足羽神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/21 20:44 UTC 版)
足羽神社 | |
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![]() 拝殿 |
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所在地 | 福井県福井市足羽上町108番地 |
位置 | 北緯36度03分30.1秒 東経136度12分33.2秒 / 北緯36.058361度 東経136.209222度座標: 北緯36度03分30.1秒 東経136度12分33.2秒 / 北緯36.058361度 東経136.209222度 |
主祭神 | 継体天皇 大宮地の霊5座 |
社格等 | 式内小社 旧・県社 |
創建 | 伝・継体天皇朝 |
本殿の様式 | 神明造 |
例祭 | 5月15日 |
主な神事 | わくぐり祭(7月31日) |
地図 |
足羽神社(あすわじんじゃ)は、福井県福井市足羽に鎮座する神社である。[1]式内社、旧・県社。
祭神
継体天皇・「生井神」・「福井神」・「綱長井神」・「阿須波神」・「波比岐神」[2]が祀られる。
神徳は次のとおり。[3]
- 継体天皇 - 越前開闢之祖人。名前にあやかって継続繁栄、また、子が多かったことから子授け、安産、子孫繁栄の神である。
- 大宮地之霊 - (別称)坐摩神。以下の5柱の総称。
- 生井神 - 生命の源の神
- 福井神 - 栄・幸・福の神
- 綱長井神 - 長寿の神
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- 生井神、福井神、綱長井神はいずれも井戸の神、水の神である。
- 阿須波神 - 足羽神、足場の神とも伝えられ、旅行・交通守神、工事安全守神である。万葉集巻二十に「庭中(にはなか)の阿須波の神に小柴さし吾(あれ)は斎(いは)はむ帰り来(く)までに」の歌がある。
- 波比岐神 - 人の出入りを守護する門の神、災難除けの神である。
神紋

太陽、月、北極星の文様を組み合わせた紋(三光の紋)。北極星は天皇の象徴、太陽と月は命と力の源を意味するといわれている。全国でも3社しかない紋。
由緒
継体天皇が男大迹王皇子として越前にいた時、大宮地の霊を祀ったという。大宮地の霊とは宮中の座摩5座の神であり、足羽神はその1座である。奉斎した後、越後平野の治水工事を起こし、即位して大和に上る時に自分の活霊も祀り、祭事を馬来田皇女に託した。[4]延暦10年(791年)4月、従五位下に叙され(『続日本紀』)、仁寿元年(851年)正月、従四位下が加えられ(『文徳天皇実録』)、延喜の制において小社に列せられ、天慶3年(940年)正月には従三位(『日本紀略』)、承暦4年(1080年)にこの神を穢す祟りがあったとして、社司に中祓が科せられた(『朝野群載』)。なお、国内神名帳である『越前国惣神分』には、正一位足羽大明神と記載される。
鎌倉時代以後、武家からの崇敬が篤く、領主の朝倉氏などが社領を寄した。江戸時代に、福井藩主越前松平家代々の尊信が深厚であった。[5]
文化財
光明天皇ならびに仁孝天皇から大宮地という宸筆の額字を賜り、旧・国宝(現行法の重要文化財に相当)に指定されていたが、太平洋戦争により焼失した[6]。
(指定解除された旧国宝)
- 紙本墨書光明院宸翰
- 紙本墨書仁孝天皇宸翰
天然記念物

- シダレ桜
- タカオモミジ
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- 正面参道の真ん中にあり、シダレザクラとともに古くから知られている。高さ14メートル。[10]
石碑・石造物
- 天壌無窮碑
- 小燈籠
- 六地蔵宝塔
- 足羽宮碑
- 継体天皇御世系碑
- 九頭龍川修治碑
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天壌無窮碑
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小燈籠
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六地蔵宝塔
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足羽宮碑
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継体天皇御世系碑
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九頭龍川修治碑
祭礼
- 1月1日 - 歳旦祭
- 1月15日 - 左義長祭
- 2月3日 - 節分祭
- 2月11日 - 建国記念祭
- 2月中旬 - 太子祭
- 3月14日 - 足羽神社総代奉告祭
- 3月20日 - 兼務神社総代奉告祭
- 4月上旬 - 桜まつり
- 4月14日 - 足羽山招魂社春季例大祭
- 5月14日 - 神幸祭
- 5月15日 - 春季例大祭
- 6月16日 - 大祓式(夏越の大祓)
- 6月30日 - 輪くぐり祭(白川流で行われる)[15]
- 8月15日 - 終戦記念祭
- 9月第2日曜 - 奉吟祭
- 9月19日 - 宵宮祭
- 9月20日 - 秋季例大祭
- 9月21日 - 後日祭
- 9月25日 - 足羽山招魂社秋季例大祭
- 9月十五夜 - 観月祭
- 10月7日 - 左内祭(橋本左内忌句会)
- 10月15日 - 人形感謝祭
- 11月15日 - 七五三詣
- 11月最終土曜 - 大麻頒布始奉告祭
- 12月23日 - 天長祭
- 12月31日 - 大祓式
参考文献
- 『式内社調査報告』(第15巻北陸道1、皇學館大學出版部、1986年(昭和61年))
- 『越前祖神 足羽神社縁起』
- 『歴史のみえるまちづくり協会 会報』(2007年11月号)
- 『足羽の昔ものがたり集』(足羽熟年友の会 1986年(昭和61年))
脚注
- ^ 『ふるさとの想い出写真集 明治大正昭和福井』(1979年(昭和54年)1月、p115)
- ^ 『足羽地区の昔といま』(2001年(平成13年)3月、p63)
- ^ 『越前祖神 足羽神社縁起』、『足羽の昔ものがたり集』 p.195
- ^ 『足羽山の主な史跡と墓碑石』(1989年(平成元年)3月、p57)
- ^ 『ふくいの歴史遺産』(1999年(平成11年)12月、p43)
- ^ 1949年(昭和24年)10月13日、文部省告示第178号により指定解除(参照:国立国会図書館デジタルコレクション)、2コマ目
- ^ 『越前祖神 足羽神社縁起』
- ^ 『歴史のみえるまちづくり協会 会報』 p.5。
- ^ 『足羽の昔ものがたり集』 p.196。
- ^ 『越前祖神 足羽神社縁起
- ^ a b c d 福井市立郷土歴史博物館『足羽山の主な史跡と墓碑石』, 福井市立郷土歴史博物館(1988年(昭和63年))
- ^ 阪上勢津『愛宕の松玄』(松翠庵、1930年(昭和5年))
- ^ “境内の主要石碑”. 足羽神社公式. 2023年3月26日閲覧。
- ^ “境内の主要石碑”. 足羽神社公式. 2023年3月26日閲覧。
- ^ 『福井県大百科事典』(1991年(平成3年)6月、p19)
外部リンク
- 足羽神社 公式サイト
- 足羽神社(福井県神社庁)
- 足羽神社(國學院大學21世紀COEプログラム、神道・神社史料集成)
固有名詞の分類
- 足羽神社のページへのリンク