解説・評釈等
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/08 19:55 UTC 版)
小野訴訟は、セクハラ被害者が加害者に損害賠償を求めたものではなく、その被害者の話を元に第三者が作成した手記・文書が加害者に対する名誉毀損に当たるか否かが争われたという特殊な訴訟であり、マスコミ等でも報道された事件であることや、実務的にも参考になる点があると判断されたこと、また、「人事院規則10-10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)」が1999年(平成11年)4月1日に施行される際に、判例紹介誌において紹介された。 被告側には、小野訴訟の課題として、被害者である甲野の精神的被害をいかに裁判所に理解させるか、というのがあった。そこで、甲野がフェミニストカウンセラーである井上摩耶子のカウンセリングを受けるとともに、井上による心的外傷後ストレス障害(PTSD)についての意見書を提出してもらうこととなった。1996年(平成8年)11月25日付で裁判所に井上作成の意見書が提出され、PTSDが明確な形で裁判所に提示された最初の事件となった。 井上の意見書は、「はじめに」で「裁判において性暴力被害者の心理や行動がより客観的に理解されるように、カウンセリングや心理学の観点から性暴力被害者のPTSDや心理状態を説明し、また、裁判において被害者がいつも突きつけられる問い『嫌ならなぜそう言わなかったのか』『嫌ならなぜ逃げなかったのか』について考え、その問い自体に含まれている問題について検討したいと思う。また、甲野乙子さんの被害が長期にわたった理由、その被害を長期にわたって告発できなかった理由を心理学的に説明したい。」と説明した上で、次の項目に分けて述べられている。 セクシュアルハラスメント・強姦被害者のPTSD 性暴力被害者の社会・文化的イメージと「強姦神話」 「なぜ被害者は黙っているのか?」「なぜ被害者は逃げないのか?」 甲野さんの被害が長期化した理由 この意見書により、小野訴訟は従来の裁判と異なり、「なぜ逃げなかったのか。」「なぜもっと早く告発しなかったのか。」という被害者の行動を問題とするのではなく、「強姦の被害者が意に反した性交渉をもった惨めさ、恥ずかしさ、そして自らの非を逆に責められることを恐れ、告発しないことも決して少なくないのが実情であって、自分で悩み、誰にも相談できないなかで葛藤する症例(いわゆるレイプ・トラウマ・シンドローム等)もつとに指摘されるところであるから、……」と、当時の心理学の研究成果等を理由に、逃げることができない、告発することができない被害者心理に理解を示した判決とされる。 また、小野訴訟は、真実性の有無が争点とされたが、言論の自由・表現の自由と名誉毀損の議論を有する一面を持っていたとされる。刑法230条に規定する名誉毀損罪は、「その事実の有無にかかわらず」成立する犯罪であるが、言論・表現の自由の担保として、同法230条の2において「真実であることの証明があったときは、これを罰しない」と、一定の条件の下に、他人の名誉を毀損しても罰しない規定を設けている。論評部分に関して、日本ではアメリカ法にいう公正な論評(英語版)の法理を取り入れたとされる最高裁判例(最判平1.12.21、民集43巻12号2252頁)がある。本判決も、「事実記載部分は真実ないし真実と認めるに足りる相当な理由があるうえ、その論評としても通常人ならば持ちうるであろう合理的な論評の範囲を出るところはない」として、基本的には最高裁判例(あるいはその原審となる高裁判例)に従った判示をしている。
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