国鉄115系電車 新造車

国鉄115系電車

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新造車

0番台

0番台
0番台B01編成クハ115-1
基本情報
製造年 1963年 - 1971年
製造数 569両
主要諸元
車両定員 ()内は着席。
クモハ115:120(68)
モハ115・114:128(76)
クハ115:116(64)
サハ115:124(72)
自重 クモハ115: 39.1 t
モハ115: 37.4 t
モハ114: 36.7 t
クハ115 :29.8 t
サハ115: 27.7 t
全高 4,140 mm
車体高 3,654 mm
歯車比 17:82=1:4.82[2]
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1963年1月31日に登場し、1971年(昭和45年)までの8年間にかけて569両[42]が製造された。

宇都宮運転所を皮切りに、新前橋電車区(現・高崎車両センター)・三鷹電車区(現・三鷹車両センター)・小山電車区(現・小山車両センター)へ新製配置された。宇都宮運転所の配置車は1966年7月に開設された小山電車区へ移管された[43]

編成は東北・高崎線向けでは401系と同じく2M2Tの4両編成が基本となり、4両ユニット2本の基本8両編成と付属4両編成による12両編成が組まれた[44]。中央東線向けは富士急行線への乗り入れを考慮して3両編成を基本とし、3両編成2本の間に付随車2両を挟んだ8両編成が組まれており、この関係で新形式のクモハ115形とサハ115形が登場した[45]。1969年には東北・高崎線にサハ115形を含む7両編成が登場し、最大15両編成での運転が開始された[43]

客室窓部は111系同様の上段・下段上昇式で、ユニット窓ではなく四隅に丸め処理を実施した。全車とも当初は冷房装置は搭載せずに落成した[42]。通風器は111系のグローブ型ではなく寒冷地を考慮した押込み式とされ、モハ115形に7個、モハ114形とクハ115形には6個が千鳥配置で設置された[46]

電動発電機は容量20 kVAのMH97-DM61をモハ114形に1基、空気圧縮機 (CP) はMH80A-C1000形をモハ114形に2基搭載する[43]。当時は大容量タイプの空気圧縮機C2000形が開発途上であったことに起因するが、後年にC2000形1基への換装を可能とした設計を採用した[47]

クハ115形は方向転換可能な両渡り構造を採用[28]しており、ジャンパ連結器のKE58形2本は両方向に設置された[43]。111系ではクハ111形のうち空気圧縮機搭載車が300番台となっていたが、115系では空気圧縮機がモハ114形に集約されたため、クハ115形には相当する番台区分がない[43]前照灯は大型の白熱灯で、空気笛には保温ジャケットが設置された[43]。中間組み込み時には助士席側を折りたたみ客室(立席)へ転換可能な構造とされた。クハ115形では47- は雨樋を乗務員室扉上まで延長[42]、99- は最前部通風器が大型で落成した[7]

1966年の中央東線普通列車の一部電車化により中央東線向けの115系が投入されることになったが、富士急行線乗り入れへの対応からクモハ115形を含む3両編成となったほか、8両編成を組むためサハ115形も登場した[48]。狭小トンネル対応のため低屋根車のモハ114形800番台も登場しており、低屋根車は中央東線用の三鷹電車区のほか波動輸送用として小山電車区にも配置された[49]。広域波動輸送に対応する目的から製造されたモハ114-818 - 831・モハ115-94 - 107・クハ115-193 - 216・サハ115-25 - 30は新製時から横軽対策施工車である。

昭和40年度民有車の電動車ユニットモハ115・114-83- は、主制御器内部配線改良を実施したCS15B形に、空気圧縮機をMH113A-C2000M形1基搭載に変更された[47]。昭和41年度第1次債務車のモハ115-94- は、主制御器を継電器無接点化を実施したCS15C形に変更された[50]

昭和43年度本予算車のクハ115-215- ・モハ115-107- ・モハ114-831- は、耐雪性能を向上する設計変更が行われた。主制御器を応荷重装置準備工事ならびに耐雪構造強化を実施したCS15E形に変更、主電動機を耐寒構造強化を実施したMT54B形に変更された[50]。車体は客室引き戸がステンレス化され、客室内ではクロスシート取手の形状が変更された[42]。前面はAW-5形空気笛へ耐雪シャッターが設置され、屋根上に電気機関車と同様のAW-2予備笛を追加した[7][42][50]

昭和45年度第2次債務車のモハ115-127- は、主制御器を限流・減圧継電器などで無接点化したCS15F形に変更された[50]

後に新潟・静岡・岡山・下関の各地区にも転出したために分割民営化時にはJR東日本・JR東海・JR西日本に承継。2015年度までに改造車以外は廃車された。

モハ115-1
モハ114-1
  • クモハ115-1 - 17
  • モハ115-1 - 135
  • モハ114-1 - 121
  • クハ115-1 - 228
  • サハ115-1 - 37

