クマのプーさん 商品化権とディズニー

クマのプーさん

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/26 13:37 UTC 版)

商品化権とディズニー

『クマのプーさん』のキャラクターは、すでに1920年代から人形やぬいぐるみ、文房具、カレンダー、バースデイブックといった様々な商品に用いられ一産業として発展していった[78][79]1930年1月にはキャラクターライセンス事業の先駆者であるステファン・スレシンジャーが、アメリカ合衆国とカナダにおける『プーさん』のグッズ制作や翻案、広告等に関するものを含む商品化権を、1000ドルの前払い金と売り上げの66パーセントを支払う契約で購入した。1931年11月までには「プー産業」は年間5000万ドルを売り上げる一大事業となっている[80]。スレジンジャーの会社はその後30年にわたって「プー」のグッズ販売を行っていた[81]

1961年ウォルト・ディズニー・カンパニーは、スレジンジャーの死後に商品化権を保持していた彼の妻シャーレイ・スレシンジャー、およびミルンの妻ダフネ・ミルンと「プー」の商品化に対する使用許可契約を結び[82] 、1966年に「プーさん」の初の短編アニメーション映画「プーさんとはちみつ」を公開した。しかしこのアニメーション作品は、キャラクターたちはたいていアメリカ中西部のアクセントでしゃべり、プーの親友ピグレットの代わりに生粋のアメリカ的キャラクターとしてゴーファー(ジリス)という原作にないキャラクターが投入され、クリストファー・ロビンは髪を短くしていかにもアメリカ的な少年として描かれ、原作にあったミルンの詩は排除されてシャーマン兄弟の楽曲に差し替えられるなど、そのアメリカ的な解釈がイギリスで批判の的となった。イギリスの映画評論家フィリックス・パーカーは、この映画に対してクリストファー・ロビンの声を標準的なイギリス南部の発音にして吹き込み直すことを求めるキャンペーンを『イヴニング・ニューズ』紙で展開し、『デイリー・メイル』紙でもその運動に対する支持が表明された。さらにクリストファー・ミルンからも賛同の手紙が寄せられ、結果としてディズニーにクリストファー・ロビンの声を吹き替えさせることに成功した[83]

その後、ディズニーはピグレットを登場させた「プーさんと大あらし」(1968年)をはじめ、短編・長編映画やテレビシリーズなど数多くの映像作品を製作している。当初は概ね原作に沿った内容で作られていたが、のちにはオリジナルストーリーも作られ、ゴーファーのほかにも小鳥のケシー、「ゾゾ」のランピーといったオリジナルキャラクターが加えられた。ディズニー版の「くまのプーさん」はアメリカでは強く支持され、「プーさん」はミッキー・マウスと並ぶ人気を持つディズニーキャラクターとなっている[84]。のちにシェパードの挿絵の価値に気づいてからは、ディズニーはシェパードの絵の商品化権も買収し、「クラシック・プー」と言われるキャラクターグッズの販売も行っている[85]。1998年には「くまのプーさん」のキャラクター関連グッズの売り上げがミッキーマウスを上回り、ディズニーキャラクターの首位となった。日本でも人気が高く、キャラクター・データバンクが行った2002年のキャラクターグッズ購入調査では、ハローキティ、ミッキーマウスなどを抑えて首位となっている[86]

一方、そのキャラターグッズの莫大な利益について、スレシンジャー社とディズニーとの間でたびたび訴訟が起こっている。最初の訴訟は1991年、スレシンジャー社がディズニーに対して起したもので、1983年に両社で結んだ契約に違い、ディズニーが商品化権使用料の一部を支払っていないという訴えである。この訴訟では訴えの商品化権料の金額が正確かどうか、そしてビデオやゲームソフトが1983年の契約に含まれるかどうかが争点となったが[87]、2004年5月、ロサンジェルス上級裁によりスレシンジャー側の訴えを棄却する判決が下された[88]。1991年にはE.H.シェパードの孫により、スレシンジャー社との契約破棄を求める訴えが、1998年にはミルンの孫娘クレア・ミルンにより同様の訴えがなされているが、前者は2007年2月、後者は2006年6月にスレシンジャー社側の権利を認める判決が下されている[89][90]


