ウンマ(イスラーム共同体)の歴史とジハード
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「ジハード」の記事における「ウンマ(イスラーム共同体)の歴史とジハード」の解説
イスラームとならび「世界宗教」と称される仏教・キリスト教と比較した際の、イスラーム教の極だった特徴としては、政教一体の宗教共同体の存在があげられる。この宗教は、単なる個人的・内面的な信仰体系というにとどまらず、むしろひとつの確固たる共同体そのもの、ないし共同体的生活の全体なのであり、また、それを支える固有の法律、政府、社会制度を内的に規定しているのである。そして、預言者としてムスリムを指導したムハンマドは、ユダヤ教やキリスト教の預言者や宗教指導者にもまして、「神の道」にもとづく理想の国ウンマを建設しようという情熱と意欲に満ちあふれていた。 「ジャーヒリーヤ時代」(無知の時代、無明の時代)すなわちイスラーム成立以前のアラビア半島では、それぞれの部族は、血縁にもとづく連帯意識の強弱が各部族の命運を左右しており、人間の欲望にもとづく闘争(キタール)が繰り広げられていた。しかし、それはきびしい砂漠気候のなかでは自殺行為であった。イスラームは、この連帯意識を血族意識を基本としたものから「アッラーへの絶対帰依」という超血族意識を根幹としたものへと変革させたのであり、その変革の試みが成功したために世界宗教として歴史の表舞台に登場したということができる。血族的でない連帯意識を支えた「信仰生活」そのものは、血族意識にくらべればきわめて曖昧なものであり、それゆえ、唯一神アッラーから「六信五行」というシステムを平等に受け、日月や時間さえも同一にして、見えるかたちでの連帯意識・同胞意識の醸成を毎日はかることとしたのである。ジハードとは、こうして形成された宗教共同体を守ろうとする実践的な営為なのである。 イスラーム共同体の歴史は、それゆえ、ムハンマドの時代から現代にいたるまで、『クルアーン』のジハードに関する教えをその枠組みとして見てゆくことができる。『クルアーン』第49章「部屋の章」15節 には、 本当に信者とは、一途にアッラーとその使徒を信じる者たちで、疑いを持つことなく、アッラーの道のために、財産と生命とを捧げて奮闘努力する者である。これらの者こそ真の信者である。 とあり、「ジハード」とはしたがって、ムスリムのあるべき姿を述べた、イスラームの代表的な言葉でもある。 『クルアーン』におけるジハードの教えは、ムスリムの人びとの自己認識、そして、唯一神アッラーを敬う心、共同体の動員・拡大・防衛などの諸点において、根本的に重要なものである。それは、ひとりの人間として善き人生を送ることは決して容易なことではなく、また、決して単純なことでもないという認識や思念に関わってくるからである。「神の道」にかなうような、道徳的で高潔な人となるためには、自らの内面に潜む悪と戦い、善行によって社会の改善に資するよう、真剣に奮闘努力しなければならない。 それにまた、ジハードは、その人の置かれた環境によっては、不正や抑圧に対する戦いという意味をもつこととなり、宣教と説得によって、また場合によっては、必要に応じては武器をとり、「聖なる戦い」を繰り広げることによって正しい社会をつくらなければならないという考えと結びつくのである。
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