絹本墨画淡彩観瀑図とは? わかりやすく解説

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絹本墨画淡彩観瀑図〈狩野正信筆/〉

主名称: 絹本墨画淡彩観瀑図〈狩野正信筆/〉
指定番号 1951
枝番 00
指定年月日 1997.06.30(平成9.06.30)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 絵画
ト書 横川景三の賛がある
員数 1幅
時代区分 室町
年代
検索年代
解説文:  掛幅装。画絹は一副一鋪。画面左端近く垂直に落ち瀑布を、右に大きな松樹隔てて滝を望む入母屋造の亭を描き画面下方には、高士と袋を担いで従う童子が亭に向かって歩む瀑布松樹岩肌には、亭の木部人物の顔には代赭、岩の点苔や笹には緑、童子の衣に赤などの色が部分的に塗られている。
 画面右下の岩あたりに「正信」の白文壺印が捺され、画面上部には次の賛文がある。
 山入旦暮渝、竹籠茅舎
 路崎嶇落雪瀑千尺、想
 可銀河一滴
 金華景三 「景三」(朱文方印)
 「横川」(白文方印)
 本図は、ひとつの系譜をなすほどいくつかの遺品が残る観瀑図一例数えることができるものである。ただ、多く観瀑図がやや遠ざかった視点から描かれているのに対して、滝に迫るような視点用いており、見るものとの間に一本配することによって、さらに空間凝縮して、滝の雄大さ表現することに成功している。著しく丈の長い画幅用いたこともそうした効果ねらったものであろう
 筆者である狩野正信かのうまさのぶ】(一四三四一五三〇)は、室町時代狩野家の祖であり、絵画史上にも重要な人物である。その作品は、周茂叔愛蓮図国宝指定されているのをはじめ、布袋図・周麟賛(栗山家)、山水図小西家)、山水図対幅文化庁)、および伝正信筆の竹石白鶴屏風真珠庵)が重要文化財指定されている。
 賛を書いた横川景三おうせんけいざん】(一四二九-九三)は、山城の景徳寺等持寺から相国寺、南褝寺などの住持つとめた褝僧で、五山文学僧として著名である。残念ながら本図の賛はその詩文集である『京華集』に含まれていないため、賛が書かれ時期から本図制作時期特定することはできず、景三没年が一応の下限であることがわかるにすぎないが、「正信」の印章文化庁のそれと同じ形式であることや、画風文化庁ともども晦渋味があるころから寛正四年(一四六三)から知られる正信画業の、早い時期の作ではないか推測される
 本図表装外題には「長尾憲長寄進 長林寺什宝」とある。長林寺文安五年(一四四八)に長尾景人大見禅龍を開山迎えて開いた足利長尾氏菩提寺で、本図寄進したという憲長【のりなが】(一五三-五〇)の画像所蔵されている。正信の子元信祖父にあたる朗舜の妻である祐幸善尼は足利の人であり、また祖父朗舜の姉または妹である理哲尼は長尾小五郎の妻であるという記事が、『本化別頭仏祖統記』にあることから、狩野家が足利長尾氏なんらかの所縁があることが従来より指摘されてきた。本図外題はこれを裏づける史料ひとつとして重視される
 日本絵画史上重要な人物である狩野正信長期にわたる画業全体考えるとき、本図貴重な作品といえるであろう



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