注釈

  1. ^ ただし、後述するように童謡集『ぼくたちがとても小さかったころ』にはまだ「プー」の名前は登場しない。また童謡集『さあ僕たちは六歳』では詩や挿絵の随所にプーや関連キャラクターが登場するものの、それらに限った本というわけではない。以下本項目では『クマのプーさん』『プー横丁にたった家』の二つの物語集を中心に、「プー」と関連キャラクターに関係する限りにおいて2冊の童謡集についても適宜触れる。
  2. ^ 詩行の中には登場しないが、『ぼくたちがとても小さかったころ』のシェパードによる挿絵では「おやすみのお祈り」「かいだんをはんぶんのぼったところ」にもミルン家のテディベアが描かれている。ただし後述するように、挿絵のモデルとなったぬいぐるみ自体はミルン家所有のものとは別のものである[5]
  3. ^ 『クマのプーさん』の序文ではウィニーのいる所について「北極グマのところ」と記述があるが、これはミルンがウィニーをホッキョクグマと勘違いしているのではなく(ちゃんとウィニーを「茶色い毛」とも書いている)、ウィニーのいたロンドン動物園のマッピン・テラス(the Mappin terraces、現在はベア・マウンテンに改称)((シュケヴィッチ2007)p.150註3)という区域には、サムとバーバラというホッキョクグマが先にいて、この2頭はマッピン・テラス完成時のニュース(『ザ・ガーディアン』1914年5月26日付)で名前があげられるような存在だった((シュケヴィッチ2007)p.64-65)ため。
    つまり「北極グマのウィニーのいる場所」ではなく、俗称が「北極グマのところ」という場所にウィニーがいるという事。
  4. ^ 石井桃子の訳では省略されている。
  5. ^ E.H.シェパードの息子グレアムの所有物であった「グロウラー・ベア」は、後にその娘ミネットの手に渡っている。彼女は戦争中も疎開先のカナダに「グロウラー」を連れて行っていたが、このぬいぐるみはある日、モントリオールの公園で野犬に噛み裂かれてずたずたになってしまった[9]
  6. ^ コッチフォード・ファームは、ミルンの息子クリストファーが手放したのち、ローリング・ストーンズブライアン・ジョーンズが買い取って自宅として使っていた[18]。ブライアンは1969年にこの家のプールで自殺しており[19]、その後はまた人手にわたり個人に所有されている[18]
  7. ^ A.A.ミルンはシェパードに贈った『クマのプーさん』の中に、自分が死んだら2枚の挿絵(ピグレットがタンポポの綿を吹いている場面と、プーとピグレットが夕日に向かって歩いていく場面)で墓石を飾ってほしい、という内容の戯詩を書きこんでいる。この本は1990年、クリスティーズのオークションで16500ポンドで落札された[23]
  8. ^ Heffalumpはミルンの造語。響きから象 (Elephant) を連想させる[30]。石井桃子訳では「ゾゾ」[31]
  9. ^ 「イントロダクション」の反対語としてオウルが教えてくれたと記されている。実際には「矛盾」を意味する言葉である。
  10. ^ 石井桃子の日本語訳では1942年発行『プー横丁にたつた家』では「へまがき(=旧仮名遣いの「まへがき」のアナグラム)」、2000年発行『プー横丁にたった家』における最終訳では「ご解消(=「ご紹介」の反対語)」となっている[31]。森絵都訳の『プー通りの家』では「うしろがき(=「まえがき」の反対語)[32]」、阿川佐和子訳の『プーの細道にたった家』では「んじょぶ(=「じょぶん」の反対語)[33]」である。
  11. ^ 当初「熊」の表記は漢字だった。
  12. ^ 当初は「つ」を大書きしていた。
  13. ^ 犬養毅の息子一家。
  14. ^ イギリス帰りの西園寺公一が犬養家に贈った本。
  15. ^ このとき片仮名表記の「クマ」に変更された。
  16. ^ 但し、ウォルト・ディズニー・カンパニーが制作した同社版くまのプーさんは引き続き著作権の保護期間が継続している[63]

出典

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  2. ^ 小田島雄志、小田島若子訳 『クリストファー・ロビンのうた』 晶文社、1978年。『クマのプーさん全集』(岩波書店、1997年)にも所収。
  3. ^ 石井訳『クマのプーさん』 244-245頁(訳者解説)。
  4. ^ 安達 (2002), 49頁。
  5. ^ 安達 (2002), 44-47頁。
  6. ^ 安達 (2002), 53頁。
  7. ^ 安達 (2002), 59-61頁。
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  9. ^ シブリー (2003), 117-119頁。
  10. ^ 安達 (2002), 35頁。
  11. ^ 安達 (2002), 132頁。
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  28. ^ シブリー (2003), 117頁。
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  30. ^ 安達 (2002), 157頁。
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  38. ^ 小田島雄志、小田島若子訳 『クマのプーさんとぼく』 晶文社、1979年。前掲『クマのプーさん全集』にも所収。
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  42. ^ a b シブリー (2003), 108頁。
  43. ^ シブリー (2003), 104-107頁。
  44. ^ シブリー (2003), 107-108頁。
  45. ^ スウェイト (2000), 143-144頁。
  46. ^ スウェイト (2000), 145頁。
  47. ^ 安達 (2002), 271頁。
  48. ^ スウェイト (2000), 207頁。
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