クマのプーさん ミルン親子と『プーさん』

クマのプーさん

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/05 04:42 UTC 版)

ミルン親子と『プーさん』

『クマのプーさん』の続編『プー横丁にたった家』を発表して間もなく、ミルンは「章のおわり」というエッセイの中で児童文学との訣別を宣言した。作品の大きな好評を得ていたにもかかわらずミルンがこの分野から離れる決意をしたのは、一つには新たな分野に挑戦し続けたいという冒険心であり[64]、一つには息子クリストファーのプライバシーがマスコミによって侵害されはじめたことに危惧を抱いたためであった[65]。ミルンの手を離れて以降も、「プー」シリーズは版を重ね続け、またそのキャラクター商品が多数作られるなどして、その人気はひとり歩きしていく。しかしこうして作品が脚光を浴び続ける一方で、「プーさん」は作者のミルンと息子クリストファーの以後の人生に暗い影を落とすことにもなった。

ミルンは児童文学との決別を宣言して以降、大人向けの戯曲や様々なジャンルの小説を手がけていくが、もともとは子供のためにほんの手すさびで書いた「プー」シリーズに匹敵するような成功を収めることは二度となく、その後半生は失意の連続であった[66]。1939年に発表した自伝の中では、ミルンは次のように自嘲している。

見識ある批評家が指摘するように、私の最新の戯曲の主人公は、ああ神さま、『クリストファー・ロビンがおとなになっただけ』なのだ。つまり、子どものことを書くのをやめても、今度はわたしがかつて子どもだった人びとのことを書きつづけるのだという。わたしにとって子どもとはたいした妄想になったものだ ![67]

—A.A.ミルン(『今からでは遅すぎる』より)

1955年にミルンが死去すると、太平洋の両岸でいくつもの長い追悼文が発表されたが、「プーさん」以外の業績を中心にして彼を讃えたのは古巣の『パンチ』一誌のみであった[68]

さらに「プーさん」は、息子クリストファー・ミルンのその後の人生にも重荷となってのしかかった。少年時代のクリストファーは、「おやすみとお祈り」をクリストファーに歌わせて製作されたレコードがもとで級友にからかわれたりといったことはあったものの、依然として父への尊敬を失うことなく過ごしていた[69]。しかしその後、兵役を経て、父と同じケンブリッジを卒業したクリストファーは、父と同じようにユーモア作家を目指して雑誌に持ち込んだりといったことをはじめたもののほとんど断られ、それから就いた家具買い付けの見習いもすぐに解雇されてしまうなど、実社会において苦労と挫折を重ねていくことになる。そうした経験を積むうちに、クリストファーはしだいに父に対する嫉妬や怒りを感じるようになっていった。

父は自分の努力で自分の道をきりひらいたが、それはその背後にだれかが従うことができる道ではなかった。だが、ほんとうに父ひとりの努力だったのだろうか? わたしもそのどこかに貢献したのではなかったか? 自分が持ちあわせている才能を使いたいと思ってくれる雇用主を求めてロンドン中をとぼとぼと歩きまわり、すっかり悲観的になっていたころ、わたしはこう思っていた。父は幼いわたしの肩にのぼり、父がいまある地位にまでのぼりつめたのだと。父がわたしの名誉を盗み、わたしには、父の息子であるという空っぽの名声だけをのこしてくれたのだと。[70]

—クリストファー・ミルン(『クマのプーさんと魔法の森』より)

1948年、クリストファーは両親の反対を押し切って、ミルン夫妻と絶縁状態にあった親戚の娘と結婚する。そしてコッチド・ファームから200マイル離れたデヴォン州ダーツマスで書店の経営をはじめることによって自立を勝ち取ったが、そのためにミルンとクリストファーとはミルンの死まで絶縁状態が続いた[71][72]。クリストファーが父との精神的な和解を果たしたのは、1974年に出版された『魔法にかけられた場所』にはじまる一連の自伝執筆を通してであった[73]。後年のクリストファーは、父の記念碑の除幕式など、「プー」関連のさまざまな企画に参加している。彼はデヴォンで妻子と暮らしながら執筆活動を続け、1996年に75歳でその生涯の幕を閉じた[74]