モハ114形800番台

上:モハ114-827
中:車端低屋根部
下:モハ114-831

狭小断面トンネルが存在する中央本線高尾以西では、レール面からのパンタグラフ折畳高さが4,000 mmの制約が設けられていた[45]。モハ114形の4,140 mmでは入線が不可能でPS16形パンタグラフの取付部分のみ屋根高さを180 mm下げパンタグラフ折畳高さ3,960 mmとした「低屋根車」として対応させることになり、801-に番台区分[注 3]され汽車製造・日本車輌・川崎車輌で31両が製造された[28]

低屋根部の室内天井には扇風機の代わりに換気扇(ファンデリア)を、低屋根肩部に外気取入用の風道を設置した[20]。他の仕様は同時期に製造された基本番台と同一だが車重が基本番台車に比較すると0.3 t軽い36.4 tとなったほか、本区分とMM'ユニットを組成するクモハ115形・モハ115形は基本番台の続番[注 4]で製造された。

後に折畳高さの低いPS23形パンタグラフが開発されたため、300番台以降では、身延線用2600番台を除き低屋根構造は廃止された。

801-817は三鷹電車区新製配置車で1966年製造。クモハ115形とMM'ユニットを組成して中央東線・篠ノ井線で運用された。801・802は1985年に新前橋区に転出。分割民営化時には805 - 817とともにJR東日本に承継。802は1989年に豊田区に、801は1990年に北長野運転所(現・長野総合車両センター)に再転出となるが、1991年にはともに訓練車モヤ114-1・2へ改造された。1995年に2が、2000年に1が廃車され形式消滅した。

803・804は1985年に沼津機関区(現・沼津運輸区)へ転出。1986年に静岡運転所(現・静岡車両区)へ再転出となり分割民営化時にはJR東海に承継。803は1989年に、804は1991年に廃車となった。

805 - 817は1986年11月に豊田電車区(現・豊田車両センター)に転出。1990年に805が廃車となったが残りの11両は2000年12月に松本電車区(現・松本車両センター)へ再転出。2001年以降は東北本線(宇都宮線)・高崎線へのE231系投入により捻出された300番台・1000番台の松本区転入により伊豆急行へ譲渡された808・810・812・815・817を除き廃車された。

818-831は小山電車区新製配置車で、1967年 - 1968年に製造。広域運用が想定される波動輸送対応名義から低屋根のほか横軽対策も併施された。三鷹配置車と異なる点は東北本線・高崎線系統の運用実態に合わせモハ115形とMM'ユニットを組成した。

818 - 821・824 - 826・828 - 830は1979年に御殿場線72系電車老朽取換用ならびに後の身延線運用[注 5]も考慮した上で沼津機関区へ転出。分割民営化時にはJR東海へ承継。このうち821・824・825は1990年 - 1991年に工程簡素化のため低屋根部分には冷房風道を設置せずファンデリアを残存させた上でC-AU711D形集約分散式冷房装置搭載改造工事を施工され5821・5824・5825に改番した。非冷房車を含め1999年までに全車廃車となった。

831は耐雪性能向上の観点からステンレス製客用扉や手掛け形状などの設計変更[42]が実施された唯一の1968年製造車である。上述したグループとともに1979年に沼津に転出されたが、1986年に岡山電車区へ再転出となりJR西日本へ承継。冷房化改造は未施工のまま1996年に廃車。

小山区に残存した822・823・827は全車国鉄時代に冷房改造を施工されJR東日本に承継。822・823は2002年に廃車。豊田車両センター訓練車編成に組成されていた827も2014年1月28日に廃車となり、区分消滅した[51]

300番台

300番台
300番台M5編成(猿橋駅 - 鳥沢駅
基本情報
製造年 1973年 - 1977年
製造数 488両
主要諸元
車両定員 ()内は着席定員。
クモハ115:118(67)
モハ115・114:128(76)
クハ115:114(63)
サハ115:124(72)
自重 クモハ115: 43.0 t
モハ115: 41.0 t
モハ114:
クハ115: 33.1 t
サハ115: 31.5 t
主電動機 MT54D[52]
制御装置 CS15F[52]
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クハ115-398
拡大された乗務員室
ユニット窓に特徴

1973年(昭和48年)当時の東北・高崎線系統では沿線の宅地化により通勤時間帯の混雑が激しくなり、混雑対策として急行形電車の165系・169系が間合い運用されていたが、2扉デッキ付きのため混雑に拍車がかかった[48]。一方で1970年から113系に試作冷房車が登場し、1972年の113系1000番台で冷房化が確立されたことから、東北・高崎線の輸送力増強と急行形車両による間合い運用の解消用として冷房装置を搭載した115系が増備されることになり、1973年10月に登場したのが115系300番台である[53][54]

300番台は1977年(昭和52年)までの5年間で488両が製造された[55]。小山電車区・新前橋電車区・三鷹電車区に新製配置されたが、1973年3月13日に発生した上尾事件をきっかけに、東北・高崎線の増発用車両が優先的に発注された[56]

