ただし書き操作 (ただしがきそうさ)
特例操作
特例操作(とくれいそうさ)は、洪水調節を行うダムにおいて、想定された計画洪水量を超える洪水が発生し、このままではダム水位がサーチャージ水位(洪水時にダムが洪水調節をして貯留する際の最高水位)を越えると予想されるときに行われるダム操作で、最終的には流入量と同量の放流を行うものである。報道機関等では緊急放流(きんきゅうほうりゅう)と呼ばれることも多い。
元々は、各ダムの操作規則において操作の対象となる条件が通常「ただし、気象、水象その他の状況により特に必要と認める場合」として規定されているため、ただし書き操作(ただしがきそうさ)と呼ばれていたが、2011年(平成23年)に国の通達により呼称が変更されており、従来のただし書き操作(異常洪水時防災操作・特別防災操作)に加え、河川環境の維持のための放流(いわゆる「フラッシュ放流」)を併せて「特例操作」と称することとなった[1]。
また、予備放流・洪水調節等と合わせて「防災操作」(ぼうさいそうさ)と総称される。
操作の手順
特例操作(異常洪水時防災操作)に至る手順の一例を示す。
- 洪水調節を行っている際に、ダム水位が近くサーチャージ水位(洪水時満水位)に到達することが見込まれる状態(一般に、ダム水位がサーチャージ水位の70% - 80%に達し、流入量が放流量を上回りつづけている状態)になったことを確認する。
- 関係機関(自治体や水防団、ダム下流で渡河する路線を有する鉄道会社など)および住民に、特例操作を行う可能性があることを予告する。
- ダム管理事務所から管理者(都道府県営ダムであれば都道府県知事(実際には土木・防災部門を所管する部局の長))に対し、特例操作を行ってよいかどうかの伺いを行い、管理者の承認を得る。
- 関係機関および住民に、ダム水位が特例操作開始水位(洪水調節容量の8割程度に相当する水位)に到達した際には特例操作を開始する旨の通知を行う。
- 特例操作に移行する。放流量を洪水調節時の放流量から、流入量を上回らない量まで次第に増加させ(ダム水位はサーチャージ水位近くまで上昇する)、以後は流入量と同量の放流量を保つ。(特例操作開始水位まで到達しなければ、特例操作に移行しない場合もある)
- 流入量が下がりはじめ、流入量(=放流量)が洪水調節時の放流量にまで下がったら、洪水調節後におけるダム水位の低下の操作に準じた放流に移行する。(特例操作終了)
課題
異常洪水時防災操作等による水位の急激な上昇を回避するため、異常洪水時防災操作等に移行する前の放流による回避が考えられるが、次のような課題がある[2]。
- 下流河川の流下能力による制約
- ダムの放流能力による制約
また、気象予測に基づく防災操作(洪水調節)も考えられるが、次のような課題がある[2]。
- 降雨量・ダム流入量の予測値と実測値の乖離
- 平成30年7月豪雨における野村ダムでは毎時雨量予測が行われたが予測値と実測値の乖離がみられた[2]。
- 早期の異常洪水時防災操作への移行の課題
ゲートレスダムにおける非常用洪水吐からの放流
放流量の調節機能を持たない常用洪水吐を有する自然調節方式による洪水調節を行うゲートレスダム(穴あきダム)においては、放流操作というものが存在しないため、特例操作も発生しない。しかし、想定された計画洪水量を超える洪水が発生し、ダム水位がサーチャージ水位を越えたときは、非常用洪水吐からの放流が始まり、放流量はそれまでの量から流入量と同量まで急激に増加するため、下流住民に対してはゲートダムの特例操作と同様の危険が発生することになる。そのため、関係機関および住民には、非常用洪水吐からの放流の可能性の予告や通知を、特例操作の場合と同様に行う。
特例操作の実例
- 平成25年台風第18号
- 日吉ダム(淀川水系桂川、京都府)で緊急放流を実施した[3]。嵐山や伏見区で氾濫した。
- 平成30年7月豪雨(2018年)
- 野村ダム(肱川水系肱川、愛媛県)と鹿野川ダム(同)は満水に近づき、7月7日午前6時20分に異常洪水時防災操作を行った。放流直前に西予市と大洲市は避難指示を出し、サイレン等による警告も行われたが、西予市野村地区では肱川が氾濫、約650戸が浸水し5人が死亡した。この件について、国土交通省は情報伝達に課題があったことを認め改善する方針を示した[4][5][6]。ダムに対する過信を指摘する報道もある[7]。
- なお、日吉ダムでも異常洪水時防災操作を実施している[8]。止水板を付けたり川底を掘ったりして流量を増やしたおかげか無事だった。
- 令和元年東日本台風(台風19号、2019年)
- 台風の接近と通過に伴い関東地方北部や東北地方・甲信越地方にかけての広い範囲で記録的な豪雨となり、以下のダムで異常洪水時防災操作を実施した。
- また、真野ダム[13]、川治ダム[14][10]、川俣ダム[10]、宮ヶ瀬ダム[15]、二瀬ダム[10]、草木ダム[10]、下久保ダム[10]でも異常洪水時防災操作の予告が行われたが、実際の操作には至らなかった。
- 令和3年8月の大雨(2021年)
- 8月11日から停滞する秋雨前線の影響により線状降水帯が形成されたことで西日本各地で記録的な豪雨を記録し、各所で土砂災害や河川の氾濫が発生[18]。以下のダムで異常洪水時防災操作が行われた。また、この緊急放流により六角川流域の武雄市では越水が確認された[19]。
