日本全国絵ハガキの旅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 14:40 UTC 版)
「水曜どうでしょうの企画 (日本国内)」の記事における「日本全国絵ハガキの旅」の解説
1998年12月9日 - 1999年1月6日放送、全3夜。 DVD第13弾『日本全国絵ハガキの旅/シェフ大泉 車内でクリスマス・パーティー/東北生き地獄ツアー2泊3日』に収録。 群馬県沼田市・上発知のしだれ桜 徳島県鳴門市・霊山寺(四国八十八箇所第1番札所) 石川県金沢市・長町の武家屋敷 愛媛県内子町の町並み 備考 この企画は「香港大観光旅行」から誕生した。一行が宿泊した香港のホテルの各部屋に観光協会からの紙袋が置いてあり、その中に香港の絵葉書が100枚ほど入っていた。「この中の一枚を引いてそこへ行ったら」と笑い話になり、これがのちの「絵ハガキの旅」の元となった。 第1夜冒頭に映る画面奥のホワイトボード上に「アフリカ」という文字があり、アフリカに関する何らかの企画を検討した形跡がある。実際にはアフリカ行きは長期間行われず、当企画から15年後の2013年に「初めてのアフリカ」でロケが実現した。 1回目の抽選で浜松町から東京へ向かう際に「山手線」と表示されているが実際には京浜東北線に乗車している。 2回目の抽選において鈴井が霊山寺を抽選したことが「四国八十八ヵ所巡拝」のきっかけとなる。霊山寺に行った際にノリで2人分の巡礼服を一式買ったが、4回目抽選でふたたび四国へ向かうことになった一行は、これまでの四国との因縁めいた関係や、オーストラリア縦断の旅の企画説明でオーストラリアと四国を比較した際にその小ささを小バカにした事などの過去のエピソードから「四国が我々を呼んでいる」と思うはめになる。更にロケ日である日曜日に飛行機で金沢から四国に上陸する事が不可能 で、四国到着までの移動が過酷となる事が判明。2度も四国を引き当てた鈴井は「(会話の中の)四国(というフレーズ)が地獄と聞こえる」と語り「このままでは今後何をやっても四国に呼び寄せられる」として、急遽巡礼を開始。2番札所・極楽寺から八十八箇所巡りを始め、4番札所・大日寺まで巡ったところで(番組内では約3時間で全て巡ったことにして)、大日寺から距離が近い88番札所・大窪寺を巡った後に内子町に向かった。 四国上陸時に使用した高松西インターチェンジの字幕スーパーで、「瀬戸中央道 高松西インターチェンジ」と表示されているが、瀬戸中央自動車道は坂出インターチェンジまでであり、高松西ICは高松自動車道となるため誤りである。
※この「日本全国絵ハガキの旅」の解説は、「水曜どうでしょうの企画 (日本国内)」の解説の一部です。
「日本全国絵ハガキの旅」を含む「水曜どうでしょうの企画 (日本国内)」の記事については、「水曜どうでしょうの企画 (日本国内)」の概要を参照ください。
- 日本全国絵ハガキの旅のページへのリンク