当初よりAU75C形集中式冷房装置[52]を搭載し、扇風機を廃止した[3]。冷房電源供給用に自車を含め最大4両に給電可能なMH135-DM92形・160 kVA電動発電機 (MG) (出力:三相交流440 V) と関連機器をモハ114形に搭載した[3]。このため車体中央後位側戸袋窓上部に電動発電機用冷却風取入口を設置した。主電動機はISO規格化や軸受の密封化を行ったMT54D、主抵抗器は改良型のMR52Dが搭載された[57]

製造工数削減と保守省力化のため客室窓の組付け方法を変更し、別製造・後取付の外バメ式ユニット窓に変更された[32]。側窓は上段引掛け上昇式・下段ラッチ上昇式で、下段も幕板に収納した場合、窓が全開となる。車体側面後位寄りに電動行先表示器(方向幕)取付準備工事を施工されたが、この取付部の窓は上段下降式となった[54]。座席はロングシートの奥行きが520 mmから550 mmに拡大され、座り心地の改善が図られた[57]

乗務員室運転士側の空間が拡大され、乗務員室扉前に下降窓を新設した[3]。助士側仕切戸を固定式に変更するとともに、仕切窓も小型化された[3]。運転台機器配置を人間工学に基づいたものに変更した。

1972年(昭和47年)に発生した北陸トンネル火災事故の教訓から、長大トンネル走行時の火災対策を強化する目的でA-A基準に対応させるため、座席(表皮と詰め物)や床表面材などが難燃化された[3]断路器がモハ114形の屋上に設置され、配線ダクト化も図られた[58]

クハ115形は冷房電源用三相引通用KE5形ジャンパ連結器を搭載したため、方向転換を考慮しない片渡り構造となり、奇数番号車は奇数向き、偶数番号車は偶数向きに固定された[3]。前照灯は小型シールドビーム[3]とされたほか、踏切事故時の乗務員の安全確保と車両損傷軽減のため前面部の外板厚さが強化された[54]

低圧制御回路引通用ジャンパ連結器をKE58形2基からKE76形3基に変更[注 6]。KE58・76形は互換性があるため在来車との混結は可能であり、増設された1基は冷房装置ならびに将来搭載される側面電動行先表示器の指令など新たに設置されたサービス機器制御用である。

1975年3月のダイヤ改正で中央東線客車普通列車の全面電車化用として新製投入されることになり、300番台で初となるクモハ115形が登場した[59]。クモハ115形300番台は奇数向き固定であるため、McM'ユニットと編成を組成するクハ115形は偶数向きの偶数番号車446 - 496のみ製造となり、奇数番号車は欠番とされた[60]

中央東線狭小断面トンネル対策は従来の低屋根車ではなく、1973年の中央西線・篠ノ井線電化の際に開発された折畳み高さの低いPS23形パンタグラフの搭載で対応された[59]。モハ114形の低屋根構造が不要となった[9]ため、800番台に相当する番台区分は存在しない[58]。モハ114形のPS23形搭載車のパンタグラフ折り畳み高さは、3,980 mmとなっている[61]。PS23形搭載車は車体側面の車号表記の前に◆マークを付記して識別し、横軽対策施工車での識別マークは◆●と併記される。

  • クモハ115-301 - 326
  • モハ115-301 - 418
  • モハ114-301 - 444
  • クハ115-301 - 443・444 - 496(偶数番号車のみ)
  • サハ115-301 - 330

1000番台

1000番台
1000番台T1043編成(上牧駅 - 後閑駅
基本情報
製造年 1977年 - 1982年
製造数 651両
主要諸元
車両定員 括弧内は着席定員
クモハ115:118(62)
モハ115:132(68)
モハ114:132(68)
クハ115 1001 - 1099:112(62)
クハ115 1101 - 1141:120(72)
クハ115 1142 - :114(65)
サハ115:120(72)
自重 左側は冷房準備車 右側は冷房車
クモハ115: 43.3/44.0 t
モハ115: 40.8/41.6 t
モハ114: 43.0/43.8 t
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雪切室冷却風取入ルーバー
モハ114-1051
PS35形シングルアームパンタグラフ搭載車
モハ114-1067

上越線・信越本線では1972年3月のダイヤ改正より旧性能車の70系80系が運用されていたが、新性能車の115系に置き換えられることとなった[62]。当初は115系300番台の冷房準備車が新製投入される計画であったが、北海道や東北で雪害による車両故障が多発していた背景もあり、積雪の多い地域に向けた耐寒耐雪装備の強化が必要とされた[60]。一方で近郊形電車のクロスシートのピッチ拡大が要望されていたことから、これらの改良を取り入れた区分として、1977年(昭和52年)12月に115系1000番台が登場した[60]

1982年(昭和57年)までの5年間で651両が製造された[63]。仙台地区向けに投入された417系電車と設計思想の統一が図られたほか、1000番台の番台区分は耐寒耐雪性能で実績のある485系1000番台(1976年登場)のイメージを踏襲した[64]。115系300番台をベースに以下の設計変更・改良が行われ[65]、この改良は後に登場する113系2000番台や415系100番台に引き継がれた[58]

