許月珍の仮構の設定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/21 06:05 UTC 版)
以下、本節の記述は全て大塚英志が作成した仮構の設定である。 許月珍(フォ・ユンツィア 拼音:HUI YUTJAN、1972年1月 - 、台湾・霧社生まれ)は台湾人の翻訳家、おたく文化研究者、小説家、「物語環境開発(大塚英志事務所)」の元スタッフである。 兵役終了後、大学で社会学を学んだあと、日本に留学。専攻はカルチュラルスタディーズ。主な論文に『オタク文化のアジア的受容と変質』がある。 1990年代中頃に、魍魎戦記MADARAシリーズの一作『MADARA四神篇』(作画:星樹)が、台湾のコミック誌『FIRST』に連載された時に、原稿の日本語から中国語への翻訳を「MADARA PROJECT」名義でアルバイトで担当した。 1990年代後半に、白倉由美のサイン会が台湾の高島屋デパートで開かれた時にやって来た白倉のファンの一人が許月珍であった。この時、白倉に同行していた大塚英志は、許月珍が「大塚と宮台真司の「乙女ちっくまんが」に対する評価の違い」について、大塚に日本語で質問して来たのがきっかけで知りあった。また、大塚はこの時初めて、許月珍が『MADARA四神篇』が台湾限定で連載された時の日本語翻訳の担当者だったのを知った。 日本の大学院に1997年から2000年の3年間、社会学の学生として留学する。日本滞在中に、上記の大塚英志と縁がきっかっけで「物語環境開発(大塚英志事務所)」のスタッフとして働くことになる。 2000年、テレビドラマ『多重人格探偵サイコ/雨宮一彦の帰還』(キー局:WOWOW、放送期間:2000年5月2日 ~5月7日、全六話、監督:三池崇史、原作・企画・脚本・プロデュース・キャスティング:大塚英志)が放送された時に、許月珍はテレビドラマのノベライズ小説『多重人格探偵サイコ FAKE』(角川スニーカー文庫)の執筆を担当した。 同年、台湾史上初めて選挙による政権交代が実現したのがきっかけで帰国した。帰国後は陳水扁民進党新政権の、文化関係の政策を立案するグループに就職。日本文化と台湾がどう関わったらいいのかを日々、研究・分析している。 2001年、『中央公論』2001年9月号掲載の論文「自民党がいいねと君が言ったから29日はシシロー記念日」で論壇デビューした。
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