クマのプーさん 出版と反響

クマのプーさん

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/25 06:08 UTC 版)

出版と反響

シリーズの出版

『クマのプーさん』の物語はまず1925年12月24日、『イヴニング・ニュース』紙のクリスマス特集号に短編作品として掲載された。これは『クマのプーさん』の第一章にあたる作品で、このときだけは挿絵をJ. H. ダウドがつけている[34]。その後作品10話と挿絵が整い、刊行に先駆けて「イーヨーの誕生日」のエピソードが1926年8月に『ロイヤルマガジン』に、同年10月9日に『ニューヨーク・イヴニング・ポスト』紙に掲載されたあと、同年10月14日にロンドンで(メシュエン社)、21日にニューヨークで(ダットン社)『クマのプーさん』が刊行された[35]。前著『ぼくたちがとてもちいさかったころ』がすでに大きな成功を収めていたこともあり、イギリスでは初版は前著の7倍に当たる3万5000部が刷られた。他方のアメリカでもその年の終わりまでに15万部を売り上げている[36]。ただし依然として人気のあった前著を売り上げで追い越すには数年の時間を要した[37]

『プーさん』の人気を受けて、ミルンは1927年に刊行されたシリーズ3作目にあたる童謡集『ぼくたちは六歳』 (Now We Are Six)[38] でも、歴史的人物などとともに『プーさん』のキャラクターをあちこちに登場させた[39]。1928年に『プー横丁にたった家』 (The house at Pooh Corner) が刊行されると、『プーさん』の続編としてロンドン、ニューヨークで爆発的な人気を博した[40]。人気キャラクターであるティガーや「プー棒投げ」のエピソードが登場する『プー横丁』は、今日ではシリーズ4作のうちでもっとも人気のある作品となっている[41]。これらの『クマのプーさん』のシリーズは、刊行当時から種々の限定版を含めさまざまな種類の版が現在と同じように作られ、コレクターによる収集の的となった[42]前述のように、後年にはシェパード自身の手による2種類の彩色版も作られている。

歌・朗読と舞台

シリーズの出版に加えて、物語のなかにしばしば登場するプーの詩(鼻歌)は、フレーザー・シムソンによって曲が付けられ、1929年に『プーの鼻歌』としてミルンの序文つきで出版されている。シムソンはチェルシーでのミルン家の隣人であり、『ぼくたちがとてもちいさかったころ』『ぼくたちは六歳』の詩にもそれぞれ曲をつけている。これらの詩や鼻歌は、高名なバリトン歌手であったディル・スミスをはじめ、ヴェラ・リン、ロバート・ティアーなど様々なプロの歌手がレコードやテープに吹き込んだ[43]

プーの物語ははじめから朗読されることを意識して書かれていたということもあり、『クマのプーさん』の出版前にドナルド・カスロップがラジオで朗読したのをはじめとして、物語の朗読レコードやテープも数多く作られた。A.A.ミルン自身の朗読レコードも作られたが、クリストファー・ミルンは父の朗読を「一本調子」と評している。BBCのラジオ放送ではノーマン・シェリーがプーの役を演じたが、A.A.ミルンは彼の演技を高く評価し、ミルンの葬儀では彼によるミルンの詩の朗読・歌唱が行われた[44]

物語の人気に答えて、プーの物語は舞台化も行われ、まだ幼いクリストファー・ミルンもチャリティーのマチネー興行に自分役で何度も登場した[45]。しかしマスコミの取材がクリストファーやミルン家に殺到するようになったことは、後述するようにミルンが児童文学から身を引くことを決める一因となった。

批評や政治的揶揄への転用

『プーさん』のシリーズは大衆的な人気とともに批評的にも成功を収めていたが、しかしすべての人間が好意をもって迎え入れたわけではなかった。すでに『僕たちは六歳』を「気取っていて、平凡で、下手」と酷評していたアメリカ合衆国の詩人ドロシー・パーカーは、『プー横丁にたった家』の出版の際『ニューヨーカー』誌上において、「鼻歌っぽく」という最初のエピソードに登場する言い回しをあげつらい「アイドクチャはここではやくもゲーゲーしたのです」とひとり嫌悪をあらわにしている(「愛読者」(Constant Reader) は彼女のペンネーム)[46]。ミルンはのちの自伝『もう遅すぎる』(1938年)の中で彼女の批判に短く触れ、「プー」の本が子供のための本であり、そして「洗練された読者」であるパーカーに気に入られるために、子供にそっぽを向く児童文学作家などいはしない、と記している[47]