車体はクロスシートを座席幅930→1,040 mm、間隔(シートピッチ)1,420→1,490 mm[注 7]とする従来の急行形車両並[注 8]に拡大を行った「シートピッチ改善車」とした。これにともない側出入口間間隔の寸法と窓配置を変更した[65]。本アコモデーションは車内の予備灯は従来の白熱灯から蛍光灯に変更されたほか、客室暖房容量も向上された[66]

車内への雪の侵入を防ぐため、電動車妻面の主電動機冷却風吸入口が廃止され、新たに1・4位側車端部に設置されたルーバー[67]から雪切室を介して取り入れる構造に変更された[65]。雪切室と同時に配電盤などを収めた機器室が対面となる2・3位側車端部に設置されたことから、電動車の車端部は5人掛けのロングシートに変更された[64]

雪切室は車体側面のルーバーから新鮮外気を送り込み、雪切室内部の迷路状の風洞を通して雪を分離し、風洞端部のチリコシを通して主電動機冷却用の空気を供給する[68]。非常時には客室内に併設された吸入口への切り換えが可能となっている[68]

115系300番台ではクハ115形の向きが奇数番号・偶数番号で区分されていたが、1000番台では偶数向き車が1000番台(1001- ・1201- )、奇数向き車が1100番台(1101- )に区分された[69]。当初はクハ115形偶数向き車の100両以上の増備が想定されていなかったが、実際には100両以上が増備されたため、1001 - 1099に続いて1201以降の飛び番号が付与された[70]

登場時は国鉄電車の便洗面所数削減が具体化され、近郊形電車では編成中の片方の制御車とグリーン車にのみ設置する方針とされた[65]。このためクハ115形のトイレは偶数向き1001- にのみ設置され[65]、サハ115形はトイレを廃止した[71]。後にトイレ数削減の方針が見直され、クハ115形は奇数向き車も1142- ではトイレ設置に設計変更された[10][72]

信越地区では電動車ユニット故障時を考慮して電動車比率が高く取られ、クモハ115形+モハ114形ユニットを含む5両編成・3両編成が組成された[68]。クモハを含むユニットは松本運転所(現・松本車両センター)・同北松本支所・長岡運転所(現・長岡車両センター)・新前橋電車区・三鷹電車区(1ユニットのみ)に新製配置された。

冷房車として設計され、中央東線と東北・高崎線、高崎地区の大半、岡山地区では冷房車として投入されたが、寒冷地の長野・新潟地区、および高崎地区の一部車両では「冷房準備工事車」で落成した[65]。冷房車では300番台と同じく集中式のAU75C形が搭載されたが、冷房準備車は113系1000番台の冷房準備車と同じく冷房装置取付部にふさぎ板を取付、車体天井部にも切欠部を化粧板でネジ止めした[65]ほか、在来車では6基だった扇風機・通風器を7基(モハ114形は6基)に増設した[73]

暖房容量が向上したことや冷房改造時の出戻りを防ぐため、電動発電機は冷房車・冷房準備工事車とも新造時から容量160 kVAのMH135-DM92を搭載した[73]。空気圧縮機は183系1000番台や485系1000番台でも採用されたMH113B-C2000M形が搭載された[73]。ジャンパ連結器は冷房電源用KE5(三相)と冷房制御用KE76も設置された[74]

客用扉は半自動ドアの手動開閉が重く開けにくいとの意見があったため、従来のTK8形をベースに軽く手動開閉できるよう改良されたTK8A形ドアエンジンが搭載された[73]。戸締機構の改良により、半自動時の人力による開閉時負担を低減した[65]

乗務員室はユニット運転台方式を取りやめ、車体と一体の骨組みとして対衝撃強化を図った[69]。貫通扉の隙間風を防止するため、415系0'番台で試行された運転室開戸の膨張性シールゴムを使用した[4]。暖房容量も向上されており、冬期に乗務員が電気座布団や電気ストーブを運転室内に持ち込む手間が解消された[70]

乗務員室の運転台側(2位側)の下降小窓がクハ115はクハ115-1013から、クモハ115はクモハ115-1014からユニット化されており、それまでのクハ115-1001〜1012、クモハ115-1001〜1013は300番台と同じ非ユニットの下降小窓となっている。ちなみにクハ115形1000番台とは連結方向が反対向きになる奇数向き車のクハ115形1100番台は全車ユニット下降小窓となっている。

台車は電動台車がDT21B、付随台車がTR62Aを装着する[73]。軸ばねと枕ばねは防雪カバーで覆われ、下揺れ枕は積雪防止のため揺れ枕梁に穴が開けられた[73]。パンタグラフは中央東線向けと長野・松本地区向けがPS23A形を、新潟・高崎・岡山地区向けは耐雪カバーが付いたPS16J形を搭載した[69]

