R編成
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1988年に「ウエストひかり」の運行がスタート。このときの車両は、R15・R2・R3・R1編成を主体にR51 - R54編成が誕生。詳細は後述。 1990年2月23日付でJR東海から先頭車2両(21-127・22-127。元H80編成)が移籍し、R20編成の先頭車を置き換えたが、0系の会社間転配は後にも先にもこの時のみである。 R2・R24編成はデッドスペースとなっていたビュフェ部分と客室一部を「こどもサロン」と称するプレイルームに改造し、多客時に全席指定の「ファミリーひかり」として運行していた。しかし2002年を最後にファミリーひかりとしての営業運転を終了した。その後もこどもサロンを撤去した上で通常のこだま 運用に充当されたが、R2編成は2004年6月7日付けで、R24編成は同年10月29日付けでそれぞれ廃車となった。なお、1998年 - 1999年にはNINTENDO64用ゲームソフト『バンジョーとカズーイの大冒険』とのタイアップで、側面に同ゲームのキャラクターのラッピングを施した状態で運行された。 この他、1991年から1997年まで「シャトルひかり」と称する「ひかり」に使われたことがある。 R編成は6両と短いため、先頭車に収められている非常用連結器が営業運転で使われた事例もあった。「ウエストひかり」のうち、R51編成(初代)は12両化されずに6両のまま残され、1日1往復のみ運転されていた。超多客時には輸送力増強のため、東京方先頭車22-3901(16-133を先頭車化改造)に連結器強化改造(R51編成の博多方先頭車21-7001も同様に改造)を施したR23編成を博多方に連結していた。12両として運転する際には、R23編成が自由席、R51編成が指定席として扱われた。当時の大型時刻表の編成表には「こだま型6両編成を併結する日があります」という表記があった。 1997年からは内装の変更が行われ、座席の回転が可能になるなどの変更がある。 山陽区間「こだま」の主力として運用されたが、2002年以降100系V編成を改造して組成した6両K編成に置き換えられる形で運用から順次離脱していく。最後まで残ったR編成は、3列席も回転できる5030・7030番台で構成されており、塗色は「ウエストひかり」色に3列席回転のピクトグラムが貼られていた。2005年3月の山陽新幹線開業30周年記念「ひかり」号での運転(R10・R18編成)を最後に撤退した(#山陽新幹線博多開業30周年記念「ひかり」を参照)。R10編成は2005年8月19日に、R18編成は岡山運転所における乗務員訓練用として残っていたが2006年2月27日に廃車された。 アコモ改善 かつてNH編成について行われたメニューとほぼ同様だが、自由席・指定席の区別無く実施された。 座席の回転を可能とし、リクライニング角度を拡大、さらにシートピッチの拡大(940 mm→980 mm)や内装化粧板の交換や床仕上げ材の変更、便所・洗面所のリニューアルなどを実施する。このときは種車の旧番号ごとにそれぞれ0番台→3030番台、1000番台→5030番台、2000番台→7030番台へ改番した。 アコモ改善が施された車両は、車両塗装が「ウエストひかり」と同様のものに改められ、客用扉横に専用ピクトグラムが貼り付けられた。 なお、これらの改良の際に0・1000番台からの改造車は座席交換と同時にシートピッチを拡大したため、窓とシートの位置がずれていた。
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