遠山音楽財団期
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音楽評論家の遠山一行により1962年に設立された財団法人遠山音楽財団は、音楽事業に対する奨励金や助成金交付のほか、「音楽図書館の設置」も事業に挙げていた。そして1966年10月東京都渋谷区広尾に附属図書室が開館、館長には遠山が、副館長には平島正郎と皆川達夫がそれぞれ就任した。蔵書構成の柱は、中世ルネサンス及びバロック音楽、現代音楽、日本の近代洋楽、の3点に置かれた。1969年には蔵書数が図書2,300、楽譜2,000、レコード2,900と増大し、「遠山音楽財団附属図書館」と改称 (通称は遠山音楽図書館)、西麻布の旧遠山一行邸に移転した。 1970年には遠山現代音楽研究所を併設し、文化庁の助成を得て日本人作曲家の自筆譜を中心とした作品資料のマイクロフィルム収録作業を1980年度まで実施した。1971年に設立された音楽図書館協議会にも当初から関わり、その事業にも尽力した。 1980年代に入り国家的規模での音楽資料センターの必要性が確認されてくると、1984年に音楽図書館協議会理事長であった遠山一行の呼びかけで、日本の近代音楽資料を調査・保存するための「近代音楽館」設立の運動が起こった。同年10月には芥川也寸志、朝比奈隆、池内友次郎、小川昂らが発起人となり「近代音楽館を設立する会」が結成された。この運動に応えて遠山音楽財団は図書館の資料蒐集方針を日本洋楽資料に一本化することとし、蔵書のうち西洋音楽関係資料を慶應義塾大学へ寄贈することを決定した。1985年に1万7千点の資料が同大学へ寄贈され、三田情報センター内に「遠山音楽文庫」が設置された。 1986年7月、遠山音楽財団は寄付行為の一部を変更、日本近代音楽財団と改称した。1986年度末の蔵書は、図書・楽譜13,000、録音資料7,600、マイクロ・写真資料1,600、文庫・寄託資料18。
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