ブレーキ装置は485系1000番台と同じくブレーキ制御装置や電磁弁がユニット化により集約され、付着した雪の落下による飛び石による破損防止が図られた[63][75]軽井沢駅小淵沢駅など極寒冷地での夜間滞泊による水管割損を避けるため、485系1000番台で採用された自動給排水装置を搭載し、凍結防止のため給水管の水が自動的に水タンクに戻るようにした[4]

1982年7月の伯備線電化名目で製造された昭和55年度第2次債務車(クハ115-1233- ・1149 - /モハ115-1107- /モハ114-1191- )からは、屋根布がポリウレタン樹脂塗屋根に設計変更された[76]。引き続き伯備線増備目的で製造された昭和56年度第1次債務落成車(クハ115-1236- ・1152- /モハ115-1113- /モハ114-1197- )では、外板腰板部やAU75G形集中式冷房装置キセ(カバー)のステンレス化などさらなる腐食防止対策が施工された[11][76]

従来の絶縁屋根布は剥がれた箇所から雨水が入り込み腐食するという問題点があったが、185系でポリウレタン樹脂を重ね塗りし滑り止め珪砂を付ける塗屋根方式が試験的に採用された。この方法は車両重量増加やコスト増大を招くが、腐食防止の点で優れていたことから、201系などの新形式車や後に行われる特別保全工事車でも採用されている[76]

冷房準備車は後に全車冷房化されたが、JR化後の施工車両は冷房装置が継承された会社で異なっている。

  • クモハ115-1001 - 1084
  • モハ115-1001 - 1127
  • モハ114-1001 - 1211
  • クハ115-1001 - 1099・1201 - 1243・1101 - 1159
  • サハ115-1001 - 1028

また、1000番台を改造した1500番台も存在しており、しなの鉄道に配置されている。

2000番台

2000番台
2000番台 広島更新色
基本情報
製造年 1977年 - 1981年
製造数 147両
主要諸元
自重 クモハ115:42.3
モハ115:41.6
モハ114:43.8・42.3(2600番台)
クハ115:32.8/34.3(2000番台) 33.4(2101 - 2121) 32.8(2122 - )
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身延線用のクハ115-2127

山陽本線の岡山・広島地区には1970年代後半の時点で東北・高崎線への115系300番台・1000番台投入で捻出された115系0番台の転入が開始されていたが、80系をはじめとした旧形電車も残存していた[77]。80系の置き換え用として岡山地区には115系1000番台が新製投入されたが、気候が温暖な広島地区では1000番台相当の耐寒耐雪装備が必要ないことから、耐寒耐雪構造を300番台並みに簡略化した2000番台が1977年(昭和52年)3月に登場した[78]。2000番台の番台区分は113系2000番台に合わせたシートピッチ改善車として付与された[79]

1000番台と並行して増備され、1978年から1981年(昭和56年)の4年間にかけて147両が製造された[80]。2000番台ではサハ115形の製造はない[5]

温暖地域で使用するため、耐寒・耐雪構造は基本番台・300番台並に軽減された[5]。クロスシートのシートピッチは115系1000番台と同じく1,490 mmに拡大されたが、1000番台にあった電動車の「雪切室」は省略されており[76]、車端部の座席は115系300番台と同様のクロスシートとなった[78]。主電動機冷却風は従来通り車体外妻部から採風する方式としたが、切替装置によって客室内からも吸気が可能にされた[5]。強化型排障器およびスノープロウは全先頭車装備とした。

クハ115形は偶数向きを2001- に、奇数向きを2101- に区分した[5][81][76]。トイレは当初は偶数向き車にのみ設けられていたが、1981年以降の増備車より奇数向き車にも設置された[80]

台車は115系1000番台と同じく電動台車がDT21B、付随台車がTR62Aであるが、枕バネの防雪カバーは省略された[78]。パンタグラフは115系300番台と同様にPS16形が、電動発電機は115系1000番台と同様に容量160 kVAのMH135-DM92が搭載された[78]

山陽本線姫路以西に使用するため広島運転所に配置されたグループは、6両編成(TcMM'MM'Tc')×8本・4両編成(TcMM'Tc')×13本の電動車29ユニット58両と制御車42両の計100両が製造された。この投入で山陽地区の70系・80系は運用を終了し、新性能化が完了した[5]。全車が新造時から冷房装置を搭載しており、クハ115-2001 - 2021は循環汚物処理装置を搭載した。

1981年には身延線が新性能化されることになり、旧性能車はアコモデーション改造車の62系を除いて115系の新製投入で置き換えられることになった[78]。同年7月に身延線の旧形電車置換え用にクモハ115形+モハ114形が13ユニット26両、クハ115形は3両編成組成用偶数向き車13両 (2022 - 2034) ならびに4両編成組成用奇数向き車8両 (2122 - 2129) の計47両が製造され、沼津機関区に配置された。広島地区投入車との相違点を以下に示す[12]