1963年、『プー』の出版元であるダットン社から、『プー・パープレックス』(困りものプー)と題する論文集が出版された。この本は様々な論者による文芸解釈の手引書の形を取っているが、実際にはどの作者も、本式の学者である著者フレデリック・クルーズが演じる架空の学者であり、文芸批評をおちょくった一種のパロディ本であった[48]。この本はその後10年間「プー」に対する批評を沈黙させたと言われている[49]。フレデリック・クルーズはその後2001年に、『プー・パープレックス』の続編にあたる『ポストモダン・プー』をニューヨークのノースポイント・プレスから刊行している。この本は学会フォーラムにおける複数の学者のスピーチをまとめたという体裁の論文集で、やはりすべての論文著者がクルーズが演じる架空の学者であり、ポスト・コロニアリズムや脱構築といった、『パープレックス』以降に発展した批評理論が取り扱われている[50]

政府がインターネットを検閲・規制している中国では2013年に習近平主席がオバマ大統領と歩く画像がプーさんとティガー(作品に登場するトラ)と並び歩く画像と一緒に投稿されたのが契機となって習近平をプーさんになぞらえる投稿が多くなった。2017年7月プーさんの画像検索や中国語表記「維尼熊」を含むメッセージ送信が一時できなくなった。同時期にドラえもんジャイアンの中国語表記「胖虎」も検索不可能にされており[51]、これらは最高指導者の習近平中国共産党総書記と容姿が似ているとネットで指摘されたために規制対象になったと一部メディアは推測している[52]。2019年にアメリカのテレビアニメ『サウスパーク』が第299話「Band in China」で中国における検閲に追従するディズニーとあわせてこれを諷刺したところ中国政府から放送を全面的に禁止されて話題となった[53]

翻訳、解説本、後世の続編

『クマのプーさん』シリーズは着実に翻訳されていき、現在では『プー』が翻訳された言語は30を超える[54]。翻訳では、1958年にアレクサンダー・レナードによる「ラテン語訳」『ウィニー・イッレ・プー』が出版されている。これはもともとレナードが娘たちのためのラテン語教材として書きはじめたものであったが、自費出版で知人に配ったところ反響が大きかったため出版を決め、はじめにスウェーデンで、1960年にニューヨークで出版され、外国語で書かれた本としてははじめてニューヨークでベストセラーとなった。1980年には同じ訳者による『プー横丁にたった家』のラテン語訳『ドムス・アングリ・プエンシス』も出版されている[55]

日本では石井桃子による訳『熊のプーさん[注釈 11]』が1940年に岩波書店により出版され、1942年には『プー横丁にたつた家[注釈 12]』が出版された[31]。石井が『クマのプーさん』シリーズの翻訳を始めたきっかけは1933年、石井が親交のあった犬養家[注釈 13]で『プー横丁にたった家』の原書[注釈 14]を偶然手に取ったことからである[56]。その後敵性国の文学とされ一度は絶版になるが[31]、戦後に英宝社が翻訳権を獲得し、1950年に石井訳が『熊のプーさん』『プー横丁』として出版[31]。英宝社版では村岡花子が推薦文を寄せていた[31]。その後再び岩波書店の岩波少年文庫から石井訳が『クマのプーさん[注釈 15]』(1956年)『プー横丁にたった家』(1958年)として出版される[31]。日本は戦後、英米の児童書が子供の読書の大部分を占める状況となり、石井訳の『プー』も広く受け入れられた[57]。1953年には教育画劇から石井の脚色、西原ひろしの絵による紙芝居版『熊のプーさん』、1959年にはフレーベル館から石井の文、武井武雄の絵による『キンダーブック くまのぷーさん』も出版されている[58]。なおあまり知られていないが、『小熊のプー公』というタイトルで松本恵子が訳したものも1941年に新潮文庫から出ている[59]。2017年5月に日本国内における原著の著作権が切れたことに伴い、同年6月には『クマのプー』の題名で直木賞作家・森絵都による新訳本が角川文庫より出版された[60](続いて『プー通りの家』も出版)[58]。他にも阿川佐和子による訳本『ウィニー・ザ・プー』『プーの細道にたった家』が新潮社から出版されている[58]

1982年、ベンジャミン・ホフによる『タオのプーさん』が刊行された。これはニューエイジ思想を背景とした大衆向けの解説書で、プーさんの物語を引用しつつ、その物語をタオイズム(道教)によって絵解きするという体裁を取っている[61]。この本を先駆けとして、『プーさん』のキャラクターを用いた哲学、心理学やビジネスの解説書が数多く作られるようになった[57]

