りゃく‐れき【略歴】
りゃくれき【略歴】
略歴(トウキョウ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 02:18 UTC 版)
「BMK (音楽グループ)」の記事における「略歴(トウキョウ)」の解説
このセクションでは、BOYS AND MEN研究生を「研究生」、もしくは「名古屋の研究生」と表す。 2014年夏、劇団ボイメンと同じくBOYS AND MENプロジェクト新規拡大のひとつとして結成が発表された。同年の冬にオーディションが行われて、大平勇輝、川﨑翔太、木村拓海、モデルの松本旭平、松岡拳紀介、横山統威の、芸能活動経験者を含む6人編成のBOYS AND MENトウキョウとして結成された。トウキョウはグループの結成日や結成時メンバーの加入日、およびその後の追加メンバーの加入日などを明らかにしていなかった。結成時から活動を追い、名古屋の研究生との合同ライブを主催した『東海ウォーカー』(KADOKAWA)は「2015年1月に結成」と説明していたが、松岡と横山はその前の2014年(2人はともに12月にオーディションを通過)に結成されたと述べている。トウキョウは、ほぼ全員が中高生であった名古屋の研究生よりも年齢層が高めのメンバーで構成されていた。2015年2月、1期生の日本ガイシホール一万人ライブで初披露となる。ここでは横山に最も多く出演の場が与えられた。大平がリーダーを務め、その脱退後は新たなリーダーを設けていない。 5月12日にオフィシャルブログを開設。5月と6月にJOL原宿でグループ単独でのミニライブを開催した。名古屋の研究生と活動をともにすることが多く、既に1期生よりは研究生の東京版というスタンスになっていた。7月20日にZepp Nagoyaで名古屋の研究生との合同ライブ『ボイメン研究生vsトウキョウ』が行われ、そのライブ後から大平・川﨑・木村・松本の活動はなくなり、脱退したことが示唆された(初期の1期生や研究生と同様に、メンバーの脱退に関する公式なアナウンスはない)。残ったメンバーはともに最年少(当時中学生)の松岡と横山の2人だけとなり、トウキョウはその後、単独でのライブやイベントが行われず、人前に立つ機会が無い、レッスンに専念するのみの状況が半年以上続いた。 2016年3月、佐藤匠が加入してトウキョウは3人体制となった。6月リリースの研究生の4thシングル「Power Of Dream」に松岡・横山が参加し、「ボイメン研究生&研究生トウキョウ」という形でCDデビュー。このリリースの時期に「BOYS AND MEN研究生トウキョウ」と改められ、名古屋の研究生に合流。以降、実質同じグループのメンバーとして活動する。同時期に浦上拓也が「研究生トウキョウ(仮)」として加入し、4人体制になる。7月リリースの研究生の5thシングル「バッシャーン!!!」に4名全員が参加。9月、松岡が研究生の6thシングル「ドドンコDon't worry」の選抜メンバーに選ばれた。この時期より渋谷マルイにおいて不定期のイベントを開催するようになる。浦上の加入後も、京都在住の高校生であった浦上はトウキョウでの活動に参加できる機会が少なく、浦上以外の3名での活動が主であった。2016年には名古屋の研究生と同じく研究生トウキョウも新メンバー追加オーディションがおこなわれた。ここで選ばれた中の数名はエリア研究生・BOYS AND MEN研究生東京のメンバーになり、浦上が最後のBOYS AND MEN研究生/研究生トウキョウへの加入となった。 2017年3月20日に祭nine.が結成され、横山と浦上がそのメンバーとなる。その前日の19日に4人での最後のイベントを開催して、これをもって「事実上解散」となった。松岡と佐藤は引き続き研究生として活動する。12月1日、研究生の「新生」に伴い、2人はトウキョウのブログ更新を終了し、研究生のブログに移行した。以後も松岡と佐藤の2人で活動をする機会も得ているが、ここで2人が「BOYS AND MEN研究生トウキョウ」を名乗ることも、そして運営サイドがこのグループ名を用いることも完全に無くなった。「東京を拠点に活動するBOYS AND MENの弟分グループ」というスタンスは、エリア研究生の東京版・ボイメン東京研究生に引き継がれる。
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