身延線用は3両編成での運用に対応させるため、クモハ115形も製造された[5]。クモハ115形は奇数向き固定仕様である[82]。身延線にはPS23A形パンタグラフでも対応できない狭小限界トンネルがあるため、モハ114形はパンタグラフ部の屋根を20 mm切り下げた2600番台(2601 - )の新区分で落成した[83][84]

塗装は甲州ぶどうをイメージしたワインレッド(赤2号[83]地に富士山の雪をイメージした白(クリーム10号[85]の粘着塩ビテープ[83]を使用した帯を採用し、後に国鉄車両の地方色の先駆としても言われるようになった[83]。国鉄での帯塗装の粘着テープ化は身延線仕様が初採用であり、後の103系1500番台や115系3000番台の新造時にも同様の方式が採用された[84]

地方線区用であることと当時の国鉄財政事情から冷房装置の搭載は見送られ、1000番台車の一部と同様に冷房準備工事仕様とし、扇風機搭載[83]の上で落成したが[86]、新造時から160 kVA MGを搭載した[83]。側面行先表示器および循環汚物処理装置は準備工事で落成したが、民営化後に搭載された[83](クハ115-2022 - 2030・2034は表示器搭載未施工)。

屋根は伯備線用1000番台車と同様のポリウレタン樹脂塗屋根で落成した[76]。近郊形電車のトイレ数見直しに伴い、クハ115形は奇数向き車にもトイレが設置された[87]。身延線での運用開始当初はクハ同士を背中合わせにした編成でトイレが隣り合っていたため、奇数向き車のトイレは業務室扱いとして閉鎖されていた[88]

1984年に身延線用クハ115形の一部が新潟地区に転用され、耐寒耐雪強化改造が施工された。1987年(昭和62年)の国鉄の分割民営化時には、広島地区の100両がJR西日本に、身延線の39両がJR東海に、新潟地区の8両がJR東日本に承継されている。

  • クモハ115-2001 - 2013
  • モハ115-2001 - 2029
  • モハ114-2001 - 2029
  • クハ115-2001 - 2034・2101 - 2129

モハ114形2600番台

身延線は1941年(昭和16年)に私鉄である富士身延鉄道を買収した経緯からトンネル内の架線高さが低く、レール面からのパンタグラフ折畳高さが中央東線の3,980 mmよりさらに低い3,960 mmと言う制約があった。このためモハ114形300・1000番台PS23A形取付車の3,983 mmでも絶縁距離の確保ができないことから、パンタグラフ搭載部分屋根形状を車体長手方向約2,750 mmに渡り20 mm切下げて折畳高さをレール面から3,960 mmとした番台区分である。それ以外の車内構造は他の2000番台車との差異はない[5]。1981年(昭和56年)に13両が製造され[89]全車沼津機関区に配置。後に静岡運転所(現・静岡車両区)に転出[83]し、JR東海に承継されている。

  • モハ114-2601 - 2613[83]

3000番台

3000番台
3000番台 瀬戸内色
基本情報
製造年 1982年 - 1983年
製造数 66両
主要諸元
車両定員 ()内は着席定員
モハ115・114:124(68)名
クハ115:3000番台 - 96(57)名
3100番台 - 108(61)名
自重 左側は冷房準備車 右側は冷房車
モハ115: 41.3 t
モハ114: 44.3 t
クハ115: 3000番台 - 34.5/35.0 t
3100番台 - 32.4/33.1 t
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1980年代に国鉄では山陽本線広島地区の列車編成を6両から4両に短縮し、列車運転本数を増やすことでサービス向上を図る「ひろしまシティ電車」の導入方針を打ち出した(1982年11月15日国鉄ダイヤ改正1984年2月1日国鉄ダイヤ改正も参照)。広島地区では広島駅 - 岩国駅間で従来の6両編成20分間隔から4両編成15分間隔とする輸送改善が試行されることとなった[90]

また、主に山陽本線広島以西で運用されていた153系の老朽化による置換えも計画されていたこと、広島電鉄やバスなど競合交通機関との対抗策や、宮島などの観光地を控える点も考慮して転換クロスシートを採用するなどの設計変更が加えられることとなった[90][88]。このため新たに設定された番台区分が3000番台である[53]

115系3000番台は、1982年(昭和57年)11月ダイヤ改正用に4両編成6本と上述の編成短縮で捻出された111系モハ111・110形を転用した4両編成組成用クハ115形15組が製造された。115系3000番台単独の4両編成は冷房車、111系電動車と混結のため先頭車のみ製造されたグループは冷房準備車となった[82]

前面形状や主要機器類は115系2000番台からの踏襲であるが、車体側面や車内は117系に近い構造とされた。客用扉は両開2扉[6]、側窓は2連タイプとなった[91]。側窓は117系のバランサー付き上段下降・下段上昇式ではなく、115系2000番台同様の2段上昇式である。先頭形状は在来車と同じだが、ガラス支持方法をHゴムから金属押え式に変更された[92]。側面の電動行先表示器は新製時より設置され、連結部で隣り合うのを防ぐため201系と同じく千鳥配置とされた[93]

