3大通信社の衰退と変容
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/24 09:20 UTC 版)
「通信社の歴史」の記事における「3大通信社の衰退と変容」の解説
この間ヴォルフは、ドイツが第一次世界大戦で敗北を喫したことにより、国外の勢力圏をロイターとアヴァスに奪われ、国際通信社の座から転落した。1933年、ナチス・ドイツの国営通信社DNB (de:Deutsches Nachrichtenbüro) に吸収され、第二次世界大戦の敗戦後は国家の東西分裂に合わせて西ドイツ側のDPA (Deutsche Presse-Agentur) と東ドイツ側のADN(ドイツ語版)(Allgemeine Deutsche Nachrichtendienst) とに分裂した。 アヴァスは、第二次世界大戦でフランスが降伏すると解体に追い込まれ、フランス政府に接収された。これに反発した元社員らは残った施設を元にして通信社群を興し、徹底抗戦の論陣を張った。パリが解放された1944年、これらの通信社を糾合してAFP (Agence France-Presse) が創設された。同社はアヴァスの設備や人材を受け継いだため、アヴァス時代と同様に大きな勢力を持つことができた。設立当初は半官半民の組織であったが、1957年の定款改正により、民間企業に改組された。しかし、収入の多くを政府から拠出される資金に依存する構造は、その後も続いている。 ロイターは、第一次世界大戦中に社長に就任したロデリック・ジョーンズ (Roderick Jones) のもと、世界戦略を推進した。ジョーンズは通信社の社長でありながらイギリス情報省(Ministry of Information)のプロパガンダ局長を兼任し、政府と癒着した経営を続けた。ロイターは、一時は世界最大の通信社として君臨するが、台頭するAPやUP (United Press Association) に押され、次第に衰微していった。1941年に協同組合に改組したロイターは、生き残りの道をイギリス連邦の大合同による経済圏の構築に求め、自社株をオーストラリアのAAP (Australian Associated Press) 、及びニュージーランドのNZPA (New Zealand Press Association) にも開放した。しかし、カナダや南アフリカの抱き込みに失敗し、インドでの売り上げは同国の独立後に激減。また、極東の有力市場であった中国では、共産党政権の成立により、西側諸国の通信社が軒並み締め出された。 ロイターはかつての威光を失い、存亡の危機に立たされた。
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