2009年10月、『くまのプーさん』の正式な続編として『プーさんの森にかえる』がエグモントブックス社(イギリス)およびダットン社(アメリカ合衆国)から刊行された。作者はデイヴィッド・ベネディクタス、挿絵はマーク・バージェスで、ディズニーから続編に関する権利を取り戻したミルンの知的所有権管理者からの許諾を受けており、物語、挿絵ともにそれぞれミルンとシェパードのスタイルを踏襲したものとなっている[62]。日本では2010年にこだまともこ訳で小学館より刊行された[63]


注釈

  1. ^ ただし、後述するように童謡集『ぼくたちがとても小さかったころ』にはまだ「プー」の名前は登場しない。また童謡集『さあ僕たちは六歳』では詩や挿絵の随所にプーや関連キャラクターが登場するものの、それらに限った本というわけではない。以下本項目では『クマのプーさん』『プー横丁にたった家』の二つの物語集を中心に、「プー」と関連キャラクターに関係する限りにおいて2冊の童謡集についても適宜触れる。
  2. ^ 詩行の中には登場しないが、『ぼくたちがとても小さかったころ』のシェパードによる挿絵では「おやすみのお祈り」「かいだんをはんぶんのぼったところ」にもミルン家のテディベアが描かれている。ただし後述するように、挿絵のモデルとなったぬいぐるみ自体はミルン家所有のものとは別のものである[5]
  3. ^ 『クマのプーさん』の序文ではウィニーのいる所について「北極グマのところ」と記述があるが、これはミルンがウィニーをホッキョクグマと勘違いしているのではなく(ちゃんとウィニーを「茶色い毛」とも書いている)、ウィニーのいたロンドン動物園のマッピン・テラス(the Mappin terraces、現在はベア・マウンテンに改称)((シュケヴィッチ2007)p.150註3)という区域には、サムとバーバラというホッキョクグマが先にいて、この2頭はマッピン・テラス完成時のニュース(『ザ・ガーディアン』1914年5月26日付)で名前があげられるような存在だった((シュケヴィッチ2007)p.64-65)ため。
    つまり「北極グマのウィニーのいる場所」ではなく、俗称が「北極グマのところ」という場所にウィニーがいるという事。
  4. ^ 石井桃子の訳では省略されている。
  5. ^ E.H.シェパードの息子グレアムの所有物であった「グロウラー・ベア」は、後にその娘ミネットの手に渡っている。彼女は戦争中も疎開先のカナダに「グロウラー」を連れて行っていたが、このぬいぐるみはある日、モントリオールの公園で野犬に噛み裂かれてずたずたになってしまった[9]
  6. ^ コッチフォード・ファームは、ミルンの息子クリストファーが手放したのち、ローリング・ストーンズブライアン・ジョーンズが買い取って自宅として使っていた[18]。ブライアンは1969年にこの家のプールで自殺しており[19]、その後はまた人手にわたり個人に所有されている[18]
  7. ^ A.A.ミルンはシェパードに贈った『クマのプーさん』の中に、自分が死んだら2枚の挿絵(ピグレットがタンポポの綿を吹いている場面と、プーとピグレットが夕日に向かって歩いていく場面)で墓石を飾ってほしい、という内容の戯詩を書きこんでいる。この本は1990年、クリスティーズのオークションで16500ポンドで落札された[23]
  8. ^ Heffalumpはミルンの造語。響きから象 (Elephant) を連想させる[30]。石井桃子訳では「ゾゾ」[31]
  9. ^ 「イントロダクション」の反対語としてオウルが教えてくれたと記されている。実際には「矛盾」を意味する言葉である。
  10. ^ 石井桃子の日本語訳では1942年発行『プー横丁にたつた家』では「へまがき(=旧仮名遣いの「まへがき」のアナグラム)」、2000年発行『プー横丁にたった家』における最終訳では「ご解消(=「ご紹介」の反対語)」となっている[31]。森絵都訳の『プー通りの家』では「うしろがき(=「まえがき」の反対語)[32]」、阿川佐和子訳の『プーの細道にたった家』では「んじょぶ(=「じょぶん」の反対語)[33]」である。
  11. ^ 当初「熊」の表記は漢字だった。
  12. ^ 当初は「つ」を大書きしていた。
  13. ^ 犬養毅の息子一家。
  14. ^ イギリス帰りの西園寺公一が犬養家に贈った本。
  15. ^ このとき片仮名表記の「クマ」に変更された。

出典

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  3. ^ 石井訳『クマのプーさん』 244-245頁(訳者解説)。
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