FL500
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/05 01:58 UTC 版)
FL500は、かつて開催されていた自動車レースの一カテゴリー。いわゆるジュニア・フォーミュラの一つである。
概要
1973年、日本自動車連盟(JAF)はフォーミュラカーレースの振興策として、国内トップカテゴリーの「全日本F2000選手権」を開幕。同時に下位カテゴリーとして「全日本FJ1300選手権」および「全日本FJ360選手権」を新設した。FJ360は当時主流だった排気量360ccの軽自動車エンジンを使用する規格だったが、その後の軽自動車規格の改定に伴い、排気量を500ccへと拡大した「FL500」へと発展した。
名称の由来
「FL500」の「F」はフォーミュラ(Formula)、「L」はスペイン語で「自由」を意味するリブレ(Libre)の頭文字に由来する。
走行性能とエンジン
軽自動車の普及によって誕生した日本独自のカテゴリーであり、出力重量比が当時のF1マシンに近かったことから、俊敏な加速性能とコーナリング性能を備え「ミニF1」と称された。
エンジンには当時の軽自動車で主流だった排気量0.5L(500cc)のユニットを採用。当時は空冷と水冷、2ストロークと4ストロークが混在する多様な仕様で競われていた。
参戦形態の自由さ
入門用とされていた「FJ1300」などのカテゴリでは、レーシングコンストラクターが製作した既製シャーシを使用するため、購入者が改造を加える余地は限られていた。一方、FL500ではコンストラクター製のシャーシだけでなく自作マシンで参戦するチームも多く、それらが互角の戦いを繰り広げてレースを大いに盛り上げた。
人材輩出と業界への貢献
後年F1で活躍する中嶋悟をはじめ、エンジニアの後藤治やデザイナーの由良拓也など、FL500出身のモータースポーツ関係者は少なくない。このようにFL500は、日本モータースポーツの黎明期において裾野を広げる重要な役割を果たした。
歴代チャンピオン
| 年 | 鈴鹿FLチャンピオン | 使用車両 |
|---|---|---|
| 1975年 | 中嶋悟 | ベルコウェスト・759 |
| 1976年 | ||
| 1977年 | 畑川治 | ハヤシ・711B |
| 1978年 | 飯田武 | ファルコン・77A |
| 1979年 | 中野常治 | ハヤシ・712 |
| 1980年 | 小幡栄 | ファルコン・80A |
| 1981年 | 篠田康雄 | ファルコン・80A |
関連項目
脚注
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