注釈

  1. ^ ただし、後述するように童謡集『ぼくたちがとても小さかったころ』にはまだ「プー」の名前は登場しない。また童謡集『さあ僕たちは六歳』では詩や挿絵の随所にプーや関連キャラクターが登場するものの、それらに限った本というわけではない。以下本項目では『クマのプーさん』『プー横丁にたった家』の二つの物語集を中心に、「プー」と関連キャラクターに関係する限りにおいて2冊の童謡集についても適宜触れる。
  2. ^ 詩行の中には登場しないが、『ぼくたちがとても小さかったころ』のシェパードによる挿絵では「おやすみのお祈り」「かいだんをはんぶんのぼったところ」にもミルン家のテディベアが描かれている。ただし後述するように、挿絵のモデルとなったぬいぐるみ自体はミルン家所有のものとは別のものである[5]
  3. ^ 『クマのプーさん』の序文ではウィニーのいる所について「北極グマのところ」と記述があるが、これはミルンがウィニーをホッキョクグマと勘違いしているのではなく(ちゃんとウィニーを「茶色い毛」とも書いている)、ウィニーのいたロンドン動物園のマッピン・テラス(the Mappin terraces、現在はベア・マウンテンに改称)((シュケヴィッチ2007)p.150註3)という区域には、サムとバーバラというホッキョクグマが先にいて、この2頭はマッピン・テラス完成時のニュース(『ザ・ガーディアン』1914年5月26日付)で名前があげられるような存在だった((シュケヴィッチ2007)p.64-65)ため。
    つまり「北極グマのウィニーのいる場所」ではなく、俗称が「北極グマのところ」という場所にウィニーがいるという事。
  4. ^ 石井桃子の訳では省略されている。
  5. ^ E.H.シェパードの息子グレアムの所有物であった「グロウラー・ベア」は、後にその娘ミネットの手に渡っている。彼女は戦争中も疎開先のカナダに「グロウラー」を連れて行っていたが、このぬいぐるみはある日、モントリオールの公園で野犬に噛み裂かれてずたずたになってしまった[9]
  6. ^ コッチフォード・ファームは、ミルンの息子クリストファーが手放したのち、ローリング・ストーンズブライアン・ジョーンズが買い取って自宅として使っていた[18]。ブライアンは1969年にこの家のプールで自殺しており[19]、その後はまた人手にわたり個人に所有されている[18]
  7. ^ A.A.ミルンはシェパードに贈った『クマのプーさん』の中に、自分が死んだら2枚の挿絵(ピグレットがタンポポの綿を吹いている場面と、プーとピグレットが夕日に向かって歩いていく場面)で墓石を飾ってほしい、という内容の戯詩を書きこんでいる。この本は1990年、クリスティーズのオークションで16500ポンドで落札された[23]
  8. ^ Heffalumpはミルンの造語。響きから象 (Elephant) を連想させる[30]。石井桃子訳では「ゾゾ」[31]
  9. ^ 「イントロダクション」の反対語としてオウルが教えてくれたと記されている。実際には「矛盾」を意味する言葉である。
  10. ^ 石井桃子の日本語訳では1942年発行『プー横丁にたつた家』では「へまがき(=旧仮名遣いの「まへがき」のアナグラム)」、2000年発行『プー横丁にたった家』における最終訳では「ご解消(=「ご紹介」の反対語)」となっている[31]。森絵都訳の『プー通りの家』では「うしろがき(=「まえがき」の反対語)[32]」、阿川佐和子訳の『プーの細道にたった家』では「んじょぶ(=「じょぶん」の反対語)[33]」である。
  11. ^ 当初「熊」の表記は漢字だった。
  12. ^ 当初は「つ」を大書きしていた。
  13. ^ 犬養毅の息子一家。
  14. ^ イギリス帰りの西園寺公一が犬養家に贈った本。
  15. ^ このとき片仮名表記の「クマ」に変更された。

出典

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  2. ^ 小田島雄志、小田島若子訳 『クリストファー・ロビンのうた』 晶文社、1978年。『クマのプーさん全集』(岩波書店、1997年)にも所収。
  3. ^ 石井訳『クマのプーさん』 244-245頁(訳者解説)。
  4. ^ 安達 (2002), 49頁。
  5. ^ 安達 (2002), 44-47頁。
  6. ^ 安達 (2002), 53頁。
  7. ^ 安達 (2002), 59-61頁。
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  9. ^ シブリー (2003), 117-119頁。
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  11. ^ 安達 (2002), 132頁。
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  26. ^ 安達 (2002), 134頁。
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