- また、本部ダム、日ノ峯ダムでも異常洪水時防災操作の予告が行われたが、ダムへの流入量が減ったことで実際の操作には至らなかった。
脚注
- ^ ダム操作に関する用語等の見直しについて(改訂) (PDF) - 平成23年4月1日付国河流第4号 国土交通省河川局河川環境課流水管理室長発通知
- ^ a b c d e f g h i j k “ダムの洪水調節機能に関する現状と課題”. 国土交通省. 2020年7月3日閲覧。
- ^ 『日吉ダム管理開始以来、最大のダム流入量を記録』(PDF)(プレスリリース)水資源機構・国土交通省近畿地方整備局、2013年10月17日 。2019年10月13日閲覧。
- ^ ダム緊急放流、5人死亡 国交省、情報伝達の課題認める 朝日新聞DIGITAL
- ^ 5人死亡のダム放流「天災だが人災」 説明会で住民訴え 朝日新聞DIGITAL
- ^ 南海放送「緊急放流=逃げろ! ―誰が命を奪ったのか―」、2019年5月31日。ルポによれば警報発令から放流実施までわずか1時間半だったという
- ^ 西日本豪雨:ダム過信、避難計画なし 愛媛・肱川、流域の浸水未想定 - 毎日新聞
- ^ “日吉ダムにて、異常洪水時防災操作を実施” (PDF). 水資源機構 (2018年7月6日). 2019年10月13日閲覧。
- ^ a b “台風19号に伴うダムの放流について”. =南相馬市ホームページ (2019年10月12日). 2019年10月12日閲覧。
- ^ a b c d e f g “竜神、高柴ダムでも緊急放流 水位上昇に警戒呼び掛け”. 産経新聞. (2019年10月13日) 2019年10月13日閲覧。
- ^ “【台風19号・気象情報】塩原ダムの緊急放流終了 那須塩原”. 下野新聞. (2019年10月13日) 2019年10月13日閲覧。
- ^ a b “台風、再び首都圏直撃 特別警報12都県”. 日本経済新聞. (2019年10月13日) 2019年10月13日閲覧。
- ^ “台風19号に伴うダムの放流について”. 南相馬市ホームページ (2019年10月13日). 2019年10月12日閲覧。
- ^ 『川治ダムで異常洪水時防災操作に移行する可能性があります』(プレスリリース)国土交通省関東地方整備局、2019年10月12日 。2019年10月13日閲覧。
- ^ 『宮ヶ瀬ダムで異常洪水時防災操作に移行する可能性があります』(プレスリリース)国土交通省関東地方整備局、2019年10月12日 。2019年10月13日閲覧。
- ^ “高の倉ダムが緊急放流 福島・南相馬:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社. 2020年3月5日閲覧。
- ^ “高滝ダムと亀山ダム 緊急放流せず 千葉|日テレNEWS24”. 日テレNEWS24. 日本テレビ. 2020年3月5日閲覧。
- ^ “異例の前線停滞、高気圧の勢力弱く「災害級豪雨」に”. 日本経済新聞 (2021年8月13日). 2021年8月14日閲覧。
- ^ “<大雨>六角川で越水”. 佐賀新聞Live (2021年8月14日). 2021年8月14日閲覧。
- ^ “<大雨>武雄市の矢筈ダム、緊急放流へ”. 佐賀新聞Live (2021年8月14日). 2021年8月14日閲覧。
- ^ “熊本・天草の亀川ダムで未明に緊急放流 大雨で満水”. 西日本新聞 (2021年8月13日). 2021年8月14日閲覧。
- ^ “山口 宇部 厚東川ダムで緊急放流始まる”. NHK (2021年8月14日). 2021年8月14日閲覧。
関連項目
ただし書き操作
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/19 00:56 UTC 版)
二風谷ダムを含め治水機能を持つ多目的ダムや治水ダムは、ダム天端から水があふれる状況になっても決壊しない構造となっている。ただし、ダムから水があふれるような状況は、ダムとして治水機能を維持できない状況に陥っていることを意味しており、ダムが機能することを前提として下流に作られる護岸が破堤するなどの危険性が生じる。こうした事態を防ぐために、ただし書き操作によって、ぎりぎりの段階まで治水機能を維持させる試みが行われる。 このただし書き操作については、原理的にはダムへの流入量と放水量を均衡させる操作であるが、洪水時に行った実際の操作では、最大時毎秒約6,400立方メートルの流入量に対して、放水量は最大時毎秒5,500立方メートルと放水し、計画高水流量を凌駕する洪水をせき止めている。 しかし結果的に10世帯が冠水するなどの被害が生じた。後に冠水の被害を受けた住民が、適切な避難誘導の遅れや樋門閉鎖措置の遅れが被害拡大を招いた人災として、北海道開発局に損害賠償請求をおこなった。2012年、札幌高裁は国に約3200万円の損害賠償を命ずる判決を出した。北海道開発局は上告を断念すると発表し、判決が確定した。なお、このただし書き操作は、北海道内の大規模な治水ダムで、集中豪雨時に行われた初のケースとなった。
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