徒の国家あるいはカトリック教会が中心となって結成した同盟のことである。かつて日本の歴史用語でカトリックに「旧教」の訳語をあてたことがあることから「旧教同盟」とも呼ばれる。以下のようなものがある。
- カトリック同盟 (フランス) - 16世紀のユグノー戦争期、カトリック諸侯が結成した同盟。
- カトリック同盟 (ドイツ) - 17世紀の三十年戦争時、ドイツのカトリック諸州が結成した同盟。
- カトリック同盟 (アメリカ合衆国) - 20世紀に創設されたアメリカ合衆国のカトリック信徒団体。
- アイルランド・カトリック同盟 - 清教徒革命時のアイルランドで自治を行った機構。
以下の神聖同盟もカトリック同盟と同義であるため、カトリック同盟の訳語があてられることがある。
- 神聖同盟 (イタリア) - イタリア戦争時に教皇国を中心に結成された同盟。
- 神聖同盟 (地中海) - 16世紀にオスマン帝国に対して結成され、レパントの海戦で勝利を収めた同盟。
- 神聖同盟 (対オスマン帝国) - 17世紀にオスマン帝国(第2次ウィーン包囲)に対して結成されたヨーロッパ諸国の同盟。
カトリック同盟
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「カトリーヌ・ド・メディシス」の記事における「カトリック同盟」の解説
多くのカトリックが、ユグノーと宥和しようとするカトリーヌの企てに唖然とした。ボーリュー勅令以降、彼らは自らの信仰を守るために地域同盟を結成し始める。王位継承者であったフランソワの1584年の死は、ギーズ公のカトリック同盟首領就任を促させた。彼はナバラ王アンリの王位継承を阻止して代わりに、カトリックであるアンリの叔父ブルボン枢機卿を王位継承者とするべく画策する。この目的のためにギーズ公は多数のカトリック諸侯、貴族そして高位聖職者を募り、スペインとジョアンヴィル条約(英語版)を締結して「異端」との戦争を準備した。アンリ3世は同盟との戦争に突入せざる得なくなった。カトリーヌは「平和は棒切れで運ばれる」 (bâton porte paix) と評した。彼女は国王に「お気をつけなさい。特にあなたの臣下たちを。恐怖で死んでしまいそうなほどあまりにも多くの裏切り者がいます」と書き送っている。 アンリ3世にはそれぞれが自身よりも強力な軍隊を有するカトリックおよびユグノー双方と同時に戦うことはできなかった。1585年7月7日に締結されたヌムール勅令(英語版)で、アンリ3世はカトリック同盟の全ての要求を受け入れさせられた上に同盟の兵士たちの給与まで支払っている。王室は国家を統制する力を失い、スペインの侵攻に直面したイングランドを助ける立場にもなかった。スペイン大使はフェリペ2世に「膿は破裂する寸前です」と語っている。 1587年、プロテスタントに対するカトリックの激しい反発は、ヨーロッパをまたがる軍事行動となった。2月18日のイングランド女王エリザベス1世による元スコットランド女王メアリーの処刑はカトリック世界を激怒させた。フェリペ2世はイングランド侵攻を準備する。無敵艦隊の港を確保するためにカトリック同盟は北フランスの大部分を支配した。
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