スタジオ・アウトテイク(1962年 - 1970年)
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「ビートルズの海賊盤」の記事における「スタジオ・アウトテイク(1962年 - 1970年)」の解説
ビートルズのスタジオ・アウトテイクも数多くが海賊盤になっており、アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』のセッションのように1つのセッション全体のテープから、断片的なセッションの一部、別ミックスやアセテート盤の音源まで、幅広い範囲のものが流通している。海賊盤に収録された最初のスタジオ・アウトテイクは、1972年に発売された『ホワイト・アルバム』セッションからの未発表曲「ホワッツ・ザ・ニュー・メリー・ジェーン」である。これはジョン・レノンが友人に譲ったアセテート盤が海賊盤業者に渡り、音源と成なっていた。1977年には「アイ・アム・ザ・ウォルラス」と「フール・オン・ザ・ヒル」のラフミックスが海賊盤として発売された。これはラジオ・ルクセンブルク(英語版)で放送されたアセテート盤を音源としている。 ビートルズと契約が切れた1976年以降、EMIは将来の発表に備えて未発表音源の整理を開始したが、その際にEMI内部で編集した未発表曲入りのカセットが流出し、これが海賊盤の音源となった。収録されていたのは「リーヴ・マイ・キトゥン・アローン」(カバー曲)、「ワン・アフター・909」(1963年録音のヴァージョン)、「イフ・ユーヴ・ガット・トラブル」、「クリスマス・タイム」、「ザット・ミーンズ・ア・ロット」、「カム・アンド・ゲット・イット」、「ディグ・ア・ポニー」(未編集ヴァージョン)、「ゲット・バック・セッション」からのメドレー2つ「リップ・イット・アップ/Shake, Rattle and Roll」、「Not Fade Away/Bo Diddley」である。 1981年にEMIのエンジニア、ジョン・バレット(John Barrett)は、ビートルズが7年もの間に遺したテープ素材の完全な収集と分類を任ぜられた。この作業は2つの企画のためであった。1つはアビー・ロード・スタジオで一般公開の下行われた、音と映像のプレゼンテーション「The Beatles Live at Abbey Road」(1983年7月18日開始)、そしてもう1つはアウトテイクを集めたアルバム『Sessions』であった。『Sessions』には、それまで海賊盤として出回っていたカセットに収録されていた曲に加え、「ノット・ギルティ」、「ホワッツ・ザ・ニュー・メリー・ジェーン」、「ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ・イット」、「ベサメ・ムーチョ」、「Mailman, Bring Me No More Blues」、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」(デモ)、そして「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」と「君はいずこへ」の別テイクが収録される予定であった。アルバムの発表は1985年に計画されていたが、その後ビートルズのメンバー拒否により発表は見送られた。アビー・ロード・スタジオでのプレゼンを参観者が盗み録りしたものや、流出した『Sessions』の促販用アセテート盤、おそらく企画準備の段階で流出したテープのコピーが海賊盤業者の手に渡り、『Ultra Rare Trax』や『Unsurpassed Masters』といった海賊盤CDにこれらの楽曲が収録された。これらの楽曲のほとんどは1995年と1996年に、『ザ・ビートルズ・アンソロジー』に収録、公式に発表された。 スタジオ・アウトテイクの新発見は現在も続いている。2009年2月には、「レボリューション」のテイク20のセッション・テープの10分46秒の完全版が、海賊盤CD『Revolution: Take... Your Knickers Off!』に収録、発表された。これは記念碑的レコーディングと称されているもので、5分にも及びフェード・アウトに続き、最後にレノンとオノ・ヨーコの会話が収録されている。
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