第二次世界大戦中のミネソタ州
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/09 19:09 UTC 版)
「ミネソタ州の歴史」の記事における「第二次世界大戦中のミネソタ州」の解説
ミネソタ州は合衆国の他の州と同様に、戦時の生産やその他の分野で第二次世界大戦の遂行に貢献を果たした。アメリカ海軍は、穀物輸送に使われる船や艀の建造に成功している様子を視察した後で、カーギル社と造船の契約をした。カーギルはミネソタ川南岸のサベイジに造船設備を造り、4年間に18隻の給油船と4隻の曳航船を建造した。戦後、カーギルの設備は主要穀物船積み場となった。ハネウェルは航空機の制御システムと潜水艦の潜望鏡を作り、また対空砲の近接信管を開発した。合衆国政府は軍需品の生産のためにツインシティーズ兵器工場を建設した。この工場では1941年に8,500人が働き、戦争中は男性労働者が不足していたので、労働者の半数以上は女性であった。ルーズベルト大統領が防衛産業における人種差別を禁止する執行命令を発したので、1,000人近いアフリカ系アメリカ人もこの工場で働いた。戦時の労働力不足のために先住民族も労働の機会が得られた。 戦時中のサベイジにはキャンプ・サベイジが置かれ、日系アメリカ人兵士の外国語能力を改善し、軍事情報収集の訓練を行う施設となった。この施設は当初サンフランシスコに設立されたが、真珠湾攻撃の後でミネソタに移された。最終的にサベイジでの収容能力を超えスネリング砦に移された。スネリング砦自体は、徴兵制度法が1940年に成立した後で、新兵の受入センターとして主要な役割を果たしていた。新兵は健康診断を受け、特殊任務への適合性を診断するために軍用一般資格試験を受けた。最も知的な新兵として、スネリング砦を通過したミネソタ人の約37%は陸軍航空隊に配属された。新兵には制服が支給され、砦から他の訓練センターに送られた。第二次世界大戦中に30万人以上の新兵がスネリング砦を通過した。
※この「第二次世界大戦中のミネソタ州」の解説は、「ミネソタ州の歴史」の解説の一部です。
「第二次世界大戦中のミネソタ州」を含む「ミネソタ州の歴史」の記事については、「ミネソタ州の歴史」の概要を参照ください。
- 第二次世界大戦中のミネソタ州のページへのリンク