菊村 到とは? わかりやすく解説

きくむら‐いたる【菊村到】

読み方:きくむらいたる

19251999小説家神奈川生まれ本名戸川雄次郎読売新聞記者経て文筆活動に入る。「硫黄(いおう)島」で芥川賞受賞戦記伝記など実録物のほか、推理小説など手がける。他に「あゝ江田島」「けものの眠り」など。


菊村到(きくむら・いたる)

本名戸川雄次郎1925年(大14)、神奈川県生まれ早稲田大学英文科卒。父は小説家平塚市長の戸川貞雄。兄は政治評論家戸川猪佐武
1954年(昭29)、本名名義の「受胎告知」により第32回芥川賞候補となる。
1955年(昭30)、「文藝手帖同人となる。
1957年(昭32)、「不法所持」で第三回文学界新人賞受賞同時に日本文藝家協会の「創作代表選20(昭和32年前期)」に収録される。
1957年(昭32)、「硫黄島」で第37回芥川賞受賞
1958年(昭33)、江戸川乱歩勧めにより、「宝石」に「複数の私」を発表
1963年(昭38)に「小説現代」に発表したに降る」は日本推理作家協会の「推理小説ベスト24 1964年版」に収録される。
1964年(昭39)に「オール読物」に発表した「黒い蜜」は日本推理作家協会の「推理小説ベスト24 1965年版」に収録される。
1968年(昭43)に「小説新潮」に発表した魔女視線」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1969年版」に収録される。
1973年(昭48)に「小説現代」に発表した赤坂サニーハウス」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1974年版」に収録される。
1974年(昭49)に「オール讀物」に発表した謎とき」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1975年版」に収録される。
1975年(昭50)に「小説新潮」に発表したの夜、誰かが死ぬ」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1976年版」に収録される。
1978年(昭53)に「オール読物」に発表した「私、殺されそう」は日本文藝家協会の「現代小説'78」に収録される。
1983年(昭58)に「小説推理」に発表したこんなに寒い夜」は日本推理作家協会の「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1984年版」に収録される。
1984年(昭59)、「首桶伝説」を刊行
1999年(平11)、心筋梗塞のため死去



菊村到

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/26 02:20 UTC 版)

菊村 到(きくむら いたる、本名:戸川 雄次郎(とがわ ゆうじろう)、1925年5月15日 - 1999年4月3日)は、日本の作家小説家神奈川県平塚市出身。




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