スティール:2009-13年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/10 05:50 UTC 版)
「ニューヨーク・シティ・オペラ」の記事における「スティール:2009-13年」の解説
2009年1月、同社はジョージ・スティール(英語版)を総支配人(general manager) 兼美術監督に任命し、2009年2月1日に体制を発足すると発表した。ニューヨークタイムズ紙は当時「多くの人が(NYCOを)国内で2番目に重要なハウス(オペラ劇場)だと考えている」と報じた。 2009年1月に、スティールが会社の方針転換を試みるためオペラの舵取りを依頼された時、同社は一連の財政的経営的打撃を受けていた。数百万ドルという赤字の10年、2008-09年の「ダーク」シーズン(すなわち、上演したオペラ公演のない時期)、巨額の累積赤字を完済するための会社基金の枯渇、2008年の市場崩壊、役員会による予算およびシーズン規模の大幅削減、主導者のいない長期間の後に総支配人になる予定だったジェラール・モルティエの突然の辞任(その前の最高責任者ポール・ケロッグは2007年に辞任)。 スティールのもと2009-2010年のシーズン中に、この会社はアメリカのオペラからの抜粋で構成した「American Voices」と呼ばれる夜開催のプログラムに戻った。このシーズンには、ヒューゴー・ワイズガルの『エステル(英語版) 』の復活上演や、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の新作も含まれていた。2010年3月に開催した春のシーズンには、マーク・ラモス(英語版)が監督するエマニュエル・シャブリエの『エトワール(英語版)』と、アンドリュー・チョーンが監督するヘンデルの『パルテノペ(英語版)』(オリジナル制作はフランシスコ・ネグリン(英語版)が監督したもの)が含まれていた。また同社は、ションバーグ黒人文化研究センターおよびオペラ・ノワール・オブ・ニューヨーク(英語版)との共同作業で、「Opera at the Schomburg」「A Tribute to Robert McFerrin」 「X, The Life and Times of Malcolm X」を含め、アフリカ系アメリカ人の歴史におけるオペラの役割に光を当て続けた。2010年4月、NYCOの「Vox, 現代オペラ・ラボ」は、ニューヨーク大学にて新興作曲家および定評ある作曲家の新作を特集した。 2010-11年シーズンには、クリストファー・オルデン(英語版)が監督したレナード・バーンスタインの『静かな場所(英語版)』の新作が含まれていた。ほか レオン・メジャー(英語版)が監督したリヒャルト・シュトラウスの『インテルメッツォ』、そしてジョン・ゾーンの『La Machine de l'être』、アルノルト・シェーンベルクの『期待』、そしてモートン・フェルドマンの『~でもなく(英語版)』という3つの単独1幕作品からなる『モノドラマ』と題された新作もあった。ブロードウェイミュージカルのベテラン作曲家ステファン・シュワルツ(英語版)による最初のオペラ『雨の午後の降霊祭 (オペラ)(英語版)』の米国初公演も上演された。 さらに、同社は以下のような幾つかのコンサート公演を行った。「クリスティン・ブルーワー(英語版)との夕べ」「Lucky To Be Me:レナード・バーンスタインの音楽、ジョン・ゾーン&仲間と共に」、モーリス・センダック台本によるオリヴァー・ナッセンの『かいじゅうたちのいるところ』の家族オペラコンサート、そして「Defying Gravity:ステファン・シュワルツの音楽、クリスティン・チェノウェスとラウル・エスパルザ(英語版)と共に」。2011年5月、同社はリンカーン・センターを離れて経費を節約し、今後のシーズンを市内の様々な会場で行うと発表した。 ビジネス面で、このオペラ劇団はスティールの任期の下で途方もない変化を遂げ、彼の任期中は予算のバランスが取れて、会社の寿命を延ばした。これらの変化は、ここ10年以上における初めての均衡予算(英語版)となり、2011-12年の完売シーズンに繋がるものとなった。 会社を救うためにスティールが苦心して採用した一部の措置は論争を引き起こした、こじれたものの最終的に成立したオーケストラと歌手を代表する労働組合との契約交渉やオペラ劇団がリンカーン・センターから離脱したこと等だが、それは財政的な必要性からのものであった。会社は10年以上にわたってリンカーン・センターを去る案を公に討議していたが、さもなくばオペラ劇団を閉鎖せざるを得ないという経済的現実による同社の最終的な出発には、賞賛と懐疑的意見との賛否両論が起こった。芸術的な成功、資金調達の記録、そして会社のビジネスモデルへの劇的な変化にもかかわらず、最終的にこのオペラ劇団は経営破綻へと転落した。
※この「スティール:2009-13年」の解説は、「ニューヨーク・シティ・オペラ」の解説の一部です。
「スティール:2009-13年」を含む「ニューヨーク・シティ・オペラ」の記事については、「ニューヨーク・シティ・オペラ」の概要を参照ください。
- スティール:2009-13年のページへのリンク