クハ115形は奇数・偶数により向きが固定され、神戸方奇数向き車が3100番台、下関方偶数向き車が3000番台となった[94]。下関方偶数向き車(3000番台)にトイレを設置[95]している。閑散区間・時間帯での車掌業務を考慮し、客用扉の開閉は編成中のどの乗務員室からでも行えるようにした[96]。運用線区が広島地区であることから、新製当初よりスノープロウは装備しない。

車体塗装はクリーム1号をベースに青20号の帯を巻く通称「瀬戸内色」が初めて採用された[97]。青帯は瀬戸内海をイメージしたもので、粘着テープによりアクセントとして貼られた[82]。瀬戸内色は山陽地区の標準塗装として広まり、3000番台以外の車両にも採用された[98]

車内は117系と同様の転換クロスシートとした。ただしクハ115形のトイレ向かい側のみ形状を揃えた固定クロスシートで車端部および戸袋窓部はロングシートである[6][92]。天井は2000番台に準じており、冷房吹出口はラインフロー式を採用する117系とは大きく異なる。また117系で採用された照明灯カバーも省略されたほか、窓のユニット枠も117系では内隅が丸いが、本番台では角ばっている。車内の化粧板は415系500番台と同様のクリーム色、座席モケットもロームブラウンの暖色系とされた[82]

台車は従来の115系同様の金属ばね台車で、電動台車がDT21B、付随台車がTR62Aである[82]。主電動機はMT54D、主制御器はCS15Fが搭載された[82]。空気圧縮機はモハ114形にC-2000M形が搭載されたほか、111系との混結を考慮してクハ115形偶数向き車にC-1000形を搭載した[92]

当時は電動車1ユニットのみによる運転の事例が少なく、短編成化に伴う1ユニット運転における冗長性確保が図られた。MGは保守省力化を図り、201系や185系でも採用されたブラシレス式MGを採用[99]、モハ114形にDM106(容量190 kVA)を搭載した[100]。制御用電源のバックアップ用としてモハ115形にSIVが搭載されている[96][101]。パンタグラフはモハ114形にPS16形が2基搭載されたが、1基は万一の破損時の予備のため、常時1基のみを使用している[94][注 9]

冷房装置は省エネ型でカバーをステンレス無塗装とした集中式のAU75Gが搭載された[93]。屋根はポリウレタン樹脂の塗り屋根で、通風器のFRP化や外板腰板部のステンレス化などの腐食防止対策が実施された[76][102]

111系電動車と編成を組成するクハ115形(3007- /3107- )は、電動車ユニットが非冷房かつ冷房電源がないため冷房準備車として製造された[82]。冷房準備車は111系の老朽淘汰後の冷房化を考慮してあらかじめ天井風道が設けられ、扇風機は風洞の一部に凹みを設けて設置された[102]。運転台後部の押込式通風器も大型に代えて一般型にするなどの変更を実施した[92]。運転台に111系・115系の制御回路切替スイッチを搭載し、抑速ブレーキ・客用扉半自動扱いなどに対応した[96]。側面行先表示器も準備工事とされた[93]

1983年(昭和58年)6月には、111系電動車ユニット混成編成の差し替え用として、本系列の最終増備車となるMM'ユニット6組[103](モハ115・114-3007 - 3012)が追加製造され、本グループの総数は66両となった。冷房準備車も115系3000番台増備車や115系0番台冷房改造車へ差し替える際に冷房化改造が行われ、1985年(昭和60年)までに施工が完了した。

