荷主離れに色めく競合輸送機関
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 20:26 UTC 版)
「スト権スト」の記事における「荷主離れに色めく競合輸送機関」の解説
国鉄が自滅的対応で手放していった荷主を巡り、競合輸送機関は目をつけ始めた。国鉄の運賃値上げを歓迎したのは路線トラック業界の一部と内航海運業界であった。理由は、下記2点に纏められる。 ストで荷主に迷惑をかけたにも関わらず値上げを実施することで、更に競争力が喪失され、国鉄から離れた荷が流れてくるため 国鉄が値上げを実施することで自社が値上げを行う環境が整うため 『内航海運』によれば、通運業での収入が総売上の48%を占める日本通運のような企業でも、国鉄離れに対応して1976年3月より社内に「海上システム委員会」を発足させ、トラック、内航、フェリーでの受け皿を確保することに懸命となった。問題だったのは大勢の議論ではなくやや細部への影響である。荷主の国鉄からの逸走については十条製紙、王子製紙のように複数の荷主側からほぼ確定的なコメントも出されてはいたものの、その受け皿については各社各様であり、その荷がどの輸送モードに流れるかについては、各社で読みが分かれていた。フレートライナーを利用していたトラック業者に関しては第一貨物自動車のように頻発するストのため傭車を繰り返すデメリットを問題視し国鉄利用を減らすと明言している業者があった。なお、同誌で話題となっていたのは北海道-東京間の定期航路や関西を中心とした航路であった。関西航路の場合、国鉄が運賃値上げをする事によって自らの値上げがやり易くなる点に着目している阪九フェリーのような社もあったが、目前の不況対策への対応が精一杯で国鉄離れに対しては中長期の課題と纏められている。なお内航とフェリーは共に海上輸送に属するが、共闘して他の輸送モードに対抗しているわけではなく、当時は対立関係にあった。 国鉄は1976年1月7日に運輸審議会に値上げを申請し審議会は2月4日に認可し国会審議の通過を待つ状況となっていたが、翌2月6日には西濃運輸、福山通運、日本運送等トラック業者379社が平均23.5%の値上げを申請していた。ただし、トラック業界ではダンピングの横行で値引きするのが常識と化しており荷主に値上げを要請するための"口実"としての意味が大きかった。また、国鉄貨物衰退を尻目に省エネの面でも脚光を浴び始めていたのは内航海運であり、運輸省では調査委員会を設ける熱の入れようであった。 いずれにせよ、大山運輸、新日本海フェリー、太平洋沿岸フェリー等一部の業者は営業陣を強化し、国鉄を利用してきた荷主回りを強化し1976年春の段階で手応えを得ている社もあった。
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