森村橋
名称: | 森村橋 |
ふりがな: | もりむらばし |
登録番号: | 22 - 0106 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 基 |
構造: | 鋼製単トラス橋、橋長39m、幅員4.8m |
時代区分: | 明治 |
年代: | 明治39 |
代表都道府県: | 静岡県 |
所在地: | 静岡県駿東郡小山町小山133-6地先 |
登録基準: | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
備考(調査): | 設計は秋元繁松,製作は東京石川島造船所。 『静岡県近代化遺産総合調査』『日本の近代土木遺産』 |
施工者: | |
解説文: | 町を南北に貫流する鮎沢川に架かり,富士紡績小山工場と駅を結ぶ旧軌道用の橋梁。下路式,単径間の鋼製曲弦プラットトラス橋で,スパン39mとし,ピン結合,下弦材にはアイバーを用いる。邦人が設計・製作した鋼製トラス橋としては,わが国初期の遺構。 |
森村橋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/03 15:26 UTC 版)
森村橋(もりむらばし)は、静岡県駿東郡小山町の鮎沢川に架かるトラス橋である。1906年(明治39年)に、小山駅[注釈 1]と富士紡績[注釈 2]の工場を結ぶ物資輸送用トロッコの橋として架けられた。橋の名は、富士紡績の社業の隆盛に携わった6代目森村市左衛門からとられた。2005年に国の登録有形文化財に登録されている[2]。
注釈
- ^ a b 小山を経由する旧東海道線は、丹那トンネル開通に伴い1934年に御殿場線に改称。小山駅は1912年に駿河駅、1952年に駿河小山駅に改称された。
- ^ 2005年に持株会社化し、富士紡ホールディングスとなる。橋の先の工場は、富士紡の所有ではなくなっている。
- ^ のちのIHI。橋梁部門はIHIインフラシステムに継承されている。
出典
- ^ a b 平成28年度 森村橋点検及び補修・修景復元設計業務委託事業 (PDF)
- ^ a b 森村橋 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, p. 6)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, p. 9)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, p. 10)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, p. 14)
- ^ a b (富士紡績(上巻) 1997, pp. 22–23)
- ^ (五十畑 2015, p. 10)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, pp. 25–27)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, pp. 35–37)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, pp. 51–53)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, p. 74)
- ^ (富士紡績(上巻) 1997, pp. 108–110)
- ^ a b (五十畑 2017, p. 70)
- ^ “災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 1923 関東大震災【第2編】コラム5 工場の被害と救援” (PDF). 内閣府中央防災会議災害教訓の継承に関する専門調査会 (2008年3月). 2021年7月24日閲覧。
- ^ (五十畑 2017, p. 73)
- ^ (五十畑 2015, p. 9)
- ^ a b c (五十畑 2017, p. 69)
- ^ 『関東の生産拠点、富士小山食品工場竣工』(プレスリリース)四国化工機株式会社、2007年4月12日 。2021年7月11日閲覧。
- ^ “富士小山食品工場マップ”. 四国化工機. 2021年7月11日閲覧。
- ^ a b “森村橋(小山)が土木学会賞 田中賞作品部門 歴史価値残し復元評価”. 静岡新聞. (2021年6月15日) 2021年7月31日閲覧。
- ^ “令和2年度土木学会賞受賞一覧”. 土木学会. 2021年7月31日閲覧。
- ^ “歴史コラム:ゆかりの地1 森村橋”. 森村商事. 2021年7月31日閲覧。
- ^ 森村橋橋体復原工事プロポーザル募集要領 (PDF)
- ^ “土木学会 2020年度土木学会賞発表”. 道路構造物ジャーナルNET. (2021年5月22日) 2021年7月31日閲覧。
- ^ (五十畑 2015, p. 13)
- ^ “森村橋復原プロジェクト”. 八千代エンジニヤリング (2019年11月). 2021年7月31日閲覧。
- ^ “仮設トラスとの合成が成す難復元”. 日経Xtech. (2020年3月23日) 2021年7月31日閲覧。
- ^ 明治のトラス橋「森村橋の復原」(2021年5月6日、IHIインフラシステム)
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