民営化後は66両全車がJR西日本へ承継されている。

  • モハ115-3001 - 3012
  • モハ114-3001 - 3012
  • クハ115-3001 - 3021・3101 - 3121

注釈

  1. ^ JR西日本の高速化改造車は110 km/h。
  2. ^ なお最大両数は1985年度末時点で113系への改造が4両、113系からの改造編入が6両あるため1,923両である。
  3. ^ 国鉄では800番台の番号区分を主に低屋根構造車に割当て、中央東線・身延線篠ノ井線などのトンネル狭小区間での運用に対応させたした。同例はクモハ14形クモハ40形クモハ43形・クモハユニ44形クモハ51形・クモハ60形72系80系101系165系などに存在するが、番台区分800は山の→8という説もある。
  4. ^ 基本番台のモハ114形+モハ115形のMM'ユニットは途中から同一車番同士の組成ではなくなった。
  5. ^ 実際に身延線で運用されるようになるのは1984年のモハ62形(2代)・クハ66形置換え後。
  6. ^ 後に基本番台・800番台の冷房改造車も施工時に統一された。
  7. ^ 但し近郊型のクロスシートはドア間に2組しかない為、ロングシート側は座席中心ではなく外端で測っており、実質はそれぞれ1,400 mmと1,470 mmである。
  8. ^ 窓側の肘掛けを省略した点は急行形車両のボックスシートと異なる。
  9. ^ 1991年(平成3年)には台風による塩害でパンタグラフの故障が相次ぎ、部品不足から一時期は片側のパンタグラフが撤去された。
  10. ^ 電気ブレーキを使用して停止後に力行した場合、CS43Aでは電気ブレーキ段から前進(後進)力行段までカムを6段戻すため起動開始まで時間を要し、ブレーキオフ後すぐに力行可能状態になるCS15と比べると、タイムラグが大きいためと思われる。また、条件が整えばCS43Aでは並列段から力行可能になるが、CS15では常に直列段から起動を開始するため高速域でも加速力に差が発生する(ただし、速度検知を行っていない場合はCS43Aでも直列段から起動するため差はほとんど発生しない)。
  11. ^ 途中からクーラーキセ(カバー)がステンレス製となったAU75G形に変更。
  12. ^ 当時の関係者の話では1両あたりの改造費用は約700万円とのこと。
  13. ^ MM'ユニット5組10両のみ改造されず。
  14. ^ 体質改善工事施工が開始されたのは1998年、改造対象となる車両は1000番台および2000番台で1977年以降に落成した車両であり、文献には今後20年継続使用する車両と明記されていることから、想定寿命は40年であるとみなすことができる。
  15. ^ そのうち500両以上は小山に投入された[221]
  16. ^ これに伴いサハ115基本番台車は全車廃車・廃区分番台となった。
  17. ^ 定期運用終了直後の2004年11月 - 12月には水害で故障した幕張車両センター113系6両編成の修理期間中に、300番台7両編成(ロングシート改造車)1本を貸出。サハを抜いた6両編成で湘南色のまま千葉地区で運用されたが、113系との混結を行わない6両単独で総武本線成田線限定運用とされた。
  18. ^ ぐんまちゃんのイラストが描かれていた。
  19. ^ 以前にはダイヤの大幅な乱れにより運用変更が発生し松本まで運用されたケースもあった。
  20. ^ 例として国鉄末期にクハ115-1090などへ施工した塗装(1次色より前面の青色部分の面積が増加した塗色)が存在する[297]
  21. ^ クモハ115-1043の廃車日については『JR電車編成表』2018冬p.310にて補正。
  22. ^ 「JR普通列車年鑑 2012 - 2013」イカロスMOOK p.49にはアドバンスブルー・フレッシュグリーンと記載。
  23. ^ クハ115-126+モハ114-812+クモハ115-12 クハ115-183+モハ114-810+クモハ115-10 横須賀色でPS35形パンタグラフを搭載[358]
  24. ^ 非乗入れ車でもN21・N24・N32編成は搭載。
  25. ^ 直江津 - 柿崎は1320Mのみ[320]
  26. ^ 下りのみで上りは松本へ回送。
  27. ^ 側面方向幕に「むさしの」のコマがないために表示は「快速」のみとなる。また過去にN編成3+3で運用されたケースもある。
  28. ^ 長野県小県郡長和町に譲渡。町内のスキー場休憩施設として利用。
  29. ^ 同様の塗装ミスに1975年三鷹区へ最初に納入された300番台8両(クモハ115-301・302・モハ114-329・330・クハ115-348・350・サハ115-306・307)の事例がある。この8両は本来横須賀色で製造されるべきところを湘南色で落成させてしまい、製造元の日本車輌製造に一旦返却回送され再塗装の上で納入が行われた。この8両のうちサハ115形を除いた6両は1986年の岡山転属後に、サハ115-306・307は小山転属後に再度湘南色に塗装されている。
  30. ^ クハ115-1118+モハ115-1055+モハ114-1118+クハ115-605。
  31. ^ クハ115-1108+モハ115-1034+モハ114-1095+クハ115-604
  32. ^ 1983年8月から1984年2月までに改造されたD1 - D18編成は、クモハ115形車両番号下2桁と編成番号が一致する。1986年6月から12月までに改造されたD19 - D34編成はクモハ115形車両番号下2桁から17引いた数と編成番号が一致する(当時)。後年に他区への転出に伴い編成番号整理が行われたため現在の編成番号との整合性がない編成もある。
  33. ^ 新郷 - 伯耆大山間はG編成のみ。ただし、新郷 - 上石見間は、D編成が回送で乗り入れている。
  34. ^ G編成のみ。
  35. ^ a b 2022年3月12日ダイヤ改正米子 - 出雲市・西出雲間は2往復(うち1往復は出雲市発着)のみとなった。
  36. ^ 朝夕の6往復のみ。
  37. ^ 赤穂線・宇野線茶屋町 - 宇野間は、2012年3月17日ダイヤ改正時点では固定クロスシート車のみが投入されていたが[439]、同年9月には転換クロスシート車の充当も確認された[440]
  38. ^ 瀬戸発着は平日・土曜朝の1往復のみ。
  39. ^ 3往復(うち1往復は長船発着)のみ。

出典

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